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168時間
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まるで首を締められているかのように苦しい。上手く息が出来ずにいる。ぱち、ぱち、何度も瞬きをするんだけど、ここは闇。何一つ見えない、自分さえも見えない。そこで気づいた。これは夢だ、悪夢だと。
悪夢は、良く見るんだ。昔から。じんわりと手汗が滲む感覚がやけにリアルで、もー、やだ。あー、めんどくさい。早く目、冷めないかな。ぎゅ、と目を閉じて、三秒。三秒数えたら現実に帰ってた、なんてことはよくある。
俺の悪夢撃退法。嫌なこと撃退法。独自で編み出したコレを、日常的にもよく使っている。
いち、
に、
さん、
ほぉら、目を開けたら現実だ。
…現実?
「まぁた目、閉じてる。変なの」
現実とは。なんですかね。
この暗闇の中、見えるものは何もない。目をあけてみても、まだ闇。悪夢撃退失敗じゃん、と落胆するよりも、どこからか聞こえてきたその声にハッとした。
「……先生?」
副担任の先生。明るくて落ち着いてて人気者の先生。馴れ馴れしくて胡散臭いだけじゃん、なにがいいの、そんな奴。そんなふうにずっと苦手に思ってた、先生。
先生の声が聞こえた。やな夢。本物の悪夢。
先生は言った。
「みんな、俺のことはあだ名で呼んでね、そーだな。ナオ、ナオがいいなー」と。
だからクラスのみんなは、学年のみんなは、学校のみんなは、先生のことをナオと呼ぶ。…俺は呼べなかった。何故か 呼べなかった。
だからずっと、先生って呼んでる。その度にあの綺麗な顔が、へにゃりと笑って「可愛くないね」なんて、言ってくるのが、たまらなくて。ますますあだ名では呼べなくなった。
俺は昔っから写真が好きで、カメラばっかり触ってきた。だからコミュ症で、友達という友達もいない。なんでもレンズの先が俺の世界だったから、べつに気にしてもなかったけど。
高校に入学してすぐのこと、中学からの繰り上がりの生徒が多いこの学校では、入学当初からすでにクラスでは輪ができ始めていた。相変わらずカメラばっかり弄ってるような俺は、当たり前のように馴染めないでぼーっと窓から空を眺めて、ヘッドホンで音楽をきいて、休み時間なんてひとりぼっち。あ、綺麗な雲。写真撮っとこ。パシャリ。なんて、つまらなくもないけど、刺激もない日々だった。そんな俺に話しかけてくれたのが先生だった。
「なお?」
「え?」
「キミの名前。尚でしょ。」
「いや、ショウですけども。」
「あー残念。名前一緒なのかと思った」
「なお?」
「うん、ナオ。俺は伏見ナオ。」
「漢字は尚なんですか?」
「んや、カタカナかな」
「そっか。オシイですね」
「ほんとな。ちょっとの間だけどよろしくな、なお。」
「ショウだってば。」
嬉しかった。の、かな。
若い先生、聞くところによると歳だって10しか離れていない。人間としてはできてんなって思う、けど、俺と真逆で、あんまり近づきたくないな。…とも思っていたことを、後悔するぐらい嬉しかったんだ。
どんなクラスメイトに話しかけられるより、どんな女の子に気にかけてもらうより、学校でひときわ華やかで、ひときわ綺麗な先生に話しかけられたことが。この上なく。
不思議なことに、コミュ障の俺が先生とは普通に、自然に会話ができた。ゆるーい雰囲気をまとった先生、キラキラしてて、眩しくて、誰からも好かれていて、そして、誰にも本質を見せない、先生。
先生とは思えない金色の綺麗な糸のような髪を、いつも結ってる先生。グリーンとブルーの間をとった、宝石みたいな目をした先生。
先生。………センセイ。
みるみる惹かれていって、気がついたら、先生に恋をしていた。おかしい話だ。女の子も好きになったことないのに。おかしい話だ。先生も俺も男なのに。おかしい話だ。あんなに苦手だと思っていたのに、な。
すきだ、と思うと止まらなくて、立場を弁えるほど大人でもなかった俺の気持ちは溢れだした。それはまるでコップにひたひたに注いだ水のように、零れて、零れて、零れて。零れて。
昨日、とうとう先生に告白をした。ら、やっぱりあっけなくフられた。大人は大人なんだな、と思いしらされた。先生はまるで慣れっこだと言うかのように、まったく動揺した素振りもみせずに胡散臭い笑顔で「あと三百年生きれるっていうなら、付き合ってもいいよ」なんて言いやがった。三百年なんて無理に決まってんじゃん、何いってんの。そんな遠回しに断らなくてもいいじゃん、ヒドイ奴。どうせ分かってたことだ。先生は大人だし、俺は子供だし、先生は人気者だし、俺は根暗だし、先生は男だし、俺も男だし、先生は、先生…だし。
俺は心底凹んで、今日も学校を休んだ。いい、明日から本気だすから。と、まるで廃人みたいなセリフを吐きながら布団の中にもぐって、いつの間にか眠りこけてしまった。そしたらこんな夢を見てるよチクショウ。なんなんだ、やめてくれよ、今の俺は心がみじん切りにされてるんだから。
「消えてくれ、なんって夢だよまったく…」
「168時間。」
「はい?」
「たった、168時間しかキミには残ってないよ。どーする?」
「なんの冗談ですかね。夢はこれだから嫌なんだ」
「…せっかく教えてあげたのになぁ。」
その言葉が耳に入る直前に、俺の視界は明るくなった。はっ、はっ、と、息が荒い。ほーら、みろ、やっぱり悪夢だった。やな夢。ほんとやな夢。夢でさえ会いたくない、だってすごく好きなんだ。先生のことばっかり考えてしまうことが、恐ろしい。
見慣れた白い天井、時計の針は起床時間を差している。
「…学校、いこ。」
先生と、顔を合わせたくないな。
担任だから仕方ないんだけど。いっそ不登校にでもなりたい気分だ。憂鬱でしかたない。
だるい体を起こし、ボサボサの髪を直すために部屋に置いてる全身鏡の前に立つ。そこで、俺は目を見開いた。
「な、にこれ。」
左胸、心臓の上に168という数字が浮かび上がっていた。それはまるでデジタル時計の数字みたいで、胸の上をはらってみても消えない。こすってみても消えない。
落書き?ちがう、浮かび上がってるような数字、なにこれ、なんだこれ!
その数字は、夢の中で先生が俺に告げた数字だった。は?なんの冗談だ。じっと鏡をみつめていると、その数字は167に切り替わる。
『たった、168時間しかキミには残ってないよ。どーする?』
なんだっていうんだ、どういう意味だ、これ、誰にでも見えてんのかな、そんな馬鹿な、嘘だろ。なんの冗談なの。これは、なんかの予知ですか?
さっきの夢はただの夢じゃなかったの?
突然恐ろしくなって鏡から目を背ける。でも気になってしかたないから視線を胸にズラすと、やっぱりその数字は俺の胸の上に浮かび上がっていた。
「ははは、これも夢かな」
冷や汗がとまらない。どーすんのこれ。どこまで夢なの。
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