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漏らしたものは雨か汚れか
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「どうして、なんてきっと嘘だったんです」
「・・・」
倉庫の外。
重く垂れこめた空からポタリポタリと、滴が零れはじめ、やがて泣き出した。
久我さんが倉庫から出てきたのを感じ、俺はただ正面だけを向いてそう呟いた。
独り言のように、自分に言い聞かせるように。
「きっと、あなたは来てくれると、そう思っていたんです」
しゃがみこんだ状態の目線から、見える限りの錆びた工場の群れを見つめながら。
実際、目には映っていなかろうが。
「・・・」
俺の隣で久我さんは何も言わない。
ただ血の臭いだけを漂わせて。
呼吸だけをしていた。
「きっとあなたはここに来る。理由も分からず」
雨が血を落とそうとしているらしい。
こびりついていて、なかなか厳しそうだが。
「それが、俺に縛られたあなたの本能になってしまっているのだから」
それでも、俺に拭われるよりはずっと、綺麗になるだろう。
「分かっていたんですよ。アンタに愛を抱かれていることが」
愛されている確証のあるポジションは、きっとずっと居心地が良い。
だから気付いているのかいないのか、返事すら曖昧にして、今日までやってきた。
人は一人でも生きることはできる。
でも愛されていなければ、必要とされていなければ。
求められなければ、望まれなければ。
そこに存在することは生きることより息苦しい。
「心地よかったんですよ、アンタの、目に見えない『愛』に肩まで浸かっているのが」
目に見えないナニかに囚われてしまった久我さんが、俺にくれた目に見えないナニか。
名前をつけるには不安定で不確定過ぎて。
「今ならわかる。俺は『愛されている』という確証が欲しくて、自覚が欲しくてアンタと一緒に居たんだって」
ぬるま湯に長く浸かるのは気持ちがよかった。
だからそれをくれる側の気持ちなんか考えもせず。
・・・考えているそぶりを見せず。
ずっと甘えに甘えて甘んじていたんだ。
それは今も。
「アンタは俺が好きだ。だから傍にいてくれる。だから助けてくれる」
「そんな見えない確実に、俺は縋っていたんだよ」
でも、もうおしまいだ。
幕を下ろす時が来た。
「だから、もういいよ。俺が終わらせる。俺が解放する。久我さんのこと、俺のこと」
もう。
終わらせる。
「もういいよ。俺は十分愛された。愛されていた。だから」
だから。
こんなバカげた能力。
授かったのは俺がそれを望んだからだ。
「だからもういいよ。俺のことはもういいから。逃げてくれ。俺から。俺の力から」
もういいんだよ。
「もう見ないでくれ・・・こんな弱い俺を・・・頼むから・・・」
もういいんだ。
「もう、嘘の感情を持たなくていいんだよ」
もう、これ以上望まないから。
望まれたいなんて、望まないから。
「・・・」
「・・・?」
・・・?
突然視界が黒くなった。
「・・・」
理解できなかった。
一回目よりもずっと。
「・・・え、くがさ・・・」
「最初は」
身体に別の力が加わる。
「最初は確かに、理解できなかった。俺にはわからないけど、お前が言う『能力』ってやつにあてられたんだと思う」
その力がどんどん増していく。
「でも・・・きっかけは『偽り』だったかもしれないけど・・・でも今は・・・今の感情は・・・」
『望まれている』ことの具現。
身体を支配する、甘い拘束。
「この気持ちは嘘じゃないんだ」
ほろりと。
垂れこめたものから、一粒零れた。
温かいのも、冷たいのも。
「好きだ」
不可視の『愛』の具現。
二度目のキスは鉄の味がした。
(それを人は愛と呼ぶのだろうか)
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