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ロミオとジュリエット 6★
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翌朝、結は朝食時間に起きて来なかった。
選手たちの手前、私だけはダイニングルームに降りて来た。お手伝いのジップが、既に朝食を作ってスタンバっていた。
ドイツのらしい朝食が並ぶ。
黒いパンに、コーヒーと卵、ハム、野菜、フルーツ、ヨーグルト、チーズ。
「ユウは?」両親が東ドイツ出身のアベルが言った。
「まだ寝ている。」
「監督、先に、チームに戻ります。ありがとうございます、滞在楽しかったです。」
「ではまた明後日。」明後日は試合がある。今日明日は、トレーニングとミーティングだ。
ジップが食べ終わった選手たちの皿を片付けている。
「旦那さま、これが終わったら私は街に買い出しに参ります。」ジップは言った。
結の皿だけが、テーブルの上に綺麗なまま残っていた。
「あとは私がやるから。」
窓の外には、天気のいい秋空が広がっていた。
庭師が外で秋バラに水をやっているのが見える。
「ジップ、結が起きて来るまでに、あの白バラをそこに生けてくれないか。」
白いバラが、群生して咲いている。
「はい、旦那様。」
ジップは、皿をキッチンに運ぶと、下へ降りて行った。
庭に出て、ジップが庭師に私がバラを求めていると話している。
庭師が、2階の窓辺にいる私の方を見て帽子を取り挨拶をした。
ジップが、コロリとしたカップ型のバラの束を抱えて戻って来た。
すぐにダイニングテーブルの花瓶に生け始める。
1本、私が抜き取り、ジップに渡す。
「これは、君の好きな所に飾ると良い。」
「ありがとうございます。」
私は、結の様子を見に行くことにした。
3階に上がって行くと、寝室で結は半身だけ起こしてこちらに裸の背を向けていた。起きたらしい。
「どうですか、気分は?」私はベットに腰掛け、彼のこめかみにキスした。
「最悪。」
「まあ、そう言うな。下に朝食があるから。」
「死ぬかと思った・・・。」結は胸に枕をぎゅうっと抱いている。
「生きているじゃないか。」腰にシーツを巻き付けたまま、寝ぐせのついた髪を立て、怒った顔をしている。
何だか、ファンタジーに出て来る鬼の妖精みたいだ。トラ柄のパンツとか似合いそうだ。笑
「世話の焼ける王子様だな。」
「東郷さんのせいでしょ!」投げつけられた枕をキャッチする。
「私は、ジップが買い物に行ったら、このシーツを洗濯しないといけないんでね、どいてくれ。」
「いやです。」
「ジップに、洗ってもらうのは嫌だろう?」
「東郷さんは、デリカシーがない!」
「結~。」 結は完全にごきげん斜めだ。シーツを引っ張ろうとしたら、結も力づくで引っ張り返す。結構力が強い。それはそうだ、バレエダンサーの全身は筋肉で出来ている。
結が腰に巻き付けているシーツの下に、薄緑のバスタオルの一部が見える。
昨夜、結が腰の下に敷いていたものだ。
「あっそれは、だめ!!」タオルを掴み、グイっと引っ張ると、結がベットの上にコテンっとひっくり返った。
「さあ、どいた、どいた。」
シーツもかき集めるように奪い取る。
私は、シーツとタオルを広げ、”それ”を確認した。
ロストバージンした時の、血の染みが乾いて付いている。結は、これを気にしているのだ。
「…、痛かったか?…。」
「”落とし前”つけていただきますから!」
ヒュィ~と、思わず東郷は口笛を鳴らす。
普段上品な結の口から、そう言う言葉が出たことに私は妙に感心した。結は、ガウンを手早く羽織るとべットから飛び出て行った。
「案外元気じゃないか。」
洗濯機を回してから、ダイニングルームに行くと、結が一人で朝食を食べていた。
「猫たちが、僕のハムを狙っているんですけど。」結が言った。
結の朝食の周りに猫が3匹取り囲んで、結のフォークの動きを追いかけている。
私が、壁の前にあるチェストの引き出しを開けて、チューブ入りの猫のおやつを取り出すと、3匹の猫たちは私の方に二ャア二ャアとこぞってやって来た。
次々に、おやつを皿に出して猫に与える。
私がひとり掛けソファーに座ると、食べ終えた猫たちが登って来て、私の周りに座ってくつろぎ出す。
ゴロゴロと喉を鳴らして私にすりついて来る。
猫の毛並みを撫でてやる。
私が日々身を置く、サッカーは規律と忠誠心の世界だ。
一方、猫は気ままで自由で楽しい。私は猫が好きだ。
食事を終えた結が、つかつかっとやって来て、猫を掴むと次々に床に降ろす。
くつろぎを邪魔された猫たちが「ギャア!ギャア!」と怒っている。
どうした?と思うのもつかの間、結が私の足を組んだ膝の上に乗って来た。
「東郷さんの1番近くにいて良いのは、僕ですから!」
結が、上から見下ろして言う。
「そうでしたね、王子様。」
昨夜はどうなることかと思ったが、嫌われていないらしい。
「浮気したら、許しません。」
結は、私の手に指を絡めて来る。
「しないですよ。」
「本当に?」
「私は、サッカーにすべてをかけている。」
「あのバラは、僕のために?」
結が振り向いてダイニングテーブルの上のバラを見た。
「そうです、王子様。」
「僕が起きて来るまでに生けるよう言われたと、ジップが言っていました。」
「君に捧げるよ。朝陽に輝く白バラが、まるで結のようだったから。」
結は、バレエと言う華やかな世界にいるせいか、華のある青年だ。本当に花が似合う。
「1本だけ、キッチンの方に生けてあるけど。」
「そうか。」ジップにあげた1本だろう。
「ジップ、嬉しそうだった…。」
「そう?」
「浮気したら、ただじゃおかないから。」
結は、私の膝に乗ったまま、私のシャツ衿を掴み首をぎゅうぎゅう締め上げて来る。
結の手首をつかみ、ジップは、そんなんじゃないと、笑う。
この若く美しい王子は、案外独占欲が強いらしい。
バレエ界の王者は、誇り高く情が深いのだろう。
私は、彼を抱きしめた。
こんなにも愛おしいものを久しぶりに抱いた気がした。
しかし、この恋が露見すれば、結も、私も破滅に追い込まれる可能性がある。
すでに、私たちは危険な橋を渡ってしまった。
サッカー監督として自分は名声を得た。
試合では百戦錬磨の名将と評される。
その自分が、社会的名声も名誉も一挙に失う危険のある道を選んでしまった。
結もまたいつ転落するも分からない、いばらの道を歩くことになる。
結の肩越しに見える、白いバラが香っていた。
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