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第10章
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一瞬の隙を突いて、八代の手に噛み付いた瞬間、八代から悲鳴が上がった。
苦悶と怒りに満ちた声。
続いてナイフが手から滑り落ちる音が聞こえる。
「貴様…ッ!」
ーーー放すものか。
これが、正真正銘、
七瀬に出来る最後の抵抗だ。
渾身の力を込め、ギリギリと歯を立てて、
食らいつく体勢を出来るだけ長く保とうと粘る。
しかし、疲労と薬に侵された身体ではそれも空しく、あえなく七瀬は身体を放り出された。
間髪入れずに蹴りが入り、思わず意識が遠のく。
「…ッウ、」
ーーーマズい…、
体勢が崩れた。立っていられない。
七瀬の身体が床へと落ちて行く。
「殺してやる…ッ!」
そして、素早くナイフを再び手にして
八代が振り上げた瞬間、身体がフワリと浮いて、
七瀬の前に影が立ちはだかった。
ギュウッとあたたかい体温が押し当てられる。
待ちわびた香りが身体を包み込む。
涙腺がゆるみ、手はまだ縛られたままなので、顔だけその白いシャツに埋めた。
ーーー御船、御船…。
目を瞑っていたので見えないが、
御船が八代を蹴り飛ばす振動を肌で感じた。
七瀬はそれで、作戦の成功を悟った。
フッと身体から力が抜ける。
「ゔっ、が、はっ…」
「…お前の始末は後だ、そこでしばらく這いつくばってろ。」
八代の呻き声の後に、御船の低い声が響く。
恐ろしく殺気のこもった声だったが、
より近くで聞こえた声に思わず胸が熱くなる。
そして、御船が七瀬に向き直り、
屈み込みながら強く、七瀬を抱きしめた。
「あ、っ、みふね…、御船…ッ、」
ーーーああ、御船だ…、御船だ。
苦しそうな、切なげな声が耳朶にかかる。
「七瀬…、悪い、」
ギュウウッと痛いほど、身体を抱き締められる。
ーーー悪い…?どうして?
おれのメッセージ、読み取ってくれたんだろ?
最後まで、おれを見捨てずに居てくれたじゃないか。
ーーーおれを守ってくれたじゃないか。
熱い涙が頬を伝う。
七瀬も抱き返したかったが、手が縛られたままでは、身をよじる事しか出来ない。それに気づいた御船は床に転がったナイフを取って、縄を素早く切り裂いてくれた。
「あ、あ、御船…、御船…。」
解放された手で、震えながら、御船の首にしがみつく。ああ、御船だ。
本物の御船だ。
トイレで別れてからそれほど時間は経っていないのに、永遠に離れていたような気分になる。
更に身を乗り出すと、中に入ったローターが前立腺にあたり、中をかすった。
「ッ、あああッ!」
御船の腕の中で思わず身体を反らした。
驚いた御船が、すぐさま、机の上に乗ったリモコンを切り、振動を止めてくれる。
ようやく長く続いたローターの責めが止まって、
ホッと胸を撫で下ろし、七瀬は荒い息を吐いた。
「は、はぁ、…ぁっ、は、」
「悪い、七瀬、…すぐ気付けなかった。
大丈夫か?」
ーーーなんで、…そんなに謝るんだよ…。
七瀬は薄っすら目を開き、困ったような顔で、
心配そうに覗き込む御船に小さく笑いかけた。
御船は驚いたような顔をして、
また七瀬を抱き締める。
この監禁されていた四日間、ずっとこうしたかった。
もう叶わないことだと思ったが、今、御船は目の前にいて、七瀬をきつく包んでくれている。
夢のようだった。
ーーーおれの、
おれのしてしまった事や、汚れてしまった事は
もう、変わらないけれど、
今だけ。
今だけ、この体温を強く感じてたい。
「あ…、み、ふね、御船…、」
「うん?どうした?」
「あ、…ッあ、」
まだ残る熱のせいで、上手く言葉が紡げない。
呂律がうまく回らず、御船が更に顔をしかめ、
心配したような顔で身体を持ち上げようとした。
「悪かった七瀬、身体キツいだろ。待ってろ、今すぐ病院に…」
ーーーまた謝る。
七瀬は首をゆるく振り、御船を引き止めた。
違うんだ、このままが良いんだ。
あと少しだけ…、
このままが良いんだ。
ーーーこれで、最後だから。
もう、お前を、困らせるようなことも、
汚すような事もしないから。
お前に迷惑をかけないから。
「七瀬…?」
儚げに笑う七瀬に、御船は不安そうな顔で覗き込む。どうした、と聞く声が低くかすれてる。
「あ、ぁ、…ご、めん、な…、御船…。」
その弱々しい一言に御船の表情が固まった。
目を見開いて、眉間のシワが深くなる。
「なんの…、何の謝罪だ。」
「お、おれ、…トイレで…、急に、薬、のませたろ…?」
七瀬の震える手が御船の強張る頰に触れる。
「わるかった…、急に…。
からだ、なんとも、ないか…?」
ほかに謝るべき事はたくさんあるが、
多分もう全部言い切れそうにない。とりあえず、
一番、気になっていた事を謝った。
御船の顔がみるみる泣きそうに歪んだ。
「バカ…、」
頰に添えられた手を取って、何かを必死に押さえるように目を瞑る。
「バカ、…バカか!お前は。何の心配をしてんだよ。」
ギュウッと手を握り締めながら、御船は声を震わせる。
ーーー心配するだろ?おれがしてしまった事だ。
御船がしばらく、キツく目を閉じたまま、
七瀬を抱き締め、唇を噛みしめる。七瀬の意識がうつら、うつら、とそろそろ閉じ始めてきた。
七瀬は本当に、最後の力で、
御船の両頬に手を添える。といっても、片手はまだ、握られたままなのだが。
「七瀬?」
御船が目を開けて、また不安そうに顔をしかめる。
ーーー好きだ、好きだよ御船。
「あ、ありがとう、助けに、来てくれて…。」
御船がまた驚いた顔をした。
そして、更に続けられた言葉で、完全に表情を凍らせた。
「ゆ、るしてくれ…、これで、最後だから…。」
ゆっくりと顔を近づけて、強張った唇に自分の唇を重ねる。少し、血の味がした。
七瀬はそのまま、微笑みかけながら、
ゆっくりと身体の力と意識を手放した。
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