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ヒーターの導入(1)
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ここで時間は急に早送りになり、季節は秋を迎える。
誠は相変わらず行方不明。俺も何にも変わってない。しかし俺の周りでは様々な変化が見られていた。
その1。加藤さんが結婚した。
お相手は異業種交流会で出会った人らしい。
「津島くん、人間に与えられた時間は有限なのよ」
加藤さんは深刻な顔で当たり前のことを教えてくれた。
「わたし、人生のイベントは全て体験してみたいの。そのためにはそろそろ結婚しなくちゃって思ってさぁ」
「人生のイベントって何ですか?」
「生まれて、学校に行って、働いて、結婚して、子どもを産んで、育てて、介護されて、病院で死ぬの。そういうの、全部体験したいの」
「はあ…。加藤さんは変わってますね」
「そうかな?客観的に見て、すごく普通な人生でしょ?」
普通な人生を送る人は多くても、そんな自分を俯瞰している人は、あまりいないんじゃないだろうか。
「そのイベントを全部こなせない人は、普通じゃないってことですかね?」
僕の小さなつぶやきを、加藤さんは聞き漏らさなかった。
「普通の人は、自分が生きたいように生きるんじゃない?イベントをこなしたい人はこなすし、別の道を選びたい人はそっちを選ぶ。それが人間の普通なんじゃない?」
「なるほど…」
「でも普通の人が普通に選んだ結果、多くの人が学んで働いて結婚して子どもつくって育てる人生を送っているわけだから、客観的に見ればそうしない人は、普通じゃないんじゃない?」
「えーと…どういうことですか?」
「自分で言っててよくわかんなくなっちゃった!えへ!とにかくさー、相対的な評価なんて気にするだけ無駄だよ!」
加藤さんは無邪気に笑って仕事に戻っていった。
その2。沢口が家に来る頻度が増えた。
晩ご飯が余ったとか、一緒に見たいテレビ番組があるとか、何かと理由をつけては毎晩のように遊びに来て、寝る時間になると帰っていく。
誠がいないから…俺のことを、心配してくれてるんだろうか?
今日も「実家から日本酒が送られてきたから一緒に飲もう」ということで、沢口は家に来ている。
「今日は金曜だし、たくさん飲めるな」
沢口はにやっと笑って瓶をはじいた。
「えー俺はほどほどにしとくよ」
「前失敗したし?」
「それそれ」
「別にいいじゃん。ここお前んちだし、俺もいるし」
「何度も迷惑かけられんよ。そうだ、とりあえずつまみを…」
「あ、持ってきた。ほら」
沢口はビニール袋の中から栗を取り出した。
「え、なんで栗?」
「うまいじゃん」
「うまいけども」
栗の殻を入れるためにチラシで器を折ることにした。
不器用なりに一生懸命折っていたら視線を感じ、沢口のほうを見ると、頬杖をついてじっと俺を見つめていた。
「何?なんかついてる?」
「ついてる。長い髪の女の幽霊」
「何言ってんだか…ねえ、これ折って。できない」
チラシを投げ出すと、沢口はふっと笑った。
「こういうの苦手か?」
「苦手だよ。どうせ沢口得意だろー?やってくれよ」
「はいはい。人間助け合いだな」
「そうそう。俺ができないことはお前がやるんだ」
「…ふーん」
沢口は下を向いて、手早く折り紙を完成させた。
「ほい。栗食って酒飲もうぜ」
「おお!ありがとう!」
俺は栗を1つ手に取って、パキッと殻を割り、中身をつまんで沢口に差し出した。
「はい。お礼にむいてあげたよ」
「ん?いいの?」
そう言ったかと思ったら、沢口は栗をつまんでいる俺の手首をつかみ、自分の口まで持って行ってそのままパクッと食べた。
「おい!びっくりしたなぁ!」
「美味しいな栗は」
「自由だなー…」
俺が呆れていると、沢口は日本酒を俺に注いでくれた。
「飲めよ津島」
「あー、ありがとう」
ひとくち飲むと、日本酒の甘い香りが口と鼻に広がった。
「美味しいなー。ありがとう、いつも色々持ってきてくれて」
「いいよ別に」
「誠がいないから、気を遣ってくれてるんだろ?でも俺本当、大丈夫だからな?」
「……」
沢口は無言で栗を口に運んだ。
「…沢口?」
「大平は関係ないよ」
「あ…そうか」
どうしたんだろう。急に静かになって…なんだか気まずい。
なんとなく目をそらすと、水槽が目に入った。まこちゃんは今日もだらだらと水槽の底で寝そべっている。
変化、その3。まこちゃんが出てこなくなった。
まこちゃんはいつも、魚の世話の仕方を教えてくれるときに出てきてたし、俺が完璧に世話できるようになったから出てくる必要がないってことなのかな。
嬉しいけど、なんだか少し寂しい。
魚のくせに偉そうで、いつもはっきりしてるまこちゃんと会話するの、楽しかったから。
それに前回出てきたとき、気になることも言ってたし…。
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