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【創作BL・R18含】『虹色月見草❖円環依存型ARC-ツキクサイロ篇 第一部』【虹色月見草/完結済】
第六話『 初めての恋 』 上
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「さーくらくーん」
「うおっ」
瑞季(みずき)が寮棟のエントランスにある自販機前で立ち尽くしていると、突然背後から声がかかった。
瑞季がそれに驚き振り返ると、そこには晃紀(こうき)がいた。
「せ、先輩」
「よ、まさに絶不調って顔してんな」
「えっ」
瑞季は今の心境を顔に出したつもりはなかったのだが、どうやら晃紀には悟られてしまったらしい。つくづく勘の良い男である。
「そ、そう見えますか……」
「あぁ、もう枯れ切ってるって感じだぜ? どした? またなんかあったか」
そんな晃紀の言葉を受け、瑞季は返答に窮した。
そして、どうやら返す言葉が見つからないらしい瑞季の様子を見て、晃紀はひとつ苦笑して言った。
「なんか、あったみてぇだな」
「……その………………はい」
「俺が聞いていい事なら、話聞くぜ?」
その日、どうしてももう少しだけ寮室に帰る時間を遅らせたかった瑞季は、そんな晃紀の言葉に礼を述べ、その厚意に甘える事にした。
― 虹色月見草-円環依存型ARC-ツキクサイロ篇-Ⅰ❖第六話『初めての恋』 ―
瑞季(みずき)が自らの想いを美鶴(みつる)に告げてしまったその直後、美鶴はその場にしゃがみ込んでしまった。
そして瑞季に顔を見られないように伏せたまま、それから少しの間美鶴は静かに泣いた。
――なんでそんなことしたの。
誤解を解かぬままにしてしまった事で、美鶴は事実を勘違いをしたままそう言った。だが、瑞季はそれに謝罪を述べる事しかできず、後悔の念に思考を妨げられ、誤解を解くところではなくなっていた。
「もんちゃん。もう時間ヤバいから、教室行きなよ」
少しの間泣いていた美鶴は、その後相変らず顔を隠しながら部屋に戻り、ベッドへと腰かけた。そして瑞季もまた、その美鶴に続いて部屋に戻った。そうして二人が部屋に戻ったところで、美鶴はスマートフォンのディスプレイを見ながらそう言った。
その声にはまだ、先ほどの感情の名残があった。瑞季はその声を聞いて胸が痛んだ。
「その、美鶴は……?」
「俺は今日休むよ。今、教室行ける感じじゃないし。先生には体調不良って伝えてもらっていい?」
「あ、あぁ……でも」
「俺は大丈夫だから……ごめん。今は、一人にさせて」
美鶴のその言葉は、瑞季の心をちくりと刺した。
「……わかった。その、悪い……」
「ううん……。行ってらっしゃい」
「……ん」
瑞季は美鶴によるその見送りの一言で、その場にとどまる事を拒まれている事を悟った。
その為、何かあればすぐに呼んでくれとだけ言い残し、部屋を出た。
("何かあったら"……? どの口が言うんだよ)
そうして教室へ向かう中、瑞季は先ほど美鶴に言い残してきた言葉を思い返し、自分を叱責した。
瑞季はその日、人生で一番と言っていいほど後悔した。
自分の下らない思い付きと過信から、また美鶴を傷つけ、今度は涙まで流させてしまった。その涙は、悲しみの涙だ。それは紛れもなく瑞季のせいで流れ落ちたものだ。
そしてそれが、瑞季が初めて見た美鶴の涙だった。
(俺、やっぱ最低だな……)
瑞季はそうして自責の念に駆られながら、教室へと向かったのだった。
そして、その日の授業をすべて終えたところで、瑞季はすぐにでも寮室に戻ろうと思った。その日はもちろん部活はあったのだが、今日はそれどころではないという気持ちがあり、練習を休む方向に思考が向いていた。
だが、部長に欠席の連絡を入れようとスマートフォンを取り出したところで、ふと思いとどまった。
もし自分が部活をサボってまで部屋に帰ったとしたら、美鶴は何と言うだろう。美鶴は瑞季がどれほど部活優先の生活をしているかを知っている。その上で今日、部活を休むという事は、美鶴の為に休むという事になる。
(駄目だ……それじゃあまたヤな思いさせるだけだ……)
瑞季はそう考え、その日は普通に部活に参加する事にした。
(きっと美鶴も、今はできるだけ俺に会いたくないだろうしな……)
自らの考え至った事とはいえ、その事に瑞季は落ち込んだ。
自分はとうとう美鶴に会いたくないとまで思われるほどになってしまったのだ。
その事実に改めて思い至った瑞季は、そのままがっくりと肩を落としながら、部室へと向かったのであった。
「――そりゃあ大失敗だな」
「はい……」
瑞季(みずき)はその日、泳いでいる間すら失せる事のない後悔の念を抱きながら、放課後の練習を終えた。
そしてその帰り、美鶴(みつる)に拒まれる存在になってしまったという考えから寮室に帰るのが恐ろしくなり、寮棟のエントランスで立ち尽くしては時間を消費していた。
そんな時に、瑞季に声をかけたのが晃紀(こうき)だった。
そして晃紀は、すっかり落ち込んでいた様子の瑞季を見るなり再び相談役を買って出てくれたのだが、瑞季から今朝方の出来事を聞くなり、苦笑した。
「一番の失敗は、お前がちゃんとその場で誤解を解かなかったことだな」
「はい」
「気持ちが焦っちまったのはわかるけど、お前もこのままじゃ駄目だって思ってんだろ?」
「はい、思ってます」
「じゃ、今すぐ帰って誤解を解かないとな。怖ぇと思うけど、いくら時間潰したってもっと怖くなるだけだ。頑張ってこい」
晃紀はそう言うと、瑞季の肩に手をのせ、ぐっと力を入れ励ますように小さく揺すった。
瑞季はそんな晃紀の言葉に今一度返事をして、頭を下げた。
その後、肩を並べてお互いの寮室へ向かい、瑞季は別れ際にもう一度晃紀に礼を言った。
晃紀はそれに優しく微笑み、おう、と言って自らの寮室へと戻っていった。
瑞季はその背を見送り、ゆっくりと深呼吸をして、寮室への廊下を歩き出した。
今朝方、瑞季が寮室を出る時には美鶴はベッドに体を横たえていた。
その為、今もまだベッドで横になっているかもしれない。もしかしたらそのまま眠っているかもしれない、と思った瑞季は、なるべく物音をたてないように寮室のドアを開けた。
だがそんな瑞季の目に入ってきたのは、丁寧にシーツの整えられたカラのベッドであった。
また更に、部屋には食欲をそそるような香りが満ちていた。
その様子にむしろ動揺してしまった瑞季は、そのままそっと荷物を置き、キッチンスペースの方を覗いてみた。
すると、そこには夕食の準備をしているのであろう美鶴の後ろ姿があった。
瑞季はその後ろ姿を見るなりまた立ち尽くした。なんと声をかければ良いのか。
だがそのようにして迷っていると、そんな瑞季の気配に気づいたのか、美鶴がふと振り返った。
「わ、びっくりした。おかえり、もんちゃん」
瑞季の姿を確認した美鶴は、少しだけ目を見開いた後そう言って微笑んだ。
だが、その微笑みは昨日まで見せていたものとは違い、物悲しそうな弱々しい微笑みだった。
その微笑みを見た瞬間、瑞季の胸は大きく痛み、心は激しい罪悪感に襲われた。そして、そんな罪悪感に背を押されるようにして、瑞季は謝罪した。
「美鶴、その、ほんとごめん」
そう言いながら頭を下げる瑞季を見て、美鶴は黙ったままカチリと火を止めるなり、洗い場に寄り掛かるようにして瑞季へと向き直った。
瑞季は姿勢を戻し、そんな美鶴に対して言葉を続ける。
「言い訳はしない。ただ、ひとつだけ誤解させてる事があるから、それだけ聞いてほしい」
「……誤解?」
「あぁ、その、後輩と別れたのは、美鶴の事を好きになったからじゃないんだ」
「……」
その瑞季の言葉を浮けた美鶴はひとつだけ瞬きをしたが、言葉は発さずそのまま瑞季を見つめた。
恐らく美鶴は瑞季の言葉の続きを待っているのだろう。そう思った瑞季は続ける。
「後輩と別れたのは5月のはじめくらいなんだけど、俺が美鶴を好きになったのはそれより後のことなんだ……だから、美鶴のせいで別れたんじゃない。その、誤解させるような言い方して、ごめん……」
そんな瑞季の言葉を受けた美鶴は、目を伏せつつも安堵したようにひとつ息を吐いた。
「そっか……嘘じゃないんだよね」
美鶴がそう言うと、瑞季は美鶴の目をまっすぐに見て言った。
「もちろん嘘じゃない。別れた理由もちゃんとあるし、その時に送ったメッセージも残ってるんだ。信じるのに証拠が必要なら見せるけど……」
瑞季がそう言うと、美鶴は静かに首を振った。
「ううん、大丈夫。もんちゃんがそこまで言うんだから、信じるよ」
「……よかった、ありがとう」
「うん……」
美鶴はそう言うと、何かを考えるようにして再び目を伏せた。瑞季はさりげなくその美鶴の顔を見たが、やはりまだ悲しみを帯びているように見えた。
そんな表情を見て、瑞季が何を言うべきかまた迷ってしまっていると、美鶴がゆっくりと口を開いた。
「あのさ……もんちゃんは、俺と付き合いたい――んだよね」
「……その事、なんだけどさ」
「うん」
「俺、改めて今日一日考えてみたんだけど……俺は美鶴の事、人間としても、友達としても好きだ。で、恋愛的に好きだとも思ってる。でも、だからってどうしても付き合ってほしいってわけじゃないんだ」
「どういう事?」
美鶴はただ不思議そうな顔でそう言った。
瑞季はそれにゆっくりと言葉を返してゆく。
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