アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
第11章
-
幻かと思ったのだ。
いつか監禁されていた時に見た夢のように、
突然現れては、消えてゆく、あの幻と同じ、
夢の続きなのだと。
ーーーなのに、
ーーーどうして、どうして…、
身体に、力が入らない。
もたれかかった柵からひんやりと鉄の感触を感じる。立ち上がりたい。
立ち上がって、今すぐこの場から飛び降りなければ。この忌まわしい身体を消し去ってしまわなければ…。
しかし、手も足も目も、意思に逆らい、
金縛りにあったようにもうピクリとも動かなかった。
抵抗する力を、吸い取られてしまったように、
目の前の男と、その言葉に…。
「七瀬…、」
足音がだんだん近くなる。
足は立たないので、身体だけ気持ち後ろに後ずさった。
「いや…、」
首を振り、掠れた声を出す。
ーーーどうしてだよ、御船…。
どうしてこんなおれに…、
「お、まえには、もう、おれなんか…、」
ーーーこんなおれなんかを…。
「七瀬、」
「おれ、なんか…!」
「愛してる、智紀。」
身体がまたビクンと揺れた。
胸が熱い。また力が抜ける。呼吸が更に苦しくなる。
身体中がまるで心臓になったように、脈を打った。
ーーーこれは夢だ、これは夢だ。
現実であっていいはずがない。
七瀬はもう柵を掴むことすら出来ず、蹲り、
泣きじゃくりながら、迫り来る御船に首を振った。
暗闇の中でだんだん、御船の表情が
はっきり見えてくる。
真剣で、それでいて優しい顔だ。
七瀬がずっと恋焦がれた顔だ。
七瀬の喉に嗚咽と感情がせり上がる。
言葉も、もうろくに紡げない。
「み、ふね…、」
「好きだ。」
「ぃや…、もッ、ゆるして、」
御船が首を振る。
「それはお前のセリフじゃない。」
御船が手を広げながら、すぐ傍まで迫ってくる。七瀬は恐怖と焦りで身体をよじった。
それでも、もう屋上に来た時のように
寒くはなかった。
御船の言葉が、身体に染み込んでくるように、
七瀬に熱を与えた。
御船の腕が、七瀬に伸ばされる。
「いやだ、御船汚れ…、よごれる、」
近くになった瞳から愛情が伝わって来た。
「愛してる、智紀。」
また呼吸が止まり、喉がひゅっと鳴る。
ーーーやめてくれ、やめてくれ。
そんな事言うな。
「ずっと、お前だけが…」
御船の腕が、小さく座り込む七瀬の背後にゆっくり回った。
「お前だけが好きだ。」
そして、完全に硬直した七瀬の身体をキュッと抱き締めた。
七瀬の背中が、鉄の柵から離れる。
体温が、言葉が、想いが、
七瀬の身体に流れ込んできた。目眩がするほどに、
懐かしい体温だった。
これは夢で、起きればまた自分は鉄の鎖に繋がれて、
自分はまた地獄に戻る。
早く、振り解かなければ。
早く、目を覚まさなければ。
そう思うのに、肌に触れる体温が、
これが現実なのだ、と突きつけてくる。
ーーー戻って来い、戻って来い、と。
「智紀、すまなかった、
ずっと助けに行けなくて。
もう、大丈夫だから、」
ーーー息をしろ。
それがトドメだった。
強張らせていた身体の力が一気に抜けて、御船の腕に崩折れる。
七瀬は震える手で、泣きじゃくりながら、御船の背中にしがみついた。
「あ…ッ、み、ふね…みふね!」
七瀬ももう限界だ、というように、名前を呼ぶ。
消えないように、と、手に力を込める。
「ん、智紀。」
「み、ふね…お、おれ、ごめん、ごめん…ッ」
「謝るな、お前はなんにも悪くない。」
唇を噛み締め、御船の匂いが香るシャツに顔を埋める。涙で濡れてシミが出来てしまったが、御船はそれでも抱き締める力を緩めなかった。
嗚咽まじりに、七瀬は顔を埋めたまま、御船に問いかける。
これは、夢ではないんだよな?
「おれ、おれ…、良い、のか…?」
ーーーこんな汚れたおれでも?
本当に?
許されるのだろうか。
「お前だけが良いんだ、
お前は何も変わってないよ、あんな目にあっても、
出会った時から変わらず、ずっと強くて綺麗なままだ。
あんなに苦しんでまで、俺を守ってくれたんだよな?盾になってくれたんだろ?」
「ッう…」
「だから今度は俺の番。」
御船の背中に回していた手が更に強まった。
囁きかけるように、七瀬の耳に言葉を吹き込む。
「俺に分けろ、」
七瀬の目が見開いた。
大きな雫が、またはらはら落ちる。
「傷みも、苦しみも、恐怖も全部、
俺に押し付けろ、俺が引き受ける。
その傷みごと、
俺の元に、全部全部帰って来い。」
言葉が出なかった。
涙と嗚咽だけ、後から後から溢れて出る。
七瀬ももう抵抗なんてしなかった。
ギュウウと御船の胸に顔を押し付けて、その確かな鼓動を聞いた。
少し速くて大きな音。
たしかに現実だ。現実の御船だ。
ーーーああ、おれ…、
「御船…、おれ、」
「ん、」
「おれもう…、帰っ、て、来れないと、思った…。」
更に腕の力が強くなる。御船の苦しげな息遣いが聞こえた。
「に、二度と、もう、お前に会えないって…、
生きて、帰って来れないんじゃ、ないかって…」
「…うん、」
ずっと、怖かった…、と、
はじめて、心の奥の本音を漏らした。
御船の手が、さするように七瀬の背中を滑る。
「すまない智紀、すまなかった。」
七瀬な首を振る。
ーーー違うんだ、違う、責めたいんじゃない。
御船に伝えたいことは、もっと別にある。
「…御船、」
七瀬が顔を上げた。切なそうに眉を寄せた顔が
真上に見える。七瀬はその頰を両手で包んだ。
ーーーああ、あの時みたいだ。
御船がおれを会長室で助け出してくれた時。
おれは今以上に傷だらけだったけど、やっぱり御船はこうして抱き締めてくれた。
変わらない眼差しを送ってくれた。
ーーーだから、
七瀬もあの時と、同じ言葉を送る。
「ありがとう…、御船、おれを…、」
御船の顔もあの時と同じように歪む。
だけど、大丈夫だ。あの時とは違うから。
ーーーもう最後なんて言わないから。
「見捨てないで、いてくれて…、
ありがとう。」
「ばか、」
御船の声がわずかに震えた。
また強く、七瀬の身体を抱き締める。
その腕も、手も、やはりわずかに震えていた。
「俺が…、お前を見捨てるわけねえだろ、」
ーーー辛かったのは、おれだけじゃなかったんだ。
御船だって、おれと同じくらい、
いや、それ以上に辛かった。
それでもおれを待っていてくれたんだ。
初めて七瀬が、鉄の部屋から帰ってきた瞬間だった。
七瀬も労わるように、その頭を抱き締めた。
「御船…、」
「うん?」
「ひとつだけ…、ワガママ、言ってもいいか?」
「なんだ、」
御船が少し腕を緩めて七瀬を覗き込む。
七瀬は少し頰を染めて御船に小さく微笑んだ。
ずっとずっと、願っていた事、
「キス…、しても良いか?」
御船の顔がまた歪む。
「……お前、ホントにばかだな、」
そして両手で七瀬の顔を包み込み、ゆっくり顔を近づけた。少しだけ、その瞳が潤んでいた。
「…ずっと、
愛してる、智紀。」
ーーーおかえり。
そして星空の下で、
濃厚な深いキスを七瀬の上に落とした。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
108 / 164