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第10章 side 長倉
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ピッピッピッ
機械的な音が、薄暗い部屋に響いている。
窓は閉まり、カーテンに覆われ、隔離されたようなベッドが一つ、部屋の奥に設えられている。
そこに今ずっと眠っている、
点滴を垂らし、生きてはいるが、
あちこち包帯とガーゼだらけのその身体は…
蒼白く、美しく、眠るその姿は、
もはや死んでいるような印象しか与えなかった。
ピッピッピと心電図が答えるように鳴る。
ーーー命に別状はない…。
が、三日目か…、
「今日で三日目にもなるか…。」
長倉はカーテンの中で、
死んだように眠る七瀬の顔を覗きながらひとりごちた。
またピッピッピと答えるように心電図が鳴る。
「で、医者は相変わらず?」
長倉が問いかける。
カーテンの中の、丸い椅子に座り
シーツから伸びる白い手を、
ずっと握り締めていた御船はゆっくり頷いた。
「…相変わらずだ。
過剰な薬の摂取に、極度の栄養失調、身体中痣と焼け跡だらけで、心身困憊、
いつ目覚めるかは……、
分からねえ、だと。」
御船の声は愕然とした消失感の後の、
冷え冷えとした、無力感に滲んでいた。
握りしめる手が更に強くなる。
長倉はふたたび、眠る七瀬へと視線を戻し、
黙り込む。
血の気もなく、恐ろしいくらい寝息も小さいが、確かに胸を少し上下している七瀬の表情は、
信じられないくらい穏やかだった。
本当にもう、このまま目覚めるつもりはないかのように感じる程に。
「…それで、結局何だったんだ?七瀬くんが、
あのキチガイメガネに従っていた理由。…お兄さんから何か報告あったんだろ?」
キチガイメガネ、という言葉に一層殺気を漂わせ、御船は胸ポケットから一枚の写真を取り出した。
それを片手で長倉の方へ、ヒュッと飛ばす。
長倉はパシッと受け取ると、裏返して
それをまじまじと見た。そして、思い切り顔をしかめた。
「…コレ?」
「そう、ソレ。」
無感情な答えを聞いた後に、もう一度、
写真の上に視線を戻す。
そこにはあらわな姿で身体を重ねる御船と七瀬が写っていた。背景と制服姿から見て、どうやら学校の中での行為の写真らしい。
ーーーあ!あの日の…
七瀬が顔を真っ赤にして捨て台詞を吐きながら逃げていった日。その後、保健室のベッドでジャージ姿になって横たわっていたあの日。
ーーーあの日の写真か。
いや、しかし…、
「本当に、…コレが?」
どうも、合点がいかない。
あまり刺激しないよう気を配りながら、
御船に尋ねる。
確かに、いかがわしい写真ではある。
人目に触れれば問題だし、七瀬としてはイメージに関わる事だろう。
しかし、この写真から見ても、
七瀬はどう見ても、被害者だ。
無理矢理組み敷かれ、抱かれているようにしか見えない。そう、被害側なのに…、
この写真が、ここまで七瀬の方を追い詰める理由になるなんて、あまりに横暴で理不尽じゃないか?
一体、何の罪があったと言うんだ、
一体どんな理屈をもってここまで…、
ここまでの凶行を七瀬に強いることが出来たのか…。
「…どうせ、」
御船がポツリと呟いた。
「どうせ、その写真を使って、
俺の立場を悪くするとでも言ったんだろう…。」
言葉巧みにな、と、御船が項垂れる。
…どうにでもしてやったのに。
そんなの俺がどうにでもしてやったのに。
その背中はそう言っていた。
確かに、御船ならこんなのどうとでも手は打てただろう。
多少、危険な目には遭うだろうが…。
そこで、長倉にも合点がいった。
ーーーああ、そうか…。
この写真、というよりも、
七瀬くんはトオルを守りたかったんだ。
だから、あんな自分の身体を投げ出すような事が出来たのだ。理不尽に耐え、暴力にさえ服従して、言われるままに動けたのだ。キチガイ会長の狂った指示に盲従した。
自分との事で、御船にまで手が及ぶ事のないように。自分だけで済むように。
ーーーそうか、七瀬くん。
そこまで…、
そこまで、
トオルを、
好きだったんだな…。
好きだったから、愛していたから、
何も言わなかった。徹底して、助けを求めなかった。監禁が解かれた後でさえ。
長倉は目を瞑った。
目を瞑り、くしゃりと写真を握る。
そして御船の方に向き直り、抑えた声で言った。
「トオル…、いつか、俺は言ったよな?」
御船は黙っている。
黙って前を向いたまま何も言わず、七瀬の手を握り締めてる。
「お前がこれまでにしてきた反動が、いつ七瀬くんに降りかからないとも限らない、と。だから気を付けろと。」
「……。」
「その結果がこれだ。」
御船はまだ七瀬を見つめている。
「これは、お前に大きな責任がある。」
そこで御船が初めて、長倉を振り返った。
その顔には相変わらず何の感情も浮かんでいなかった。
「分かってる。」
薄暗闇のせいで、整った顔がより一層無表情に見えた。
冷えた声が帰ってくる。
長倉は顔をしかめた。
「お前の罪は重い。」
「分かってる。」
そうだろう、分かっているだろう。
そんなことは本人が一番よく分かってる。
その冷えた無表情がそれを物語ってる。
…しかし、言わねばならない。
もう長い付き合いだ。コイツが今何を考えているのか、これから、
何をしようとしているのか、
分かりすぎるくらい分かってる。
「だから…、」
だからこそ、今言わなければならない。
「帰ってこいよ。」
無表情な御船を見下ろしながら、言った。
「ちゃんと、帰ってこい。
七瀬くんが目を覚ました時、
お前はもう既に牢屋に入ってました、じゃ済まされねえぞ。
ちゃんと面と向かって、
頭を下げて謝れ。七瀬くんを置いて、先にどこか行っちまうような真似だけはするな。」
それが最低限の償いだ。俺としても、お前としても。
目覚めた時、傍にいること。
ーーーきっと、七瀬くんは、目覚めても、
まだ、“完全に”は、戻って来れていないだろうから。
あのキチガイ会長と、取り巻き信者どもの嬲りはそんな生易しいものでは無かった筈だ。
身体の傷を見たって一目瞭然だ。
御船は無表情のまま、わずかに目を細め、
ふたたび、七瀬に視線を戻した。
「分かってる。」
長倉はため息をついて、肩をすくめながら、
天井を仰いで、少し気の抜けた風に言った。
「まあ、エラソーな事言ったけど、
俺だってお前の思惑を知ってて何も止めなかったんだ。俺だって同罪だ。だから、
お前が帰ってくるまで、俺と只倉でしっかり七瀬くんを見てる。」
な?と、御船に問いかける。
だから帰ってくるんだ、絶対に。
お前が最初に抱きこんだ相手なんだから、
最後まで絶対離すな。
御船は頷き、低い声で呟いた。
「恩に切る、大輝。」
そして立ち上がり、七瀬の髪を撫でてから、
ゆっくり、
覆いかぶさり、動かぬ唇の上にそっとキスを落とした。
優しく、語りかけるようなキスを。
そしてゆっくり身体を起こして
御船の手がふたたび、七瀬の手をシーツの中に入れた。
「行ってくる。」
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