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第10章 side 只倉
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「おい、只倉、そろそろ交代。」
長倉が、カーテンの隙間から顔を出す。
只倉は頷いて、七瀬にじゃあまた明日な、と声をかけて席を立つ。
だが、七瀬からの返事はない。
もう四日も、七瀬は目を覚まさない。
「おつかれ、後は俺が見てるからお前も早く帰れよ。」
「うん、また明日。」
学校帰り、長倉と代わる代わる病院に、
七瀬を見舞いに来ているが、相変わらずその瞼が開かれる事はない。
医者から初めて、七瀬の状態を聞かされた時、
只倉は愕然とした。
致命的な傷はない。
ただ、意識がいつ戻るのか、本人にまだ気力が残っているのかも分からない。
それくらい、身体に受けた負担は大きいと。
まさか、そんな酷いことになってるとは
夢にも思わなかった。
…いや、学校に来なかった日は、何か誘拐事件に巻き込まれたんじゃないかと、気が気でなかったが、五日目に変わらず学校に来た時、只倉はとりあえず生きていた事に安心した。
すこぶる顔色は悪かったけれど、とにかく生きて帰って来たのだ。
しかし、
そんな崖っぷちの状況だったとは、思いもしなかった。
ーーー情けない…。
一番長く一緒に居て、同じ時間を過ごしてきたのに、七瀬の身に迫り来る本当の危機に気付けなかった。七瀬に詰め寄った時、無理矢理にでも、
保健室に連れ込んで、問いただせばよかった。
そうすれば、こんな事には…。
ーーーああ、くそっ!
只倉は病院の廊下を歩きながら髪を掻きむしった。
ーーーオレまでそんな暗くなってどうするよ!?
七瀬は絶対目覚める!
その時、ちゃんと色々話をするんだ。いっぱい話を聞いて、バカな話だってして、また一緒に学校に行くんだ。
その為にも、オレが気弱になってちゃいけない。
ペンペンと、頰を叩いた時、
前方から見知った顔が歩いて来た。
見知った制服の上に、長い髪が揺れている。
「…菱本さん。」
菱本の方も只倉に気付いて、ハッとしたように会釈をする。
「こんにちは、只倉くん…、
七瀬くんのお見舞いに来たんだけど…。」
七瀬くん、どう?
…少しためらいがちな顔をしながら、只倉に問いかけて来た。只倉は慌てて言葉を探す。
菱本の手には小さな花束が握られている。
「あっ、ええっと…、菱本さん、こんにちは!
七瀬はまだ、その…、目ぇ覚まさなくって…。」
ーーーどうしよう、
今、菱本さんを七瀬に会わせるのはまずいんじゃないか?
七瀬は今まるで死んだように眠ってる。顔の傷はもう癒えてきたけど、今もまったく生気が感じられない。
只倉だって最初見たときはすごくショックだった。まだ、出来るだけ、会わせない方が良いんじゃないだろうか。
「あっ、ありがとう!その花束、七瀬に!?
オレ代わりに病室に置いてくるよ!」
「あ、うん、そうね。ありがとう…。」
余計なお世話かもしれないが、もし自分だったら好きな人のそんな姿を見たらしばらくショックで立ち直れないと思う。
出来れば、菱本には七瀬が元気になってから、会いに来て欲しい。
「…菱本さん?」
「…え?」
菱本があまりに深刻に黙り込んでいるのに気付いて、只倉は思わずその顔を覗き込んだ。
やはり顔色が悪い。
「…あ、あの!もし良ければ、外に出て、
ちょっと話さない?ここ屋上とかあるしさ、
一緒に外の空気吸わない?」
何かアホな誘い文句にも思えたけど、
只倉の親切に菱本は頷いて一緒に屋上に向かった。
外はもう夕暮れで赤く染まり、
鳥たちが群れをなして家路についている。
「…只倉くん。」
屋上に着いてしばらく空を見ていたとき、菱本がポツリと口を開いた。
「七瀬くん…、本当はどんな具合?お医者さんは、なんて言ってる?」
俯きながら、只倉に尋ねる。
あんまり下手な嘘は逆効果だと思い、只倉も口を開いた。
「…うん、あんまり、良くない。
医者は、いつ目覚めるかもわかんないって。」
菱本がまた黙り込む。その目にみるみる涙が溜まった。
「私のせいだ…。私があの時、一緒に逃げ出せていたら、」
「それは違うよ、菱本さん!七瀬はずっとあの会長にとんでもなく酷い暴行を受けていたんだ。それを菱本さんが見つけて報せてくれていなかったら…、」
ーーーあの日、また七瀬を見失っていたら…、
考えるだけでゾッとする。もう本当に生きて七瀬には会えなかったかもしれない。
「本当に手遅れになっていたかもしれない…。
だから、菱本さんがみつけてくれて、助かったんだよ。」
菱本も只倉も、しばらく床を見つめて黙り込んだ。遠くで鳥が鳴いている。
「あ、あのさ…、菱本さん。
菱本さんも、大丈夫?」
「…え?」
ーーーうう、なんかスッゴイ失礼な聞き方だ。
しかし、うまい言い回しも思いつかない。
「い、いや、その…、
菱本さん、七瀬の事好きなんだろ?好きな人がこんな事になったら、やっぱショック大きいんじゃないかなって…。ええと、その…。」
何とか上手く励ませないかとしどろもどろしていた所で、菱本の目から涙がこぼれ落ちた。
只倉は慌てて、完全やらかした、と真っ青になって頭を下げる。
「ごごご、ごめん!!オレ!すっごい余計なこと…」
「あっ、ううん、良いの。そうじゃないの!」
菱本も慌てて涙を拭いながら手を振る。
「わ、私、私ね、実は、
もうずっと前に、七瀬くんに告白したんだけど、
振られていて…。」
「あ、…う、うん、」
ーーー知っております。
とは言えず、只倉はまた俯き、
菱本の続きを待つ。菱本はポツリポツリ、と
喋り出した。
「それで、諦めなくちゃ、って、
ずっと思ってたんだけど…。私、なかなか
諦めきれなくて…。そんな時…、」
私、見たの、と菱本が続ける。
「見たって、何を?」
「七瀬くんが、…御船くんと一緒に居るところ。」
只倉が目を見開いた。菱本は更に俯き、声を絞り出す。
「驚いた…。
今まで二人が一緒にいたところ、
あんまり見た事なかったから。
それと、二人の、仲が…最近良いって聞いた時も。それに何より…、」
菱本がギュッとスカートを握り締める。
涙が後から後から溢れた。
「御船くんといる時の…、七瀬くんの楽しそうな姿を見た時も…。」
「……。」
只倉は言葉に詰まった。
けれど、今は黙って聞くべきだ、と思い、
ジッと菱本の言葉を待つ。
「わ、私、私…、それで、その時…、すごく…、」
だんだん、菱本の声がつっかえて震えてきた。
それでも何とか言葉を紡ぐ。
「…妬んだわ、御船くんを。」
「……。」
「…ふ、ふさわしくないって、思った。
七瀬くんに、あ、あんな、フラフラ遊んでたような人なんか、似合わないって…。
勝手に、決めつけて、すごく恨んだ。」
「……。」
「だけど…。」
溢れる涙をもう一度拭い、菱本はどこか遠くを見るような目で、前方を見た。
「七瀬くんが、会長達に連れてかれそうになった時、私がそこから逃げ出した時、
私…、真っ先に御船くんの顔を思い浮かべた。」
「……。」
「…理由は、よく、分からない。
だけど、どうしてか、御船くんなら、
何とかしてくれるんじゃないか、って思った。
七瀬くんを助け出してくれるんじゃないかって…。
事実…、助けてくれた。」
そうだ。只倉もそう思った。
御船なら、きっと七瀬を助け出してくれると。
それは…、
「だから私今度も信じてる。」
菱本の声が不意に強くなった。
「御船くんが、助けてくれたから…、
今は眠っていても、
必ず目覚めて、また帰って来てくれるって信じてる。」
只倉の胸がとくんと鳴った。
そうだ、それはきっと…、
だけど、とまた菱本は俯く。
「こ、今度の件で、会長が、
どうして七瀬くんにあんな事をしたのか、
理由を、先生から無理矢理問いただした時…、
私と、同じだって、思ったわ。」
「同じ?」
今まで黙って聞いていた只倉が思わず声を上げた。菱本は黙って頷く。
「そう、同じ…。嫉妬だったんだって…。
御船くんのことで、
七瀬くんに、異常な嫉妬心を抱いていたんだって。想いびとは逆だけど、私も…、
私も、御船くんを恨んでいたから…。」
菱本がしゃっくりをあげる。
唇を震わせ、スカートはもうくしゃくしゃになっていた。
「わ、私も、会長と、おんなじような考え方した
人間だったんだって…、分かった。
そう思ったら、私、お見舞い行くのも、
怖くなっちゃって…、私にお見舞い行く権利なんか本当は無いんじゃないかって…、」
ずっと悩んでた、と、
菱本はついに声をあげて泣き出した。
只倉はしばらく、その震える小さな肩を見つめ、
少し息を吐き、
しっかりとした声で言い返した。
「それは違う、菱本さん。菱本さんは、会長なんかとは全然違う!」
菱本はびくりと、身体を震わせ、
恐る恐る只倉の方を見上げた。涙に歪んだ顔をしっかり見つめながら、只倉は続ける。
「…菱本さん、オレ達誰だって嫉妬心は持ってるよ。オレだって、七瀬だって、御船だって。
きっと誰でも。
でもそれの何が悪いんだ?それはそれだけ、
自分が相手のことを好きだって証だろ?」
菱本の目が見開かれる。只倉はぐっと拳を握り、言葉にも力を込めた。
「悪いのは、そういうのを見ないフリして、
相手を傷つけようとしたり、足を引っ張ったりすることじゃないか!今回の会長のように!
菱本さんは何か、七瀬や御船を傷つけるようなことをしたの?」
「う、ううん、それは…。」.
してないけど、と菱本が吃る。
「だろ?菱本さんは会長とは違う!
七瀬を想って、オレ達の所に助けを求めに来てくれた。
御船にだって、七瀬の事、伝えに来てくれたんだ。
それは、七瀬のこと、本当に思ってくれているからだ!
あんなキチガイのインケン、メガネ猫かぶり野郎と、自分を一緒にしちゃいけないよ!」
菱本はしばらく、じいっと只倉を見ていたが、
やがて、プッと吹き出した。
只倉は、パチクリと目を瞬かせる。
「インケン、メガネ…、猫かぶり…。」
菱本は、くすくす、と肩を揺らして少し笑った。
只倉もホッとしたように笑みを浮かべた。
「あと、キチガイね。」
ーーーそうだとも。
菱本とあのキチガイが、一緒であるもんか。
「菱本さん。
嫉妬してたって、いいじゃないか。
むしろ、ドーンと私嫉妬してます、くらいの勢いでいれば良いんだよ。
菱本さんがまた、心から好きだって想える人に出会えるまではさ!」
菱本がもう一度、只倉を見つめる。
今度は真剣な顔つきだった。
「構うもんか。七瀬が目を覚ました時、
お見舞い来てやってよ、菱本さんがどんな気持ちでいたって、菱本さんがお見舞い来てくれたら七瀬、喜ぶよ。
…ついでにオレもすっごい喜ぶ。」
…なーんちゃって、ナハハ!と照れ笑いを浮かべると、菱本の目にまた涙が溜まった。
只倉はハッと慌てて、ハンカチを探し、
おずおず差し出す。どうぞ、と。
菱本も、おずおずと、それを受け取った。
「…ありがとう、只倉くん。私、行くわ。」
菱本の顔にふわりとした笑顔が咲いた。
必ず、お見舞いに行く、という約束も付けて。
ーーーそうだ。
そうなんだ。
きっと、菱本も、気付いていたのだ。
嫉妬を感じる中でも、
御船が七瀬を見る視線の中に、たしかに、“愛”がこもっている、という事を。
只倉も気づいた。
だからこそ、御船に助けを求めたのだ。
…戻ってくるとも。菱本の言う通り。
今は暗闇の中にいても、御船が残してくれた温もりをたどって、きっと帰って来てくれる。
そう思い、
只倉は菱本の涙が止まるまで、
空に瞬き出した星を祈るようにジッと見つめていた。
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