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ロミオとジュリエット 2
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また会いたいと・・・道ノ瀬結(みちのせ ゆう)は言った。
世界の違う友人が一人増えたと思えばいい。
東郷はそう考え、彼を記憶の片隅に追いやろうとしたが、どうにもあのしなやかな体が
手のひらに、体に、感触として残っている。
彼を送ったホテルの部屋の前で、ラインとスマホの番号を交換した。
道ノ瀬からLINEが早くも翌朝に来た。若者だけあって反応が早い。
「昨日は、ピンチを助けていただいてありがとうございました。
東郷さん、いつまで日本にいらっしゃるのですか?」
「9月第一週までです。夏季休暇が終わり、ドイツでの第一戦が始まります。」
「その前に、お会いできますか。お会いしてお礼を伝えたいのです。」
「お礼なんていらないですよ。」
「でも・・・。」
道ノ瀬の文字が、残念がっているように私には思えた。
「道ノ瀬さん。では、可能ならあなたをドライヴに誘っても良いですか。
人目に付く所ではお会い出来ないでしょう?」
そう送った後、既読になって丸一日返事がなかった。
次の日私には、日本でサッカー誌、女性ファッション誌などの取材が幾つか入っていた。
美容師やらスタイリストが現れて、私を別の男に仕立て上げて行く。
撮影用に、私の服を選んでいるスタイリストが、
「試合でも、もっと色々な服をお召しなるのはいかがですか?監督はよく映されていらっしゃいますし。」と言った。
おかしなことを言う、と、私は黙って聞いていた。
大事なのは、”試合に勝つことだ。”
日々服装を選ぶ時間が惜しいから、私は同じジャケットを何着も用意しているんだ。
サッカー誌取材は、サッカーを語ればいいが、女性ファッション誌で専門的な戦略を語っても受けが悪い。
女性記者たちも、当然、サッカーよりプライベートなことを聞いて来る。
「プライベートは話さないことにしています。」
私は、正直誠実に答えたつもりが、女性記者たちからはため息が漏れた。
「そのミステリアスな所が素敵なのですよね。そう書かせていただきます!」
「そうですか。」全くいい様に捉える連中だ。
どうも、私はマスコミが苦手だ。
試合するより疲れて、休憩時間にスマホに目をやると、LINEの着信が付いていた。
「ドライヴ、連れて行って下さい。」
道ノ瀬 結(みちのせ ゆう)だ!昨日、途切れていた返事が来た。
「いつがいい?」
お互い、スケジュールが詰まっており、なかなか逢う日が取れなかったが、
幸い1つ会合のキャンセルが出た。
何とか次の金曜日の夕方以降、約束が取れた。
その金曜日、私は道ノ瀬が待ち合わせに指定して来た港区愛宕の東京バレエ財団へ迎えに行った。
自分にとって、バレエは未知なる世界で、この場所にそんなビルがあるのも知らなかった。
グレーの石造りの1階に2階以上は黒い壁の重厚なビルだ。
黒いガラスの玄関自動ドアを通り抜けると、花が生けてある。
到着をラインで知らせた。
数分もしないうちに、右脇のエレベーターホールのランプが点灯し、上の階から
エレベータ-が降りて来た。
ドアが開くと、中から道ノ瀬が出て来た。
白いシャツ、背はさほど高くないのに、形の良い、ストライドの長い足。
「こんにちは。」
道ノ瀬は、丁寧にお辞儀した。
私も、それにならった。
「これ、この前のお礼です。
パリオペラ座の近くのチョコレートと僕の公演チケットです。」
そう言うと、白い小さな紙袋を両手で”はいっ”と差し出した。
「ありがとう。」
チョコレートなんてもらうのは何年ぶりだろうか。この青年らしく愛らしい。
遠い記憶のかなたにある照れるような感情が沸き上がる。
私が車をバレエ財団の駐車場から出し、高速に乗った頃、道ノ瀬が言った。
「僕、仕事の移動ではないドライヴって、家族で行ったのを除けば初めてなのです。
ドライヴにお誘いいただいた時、どうしよう!?って、まる1日迷っていたのです。」
「え?まる1日?」 LINEの返事に1日ブランクがあった。
「おかしいでしょ。23にもなって。」
「いや。そんなことはない。」
「学校の勉強はしたけど、バレエが好きでそれに全てを賭けて来たから。
デートもしたことないのです。」
そう言って、はにかむように笑った。
こんな純粋な青年を、私は見たことがなかった。
サッカー選手も一流になれば、おのれの進む道に賭ける情熱は凄まじい。
豊かでない家庭に生まれる者もいる。体格が小さかったり、あるいは怪我に悩まされたり、でも、それを人一倍の努力と戦術で乗り越えて来るのである。
しかし、サッカーを離れれば、有名女優やスーパーモデルと逢瀬を重ねる者もいる。
「ドイツにお住まいなのですよね?」結が聞いて来た。
「ええ。南西ドイツでフライブルグと言う所に住んでいます。」
「存じています。」
「え?」
「僕、パリと日本に3:1くらいの割合で住んでいます。お隣の国ですね。東郷さん、僕はフランスで東郷さんの記事をよく読んでいました。歴史ある名門でありながら、第2部に甘んじていたブラオミュンヘンの監督に就任し、第1部に押し上げたのが東郷さんでしょ?」
「そう言う事になっているね。」
ドイツのサッカーリーグ、ブンデスリーグは、第1部、第2部、第3部 があり、
合計60チームが覇権を争う。
「ドイツ人ではない、サッカーでは遥か格下の日本人が監督に就任したことで世界中が驚かされたのですよね。僕も驚きました。
100年に1人の戦略的指揮官だって。
戦略、選手の育成、モチベーション維持に極めて高い評価だと。
ブラオミュンヘンは東郷監督に破格の年棒数百万ユーロを支払うと報道されていました。」
「でも、私の持っているものでちょっと高価なものはこの時計くらいだよ。
サッカーは時間の使い方が大事だから。」
道ノ瀬結が、車のステアリングを握る私の腕時計に見入っていた。
「なんて言うブランドですか?」
「・・・、スイス製のパイロットウォッチ クロノグラフです。」
「僕がフランスに渡ったのは17歳の時です。最初は、言葉も分からなくて寂しくて…。
同じ日本人で、欧州で活躍する人がいらっしゃるんだって、心強かったのです。
試合をテレビで見る時は、いつも東郷さんを探していました。」
「東郷さん、試合に負けた時も相手のチームを必ず褒めるでしょ。あれ、すごいなって。」
「道ノ瀬さんに言われるとこそばゆいですよ。」
「結(ゆう)と呼んで下さい。」
「・・・結(ゆう)。」
夕暮れの高い空に、東京レインボーブリッジの白い支柱が視界に入った。
遠くにビルのかなたに沈もうとしている夕陽が見え、つばめが不意に横切った。
秋が近い。
つばめはもうすぐ、南へ旅立つのだろう。
わずかに開けた窓ガラスから涼風が入って来る。
「寒くないですか?」
「大丈夫です。」
湾岸になじみのレストランがある。
個室があって、面の割れた自分が利用するには丁度いい。
オーナーは元サッカー選手で、それが縁で知人になった。
オーナーにも店員にも、私の連れがバレエの道ノ瀬結だと分かるだろう。
でもどうしてそういう間柄なのか、詮索はされない。
白い壁の個室で、道ノ瀬と二人きりになった。
料理に舌鼓を打つ。
「この前の記者たちですが、いちいち気にしないことです。あの連中もメシのタネで
書いている。作りごとでも何でも金になれば良いのだから。」
「東郷さんも、スキャンダル書かれたりしたの?」
「ん。書かれた。事実婚を解消したからね。」
「・・・そうなんですか。」
「つまらない話してすまない。私は結より19年も早く生まれているので、
いろいろあるんだよ。」
「もっと、聞かせてください。東郷さんのこと知りたいです。」
食事が済んだ後、私たちは東京ゲートブリッジを渡り、若洲海浜公園近くに
車を止めた。
散歩するカップルの人影が幾つかあった。
「降りてみますか。ここなら暗くて、誰だかわからないから。」
私は彼を誘って外に出た。
「この前みたいに、して下さい。」
「この前?」
「週刊誌の記者から僕を隠してくれたでしょう?」
胸に抱き寄せたことか?
「僕では、だめですか?」
僕ではだめなのか?の問いに答えて良いかどうか考えあぐねた。
恋愛相手を意味しているのか?それとも交友か?
「私が、君の相手になって良いかどうか。
生きている世界も違うし、年の近い相手の方が良いのではないか。」
道ノ瀬は、少し首を傾け悲しいような顔をし、おもむろに言った。
「東郷さん、東郷さんが出ているドイツのCM見ました。
車と、男性用スキンケアクリームと、住宅リフォームのCMですよね。」
「よく知っているな。」私は苦笑した。
「全部、iphoneに動画入っています。」
「ほう。」
「僕も日本でCM出ているんです。チョコレートでしょ、風邪薬と目薬、調味料とアミューズメントパーク、学資保険と・・・。」
「売れっ子だな。」
「ええ。東郷さんは、CM契約の時何か制限つけられましたか?例えば・・・」
「車会社からは”事故起こすな”、住宅リフォームからは”火事出すな”とか。笑」
「笑、そうですよね。」
「結は?」
「僕ですか…、僕は、
”スキャンダルはもちろんのこと、CM契約中は、恋愛しないでください。”です。」
「は?」私は唖然とした。
「僕がスキャンダル起したり、恋愛したらファンが半減して、売り上げ落ちるから。」
例えば、アイドルが、独身の方が価値があると言うのは分かる。
しかし、道ノ瀬結はバレエダンサーだ、芸術家だろう。
人間を商品価値としてしか考えなければ、同じ事か。
「結、”恋愛禁止の条件”、契約書として交わしたのか?」
「”弊社が著しく損害を被った場合、契約破棄と違約金を求める”、の条項があります。」
私は、やはりそうかと思った。
「僕、ずっとあなたのファンでした。パーティであなたを見つけた時、凄く驚いて。
心臓バクバクでした。」
「そんな風に見えなかったぞ。」
「僕、バレエダンサーだから、演技上手いんですよ。
恐る恐る、やっと声かけたのです。バレエダンサーとサッカー監督が遭遇することなんてめったにないでしょう?
今逃したらもうチャンスはないって。
そして、あの夜、あなたは記者に追われる僕を助けてくれました。」
「僕は、今年ロシアのルノア賞をいただきました。バレエ界の最高の賞です。
賞をいただいた時、バレエの他に何か一つだけ自分の望むことがしたいって思ったのです。
いろいろなことを我慢して、犠牲にして来たから。それくらい神様は許してくれるんじゃないかって…。」
そう言うと結は、涙ぐんだ。
白い綺麗な指先が、自身の目頭に触れた。
結は、子供の頃から血のにじむような努力をして来たのだろう。
私には、結の気持ちがよくわかる。
世界で勝つためには、普通の幸せはあり得ない。
極限まで自分を追い込む過酷な人生が待っている。
結も、私も、私が抱えるサッカー選手たちもそうだ。
「僕では、だめですか?」 彼はもう一度尋ねた。
私よりも、だいぶ小柄な(170cmと少し位か)彼が涙を浮かべて、私を仰ぎ見た。
結は、とんでもなく重い決断を私に迫っている。
彼の気持ちに私が答えれば、ビジネス上契約違反になる。CMは巨額ビジネスだ。
そうまで、危険を冒して道ノ瀬と恋仲になって良いものかどうか。
勢いだけで動くほど、私は社会的に軽い立場にない。
結もだ。
だが、私は必至で訴える結も突き放すことは出来なかった。
結を抱き寄せると、私のシャツの胸に顔を埋めるように静かに収まって来た。
手をそっと自分の頬の横、私の胸に載せている。
「嬉しい…。こうしていただいたこと、生涯忘れません。
たとえ、もう二度と会えなくても・・・。」
その言葉が、私の気持ちのスィッチを押した。
私は、どんな危機的状況でも冷静な判断が出来るよう自分をコントロールできる。
そのだったはずだった・・・。
暗いとは言え、これ以上外で抱き合っていては誰が見ているかわからない。
結を車の中に誘った。
シートに座り、結を抱き寄せると至近距離で目があう。
結の唇にそのまま唇を重ねた。
そうなることが運命づけられていたかのように、結の唇に今度は深くキスをした。
私は、結が座ったままの助手席のシートを倒した。
「あっ!」押し倒された結が声を上げた。
「大丈夫だから。」
「僕、初めてですから!」結は慌てている。
こんな所で、最後まで”挑んだりしない。”
面が割れている自分ら2人が、”外で”なんてとんでもない。
でも、そこのリゾートホテルに入るには、まだ彼が嫌がるだろう。
だいたい会ってまだ2回目なんだ。
私もこの期に及んで、この有名な王子と恋愛関係になるとは想定外だった。
彼の上に重なると、再び貪るように唇を合わせた。
結は、私の下で、元来しなやかな体をひたすら硬くしていた。
唇、額、こめかみ、首筋にキスして行く。
私のキスに翻弄され、結は胸を波立たせる。
その胸を手のひらで包むと、想像した通りの豊かな胸筋を感じた。
その夜、結を家まで送った。
結はパリの家と、東京に実家があると私に告げた。
結の案内通りに実家に着き、門の前に車を付けた。
結は、インターフォンはマスコミがピンポンピンポン押すので止めてあると笑った。
「上がって行かれますか?」
「いや、いい。」
「母が出て来るから。」
「お母さんになんて言うんだ?彼氏できたって?」
「そうか・・・だめか。」そう言ってまたアイドルのように笑う。
「次は、フランスかドイツで逢おう。私たちの闘いの場だ。」
結の表情から幼さが消え、急に引き締まった。
私は結を抱き寄せ、口づけた。
成田を立つ時、どうしてスケジュールを知るのか、ファンとマスコミの見送りがある。
私は、日本チームの監督ではないが、日本人だと言うことで国内でも騒がれる。
ファンに求められるまま、空港でサインをする。
黒いスーツで片手でトランクを引きながら、片手でサインペンで次々にサインを書いていく。
ファンの一団が終わった所に今度はメディアがカメラを持って待ち構えていた。
激しいシャッター音。
乗り出した大勢の記者たちが、めいめい録音機器を差し出して声をかけてくる。
「次のシーズンへの抱負をお聞かせください、監督!」
「王子との密会は上々でしたか?」
不敵な面構えがこちらを睨んでいた。
週刊Bezの諸橋と言った、あの男だった。
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