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王太子殿下に声を掛けられ、アンバー君の肩がびくっと跳ねた。けど、ひざまずいたまま顔を上げ、「ご無沙汰しております」ってしっかり挨拶できたのは、さすがだった。
「父に会いに来てくれたのか。本当に久し振りだな。今何してる?」
「ミーガン子爵の元で、家令を」
「家令?」
ビックリしたように、オレの方を振り返る殿下。
「お前ら、そんな仲良かったか」
意外そうに言われて、ほんのちょっと胸が痛む。アンバー君にふさわしくないって、言われてるかのようだった。
廊下で立ち話を続けるのも外聞が悪いということで、メガネの侍従に促され、殿下の執務室に移動した。
そこで改めてソファを勧められ、アンバー君と一緒に並んで座る。
アンバー君は、今は使用人だからってオレの後ろに立とうとしたけど、殿下が「いいから」って座らせた。
「好きでやってるならいいが、お前ほどの男が家令なんて勿体ないな」
それを聞いた瞬間、ドキッとした。
家令なんて勿体ない。それはオレも常々考えてた事だ。元々殿下のご学友で、王立学園でも優秀だったアンバー君に、一貴族の家令なんて勿体ない。
けど彼には今、身分がなくて、それ以上はどうしようもなかった。
騎士団所属のオレには、文官のこととかよく分かんないし。コネもない。末端の貴族に没落した彼を、文官に推挙してあげることもできない。
それに、うちは実質アンバー君の采配のお陰で切り盛りできてて――。
だけど――。
「よし、お前オレ付きの秘書になれ」
殿下はそんなスカウトで、今までアンバー君を悩ませてた環境を、あっさりかつ強引に打ち破った。
「今、猫の手も借りたいほど忙しくてな、身近に信用できるヤツが欲しかったんだ」
快活に笑いながら、アンバー君に右手を差し出す殿下。
「お前が手伝ってくれるなら、爵位くらいやってもいい」
って。
「領地持ちでなくていいなら、名ばかり爵位なんて簡単だぜ。なあ、アーキン」
「そうですね、男爵からで良ければ」
メガネの侍従とうなずき合い、殿下は「大丈夫だろ」って胸を張る。
気丈に振る舞ってはいるけど、その殿下の整った強気な顔にも、疲労の色は濃く出てた。オレだって2週間連勤だったんだし、殿下もその部下も、ずっと休みなしなのに違いない。
王位争いなんかなくたって、新王として立つまで、気を抜けないのはオレらと同じだ。
身近に信用できる人間が欲しいのも、きっと殿下の本音だろう。
アンバー君も、それに気付いたのかな?
「ミーガン……」
ぽつりとオレの名を呼んで、オレの顔を真っ直ぐに見た。
正直言うと、ためらった。
アンバー君を家令で終わらせるのは勿体ないと思うし、彼が殿下に請われるのは誇らしい。領地もないし低位だけど、爵位を貰えるなんてスゴイ名誉だ。断る理由なんてない。
第一、殿下の元・ご学友として、アンバー君ならきっと今の殿下を支えてあげたいって思うだろう。
オレだって、アンバー君が本来の居場所で生き生き仕事できるなら、それが1番だって分かってる。
好きな人の出世、喜ばなきゃいけないのも分かってる。
けど、そうしたらきっとアンバー君とは、もう2度と一緒に紅茶を飲むこともなくなって――それはちょっと、寂しいなぁと思った。
「オレのことは、いいよ。殿下の方が大事だ」
アンバー君から目を逸らし、侍従に差し出された紅茶を飲む。最高級の茶葉のハズなのに、アンバー君の淹れてくれる紅茶に比べてちょっと渋い。
渋くて美味しくなくて唇がひん曲がるけど、それを隠すように紅茶を飲むと、落ち着いて余裕のフリをすることができた。
「……キミの、居場所に戻って」
ティーカップを受け皿に戻し、隣に座るアンバー君を見ると、彼はちょっとためらった後、殿下の方に視線を戻した。
「ご厚情、痛み入ります」
「じゃあ、受けてくれるんだな?」
「はい。よろしくお願い致します」
深々と頭を下げるアンバー君と、にこやかに握手を交わす殿下。
オレはそれ以上見てらんなくて、また渋い紅茶を飲むフリしながら、彼らからそっと目を逸らした。
話が終わり、退出しようと立ち上がると、殿下が「テッド」とアンバー君を呼び止めた。
「早めにお前の身分証と部屋を、用意させる。必要な物は全部、このアーキンが揃えるから、身一つで来いよ」
「私ですか」
メガネの侍従が呆れたように呟くのを聞きながら、騎士の略礼をして執務室を後にする。
もしかして殿下は、アンバー君の服も靴も小物類も、全部用意するつもりなんだろうか。それって、経済的な負担をかけさせない為? それとも、殿下のお好みに揃える為?
そりゃ、うちでも使用人の制服とか身の回りの物は用意するけど……好きな人にそうされると、モヤッとする。
それに、城内に部屋を用意するって。自分だって騎士団に宿舎があるし、当たり前なんだけど、またちくっと胸が痛んだ。
オレの屋敷に、名ばかりとはいえ爵位を持つアンバー君が、一緒に住み続けるのもおかしい。
うちの家令じゃなくなれば、主従でもないし、雇用関係にもない。
アンバー君とはトモダチだと思ってるけど、単なるトモダチに、「行かないで」なんて縋ることもできなくて。またちょっと、寂しいなぁって落ち込んだ。
アンバー君の活躍は、すぐに城内で噂になった。
騎士としてあちこち駆け回ってるオレの耳にも、当然噂は聞こえて来た。
元から優秀な彼だったから、実力を大いに発揮できる環境に置けば、みるみる頭角を現すのも当然の事だ。
没落貴族の子息の登用、突然の叙爵……それを行動に移した、王太子殿下の慧眼。
やっかみとか誹謗中傷もない訳じゃなかったけど、アンバー君が周りに受け入れられるごとに、マイナスイメージは消えてった。
国王崩御のショックで混乱してた執務が、アンバー君の投入をきっかけに、ウソみたいにはかどるようになったって。この分なら、戴冠式もきっと近々できるだろう、って。女官や侍女たちに、いっぱいアタックされてもいるらしい。
厳戒態勢の解けない中、ハードなスケジュールをこなしつつ、噂だけでアンバー君のことを聞く。
一方でオレは――彼のいない屋敷に戻るのが辛くて、でも、王太子殿下に付き従って歩く姿も見たくなくて。どうしたら気にしないでいられるのか、自分じゃもう、よく分かんなくなっていた。
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