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第六話 月の宴
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翌朝、起きた俺の頭に浮かんだのは、昨日の寂し気なレイティの横顔だった。
…レイティの部屋に行ってみるか…。
早速支度をすませてレイティの部屋へ向かう。しかし扉を叩いても反応がなく、不在のようだった。近くに居た何人かに行方を聞いたが、皆首を横に振るだけで居場所はわからない。レイティを探すにしても土地勘の無い俺は、とりあえず昨日案内してもらった場所を辿りながら探す事にした。
祭りが今日を入れてあと三日に迫っているからか、森はなかなか賑わしくなっている。衣装、装飾品や祭り用の道具を使って、儀式や踊りの練習をしている。
どうも見当たらないので、俺は最後に案内された場所へ向かう為、その賑わしさから離れた道へ歩きだした。
鏡の泉に辿り着くと、そこだけが澄んだ静寂を保っていた。祭りの曲を奏でる音でさえ、泉の空気を壊す事はない。レイティは、昨日水浴びをした泉の側にいた。
「…レイティ」
膝を抱えて泉に映る風景をぼぅっと眺めているレイティに声をかける。しかし、ぴくりと肩を揺らしただけで呼びかけに応えてはくれなかった。泉には俺とレイティの姿がはっきりと映っている。膝頭から覗くレイティの目は赤く腫れていた。
俺は何を言うためにレイティを探していたのだろうか。そもそも、何かを言いたかったのだろうか。昨日のレイティの表情が頭から離れない。目の前のレイティを一人にはしたくない。――離したくないと、そう思った。
「!!」
気付けば俺は、レイティを抱き締めていた。
「レイティ…俺は…」
「嫌だっ!!」
俺の言葉を遮りながら、レイティはすがりつく様に俺の背中に腕を回した。
「離れたくないっ!!ショウと離れたくないんだ!!…わかってる、つもりだっ!でも…っ」
「レイティ…」
レイティの涙に濡れた頬に手を添えて顔を上向かせた。赤く赤く腫れた悲しみに染まる瞳に、優しく口付ける。
…俺も、離れたくない。離したくないと、言っていいのだろうか。連れて行けたとして、何が起こるか解らない。何処にも辿り着くことなく死ぬかもしれない。俺の全てを取り戻した俺がどうするのかも解らない。
――どんな旅になるか解らないから、俺も不安が大きい。だから、連れて行って一緒にいて良かったと思う事があっても、やはり連れて来ない方が良かったと後悔する事の方がどうしても多くなる気がするのだ。
――レイティは長い命を持つエルフ族で、しかも一人きりの王子だ。残して、俺を忘れて生きた方が色んなものが保証されている。
…昨日からずっと考えていた…答えは、まだ出ていない。
「ふっ…んっ」
色んな想いを込めて口付ける。レイティも涙を流しながら積極的に応える。それから、互いの想いをぶつけ合う様にして俺達は激しく求め合った。
「ああああっ!!しょおっ!!」
「っく…レイティっ」
何度も口付け、何度もイッて、何度も名前を呼んだ。
「やっ、ぁんっ…はなれ、ないでぇっ」
抜こうとするとレイティが強く俺を締め付け、いやいやと首を振って泣きながら必死で抱きついてくる。だから、レイティが気を失って力尽きるまで、ずっとレイティの中で出し続けた。
やっと中から取り出す事が出来ると、レイティの穴はすっかり俺の大きさに開ききり、そこからダラダラととめどなく精液が溢れ出した。ぐったりとしたレイティを抱き締めて鼻の頭をくっつける。エルフ流の愛情表現で、想いを込めて伝える。
「レイティ、愛してる…」
俺は、君が悲しむ顔をもう見たくない――。
「…ショ…ゥ」
夢でも見ているのか、レイティがまた涙を流しながら俺の名を呼ぶ。何かを探る様に宙をさ迷っていたレイティの手を握って強く抱き締める。
「…ん…ショ、ウ?」
あまり強く抱き締めたからか、レイティが目を覚ました。まだ覚醒しきれていないレイティの瞼に何度も口付けて、亜麻色の髪を優しく撫でる。
「レイティ……一緒に…来ないか…」
「……えっ…」
レイティの朱くなっている目を見ながら、一言一言慎重に言葉にする。
「………危険な旅になるかもしれない…死ぬかもしれない……いや、もしかしたら――死よりも恐ろしい目に遭うかもしれないが……それでも、一緒に来るか?」
俺の掌はじっとりと汗ばんでいた。レイティの躰は、小さく震えていた――。
・・・
「出発する前にショウ様にお渡ししたい物がありますので、また明日いらして下さい」と昨夜レイリウスが言っていたので、レイティも連れて執務室を訪れた。
「早速ですが、お渡ししたい物とは、こちらです」
レイリウスが肌触りの良さそうな上質な布に包んだ長細い物を俺の前に差し出す。
「…これは」
細い指が折り畳まれた布を一枚一枚取り除き、現れたのは白く美しい剣だった。
「この剣は白樹からつくられた物です。こんなに細く軽いのに非常に丈夫で、魔力を秘めています。どうぞお手に取ってご覧下さい」
レイリウスに促され、少し緊張しながら剣を手に取る。というか魔力秘めてるとかちょっと警戒心出るし。初魔力だよ多分。
草花の彫刻が施された白い鞘に収められた白い剣は確かに細く驚くほど軽かった。柄の部分まで大きな草花の彫刻が施されており、不思議とその凹凸がしっかり手に馴染んだ。鞘から刀身を覗かせると、不思議な輝きを放ち、全体に文字や蔦の様にびっしりと模様が彫られていた。確かに、何か魔力がありそうな剣だ。
「この剣は祭事用のですか?」
「ええ。10年に一度、この剣を月に捧げるのです。…わたくし達には他にショウ様に差し上げられる物がありませんので、これを…」
「何を言ってるんですか!貰えませんよそんな大切な物」
「…どうかお気になさらず。わたくし達はショウ様を正式にお見送りする事ができません。供物に紛れて出発して頂くしか無いので、その時に供物の中にあるこちらの剣を持って行って下さいませ。剣の代わりとなる物も用意してありますので、ご心配には及びません」
「…でも」
「その剣の代わりとなる物は、剣よりも長い時をかけて造られた楽器だ。そなたも見たであろう」
あの、鏡の泉で見た白い三日月の形をした楽器の事だろう。月への供物に相応しい物に思える。
「だから気にする事はない。実際、剣が用意出来ない年は楽器を捧げているのだからな」
「それに、旅には武器が必要になるかもしれません。是非、ショウ様に持っていて欲しいのです」
握っていた剣を一振りする。掌に馴染む柄と、軽いのに振ると刃先に程よい重さを感じる。不思議な剣だ。
刃を鞘に収め、縦に持って胸に当て心から感謝の気持ちを込めて言う。
「有り難く、頂戴致します」
「――きっと、ショウ様の役に立つ事でしょう」
優しく微笑むレイリウスと、頷く王様。
………俺は、こんなに俺の為を想ってくれている二人に、顔向けも出来ない様な事を今から言わなければならないのか…。
覚悟を決めて王様に顔を向けたまま床に土下座した。
「二人に、言っておきたい事があります。…俺は、レイティを――――旅に連れて行きます!!」
レイリウスの息を飲む音が聞こえた。王様は椅子から立ち上がり、俺の前まで歩み出て俺を見下ろした。
「そなた、エルフの王子にエルフの禁忌を犯せと言うのか。…我が子を、危険にさらすと言うのか…」
「――はい、何が起こるかわかりませんが…俺は、何があっても必ずこの身を、命をもってレイティを守ります!」
「…」
「王、ショウを責めないで下さい!…ぼくが望んだ事なのです!」
レイティが俺の隣で膝を着きながら王様に言った。王様とレイティはしばらく目を合わせ、考える様に目を瞑った。そして、王様はゆっくりと口を開いた。
「……我からは、何も言う事はない…」
それだけ言ってレイリウスと顔を合わせてから王様は退出した。
「王様…!!」
「そっとしておいてあげて下さい」
「…しかし…」
「…今まで、エルフが一人も外へ出なかったわけではありません。わたくしの記憶では、過去に一人だけ消えたエルフがいます」
「それは…」
「そのエルフは…ラスティの兄弟です」
「!!」
「あの方は帰っては来ませんでした。――もしかすると、エルフが外へ出る事を禁じるのは、戻って来れないからというのもあるかもしれません。………ですからわたくし達には、子を外へ出すという事は、我が子を失うのと同じ事なのです」
「……二度と、エルフの森には戻って来れない…」
改めて突きつけられたら真実に、レイティの意志を確認する様に俺はレイティを見た。
「……ぼくは、この森も両親も心から愛している…それでもぼくは、ショウを選んだのです」
揺るぎない眼差しでレイティはレイリウスを見つめ、その視線をしばらく受けてからレイリウスは頷いた。
「…レイティ…わかりました。ラスティもあなたの覚悟を感じたからこそ、引き止める様な事をしなかったのだと思いますよ」
「…!」
「そうそう、レイティにまだ伝えていない事がありました」
レイリウスは俺達を立ち上がらせてから穏やかな声で話し始めた。
「最近わかった事ですが、どうやら母なる樹に子が宿った様なのです」
「それは!…何年ぶりでしょうね」
喜ばしい声音でレイティが応える。
「それも、王族の子です」
「えっ!!」
俺とレイティは思わず声を上げた。…王族の子というとやっぱり…いやどう考えてもレイリウスと王様の子だ。
「そう、あなたの兄弟が生まれるのですよ、レイティ」
ふわりと微笑んだレイリウスと、みるみる笑顔になるレイティを見ていると幸せな気分になってくる。
「…ですから、あとの事は気にしないで……外の世界を見てきなさい」
「レイリウス様…」
初めてレイティがレイリウスの名を呼ぶのを聞いた。二人は涙を流しながらしっかりと抱き合った。
…レイティは自分の兄弟を見る事なく旅立たなくてはならない。…この森に帰って来られないのならせめて、初めての兄弟を見せてから旅立せたかった…。自分の決心が、揺らぎそうになる――。
◇◆◇
まあるい月が星空に浮かんでいる。今日が感謝祭の日だ。エルフ達は月明かりの下、楽器を鳴らし歌い踊る。祭りの賑わいにつられて森の生き物達も姿を表し、月の光とそれを反射する鏡の泉の光によって草木が白く浮かび上がる。その光景はまるで、夢の世界の様に美しい。
「ショウ様、此方へ」
その光景を目に焼き付ける様に佇んでいた俺に、レイリウスはそっと声をかけた。様々な供物が乗せられた小舟の側で、レイティとレイリウスが待っていた。近づいてみると、意外としっかりした造りの小舟には二人が身をかがめて入れる空間がある。
「さぁ、二人とも乗って下さい」
レイリウスに促され、王様の姿を探すが近くに見当たらない。レイリウスはそんな俺の様子に気づいて、苦笑した。
「すみません、お見送りには来ると思っていたのですが…」
「…いいえ…」
諦めて小舟に乗ろうとした時、王様が樹の影から現れたのを見た。
「王!!」
隣に居たレイティはいち早く反応し、王様に近寄って跪いた。少し離れている為、何を話しているかは解らないが、王様はレイティを立ち上がらせて二人ともしっかりと抱きしめ合った。俺は安心して、レイリウスに挨拶をするため視線を戻す。
「色々、力を貸して下さり、なんと感謝をして良いか…こんな、どこの者とも知らない俺に」
「良いのですよ。……ショウ様の記憶が、無事に戻る事を願っていますね…」
その優しい瞳と心からの言葉に決意を新たにする。握られた手を握り返し、心から誓った。
「必ずレイティを守ります。…そして、必ず此処に帰る方法を見つけ出して、レイティを兄弟に会わせます」
レイリウスは軽く目を見開き、ふわりと微笑んだ。
「何故でしょうね…ショウ様が仰る事は、信じてしまいます」
出発の時が来た。
レイティがレイリウスとも挨拶を交わし、小舟に乗り込む。
「王様――」
王様に言う上手い言葉が見つからなかったが、声をかけた。しかし、俺が何かを言う前に、王様が静かな声で言った。
「――今夜、我々の子が生まれる」
「え…」
「さぁ、出発の時だ。早く乗れ」
「ぁ、はいっ」
慌てて小舟に乗り込むと直ぐに布を被せられた。
視界を布で覆われる直前に見た寄り添う二人は、優しい微笑みを浮かべていた。隣にいるレイティにもきっと見えただろう。
「本当に、ありがとうございましたっ」
感謝の気持ちを、どうしても伝えたかった。小舟はすぅっと泉を滑りはじめていたが、きっと聞こえただろう。感謝してもしきれない。謝っても謝りきれない。だから、レイティを守る事で、いつかこの森に帰ってきて、レイティを兄弟と会わせる事で、俺の伝えきれないこの気持ちを伝えよう。
月明かりが布越しに柔らかく降り注ぐ。レイティと一緒にそっと布を持ち上げて、供物の隙間から遠くにいるレイリウスと王様の影を見続けた。
いつの間にか小舟は止まり、泉の真ん中に着いたのだとわかった。すると、泉を囲む森の木々が鼓動する様にぼんやりと輝きはじめた。
…これが、儀式なのか?
「…生まれるのだ…」
レイティが震える声で小さく言った。レイティの顔を見ると嬉しそうに涙ぐんでいた。
「ぼくの兄弟が…生まれる」
「そうか………まるで、レイティを見送ってくれているみたいだな」
森の木々が徐々に明るく輝きだす。目が眩む程の白い閃光を最後に見た所で、俺の意識は途切れた。
序章[完]
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