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ロミオとジュリエット 27
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久々に帰る実家だ。
私の実家は、神奈川県の青葉台にある。
父がドイツに転勤し、私は高校生の時からドイツに住んでいる。
18歳でドイツのプロサッカークラブに所属し、19歳でプロデビューした。
家族は、その後日本へ帰国したが、私だけはドイツに残った。
母が、ドイツ在住の間にパン職人の修行をして、そのままパン屋になってしまった。
日本で今、自宅兼店を持ち、私の妹と共に店を経営している。
そこまでは、結の実家で結とご両親に説明した。
母と妹たちは、私と結のことをおそらく同意してくれるだろう。
しかし、親父…これが恐ろしくハードルが高い。
「東郷さん、プライベートのこと、ほとんど公表していないよね?僕、ずっとファンだったのに、どこを調べても載っていなかった。」
結が、車の助手席で言った。
「私は、父親の頭の中では”存在しない息子”ということになっていたんだ。親父は言っていたよ、うちは最初から娘2人だって。」
「えっ?どういう意味?」
「結は、バレエダンサーになる時、誰にも反対されなかったのか?」
「うん。両親もおじいちゃんおばあちゃんも、みんな僕を応援してくれたよ。バレエを続けるには、びっくりするくらいお金もかかったんだけど。両親は結の好きなバレエは、何も教えてあげられないからと言って、優秀な先生がいれば通わせてくれたし、好きなだけ習わせてくれた。」
結は、驚くほど素直で純真で、愛されることになんら疑問を持たない。周囲の愛情を、一身に受けて育ったのがよくわかる。
「うちは、君のご家庭みたいに、理解のある家族ではないんだ。特に親父。」
「お父さん?」
「保守的で、自分を曲げることを極端に嫌う親父だ。君のことを受け入れるとは、到底思えない。それでもいいのか、結?」
結は、困ったようにうつむいてしまった。
「お父さんは、東郷さんみたいな人ではないの?」
「全然、違う。」感情がすぐ顔に出て、周りを振り回す親父のように私はなりたくない。
「親父は、結のことを傷つけるかもしれない。それでもいいのか?」
結は、少し考えていた。
「いいよ。」
「嫌になったら、言ってくれ。いつでも引き返せる。」
「うん…。」
今日の結は、新調したと思われる新しいスーツを着ている。
私の実家に行くので、きちんとした服装で来てくれたのか。
あの親父に会わせると思うと、結の気遣いがひたすら申し訳ない。
スーツがしわにならないように、シートベルトをしめてやり、エンジンをかけた。
東京の結の家から、神奈川県の青葉台に向けて車を走らせる。
日本の道は混んでいる。スピードも出せない。
日本で乗るベンツを、私は、国内にいない時は車両管理会社に預けている。
しかしこんな車、スピードが出せない日本じゃ必要ない。私が大柄でなければ、軽にでも乗りたいくらいだ。
それでも、ゆっくりと走りながら、故郷の街に入った。
駅、学校と、景色がだんだんなじみのあるものになって行く。
「私は、そこの小学校を出たんだよ。」
愛する人に過去の暮らしを見せる感傷と、なつかしさが無性にこみ上げて来る。
「へえ。」結が、首を伸ばして目で追っている。
小学校の前を通り過ぎ、1分もしないうちに、白い店構えが見えて来た。
「着いた。」
「あ、パン屋さん。」
自宅と店の兼用駐車場に車を入れた。
車を停めると、店の中で接客中の上の妹が私に気付いた。
店の隣りが実家だ。
実家の門を開け、結を中に促す。
「可愛い庭だね、なんかドイツの東郷さんちと似ている。」
「メルヘンチックな家に育ったから、ああ言う家なのかな。笑」
玄関のインターフォンを押す前にドアが開き、下の妹が出て来た。
「おかえりなさい。うわっ!?本物の道ノ瀬さん?!!お母さん、早くっ早く!!」」
妹の慌てぶりに、結が笑っている。
「妹がぶしつけで済まない。これは下の妹、飛鳥(あすか)。楽団勤務だ。」
「道ノ瀬結です。初めまして。」
「あっ握手していただいてもいいですかっ?!」
「おい、飛鳥!」
結が手を差し出そうとした時、母が出て来た。
「まあまだ玄関に。中に入っていただかなくては。道ノ瀬さん。さあ、中へお入りください。」母が、結をリビングルームにうながす。
父がいた。
「結のご実家に招かれて、歓待を受けたんだ。」私は両親に告げた。
「それはそれは、道ノ瀬さん、ありがとうございます。」
母が言い、父が黙って頭を下げている。
「いえ、とんでもありません。」と、結。
店で接客していた上の妹・恵(めぐみ)が、店と自宅をつなぐドアから現れた。
「店は良いのか?」と、言いかけた私を突き飛ばした。この馬鹿力…。
「ひゃあ~綺麗!!!、道ノ瀬さん!!!」
妹が変な所から声を出している。
私は、見慣れていると言えば見慣れているので、特に感想はないが、初めて生で見る結はやはり綺麗なのだろう。 象牙色の肌が透き通るようだ。
人形のようにつんとわずかに上向いた鼻、ピンク色の可愛い唇、若い時は少なからず中性的な人間はいるが、結はまた格別だろう。
結と同じ年ごろのサッカー選手が、ブラオミュンヘンに沢山いるが、皆逞しい。
結は、紺色のスーツにネクタイを締めている。
いつもは額は前髪で隠れているのに、分けて撫でつけている。
うちの実家に来るのだから、ラフな格好で良いのに、ヘアースタイルも含め、やけに真面目なスタイルだ。
「ささやかですがパリのお土産と、これは僕の両親からです。」
「まあ、ありがとうございます。」母が言った。
「わ、これは、ガルニエのチョコレートではありませんか!さすが、道ノ瀬さんお目が高い!ありがとうございます!」パン職人の妹が感激している。
結お気に入りの例のチョコと、ご両親からはメロンか何かだろう。
「君とご両親に気を使わせて申し訳ない。」
私も言った。
挨拶が済み、父親が言った。
「道ノ瀬さん、悟(さとる)は私が大変期待した息子だったが、最も私を裏切ったのも悟です。
また、私を裏切るために帰って来たのか。」
会って早々の親父の言い草に、結が固まったのがわかった。
「お父さん、もう悟とは和解したのでしょう。おやめくださいな。
ごめんなさいね、道ノ瀬さん。」母が言った。
「そうよ、お父さん席外して。」
妹二人が言うと、父がむすっとしたまま席を立った。
「本当ごめんなさいね。今、コーヒーを入れますから。」母がキッチンへ立った。
上の妹・恵は、店に戻った。
自宅の壁についているドアを開ければすぐ店だ。
下の妹・飛鳥と、母がコーヒーを入れてくれる。
パン職人である母と上の妹が焼いたであろうアップルパイが出て来た。
「道ノ瀬さん、せっかくいらして下さったのにお見苦しい所をお見せいたしまして本当にごめんなさい。」
母と妹が謝った。
妹は、先ほどは結に握手してもらい損ね、更に身内のみっともない”いさかい”まで見せることになり意気消沈している。
「いえ…。」結が、不安そうに私を見る。
結は、事情を知らないし、明らかに戸惑っているのがわかる。
結を、連れて来たことを私は早くも後悔した。
「お母さん、飛鳥(妹)、まだ結には父との事を話していないんだ。今これから話す。」
「わかったわ。お母さんは飛鳥と買い物に行って来るから。こんなうちですが、予定通り、夕食もお泊りも していらしてね、道ノ瀬さん。」
「はい…。」
ふたりは出て行った。
父親の態度は予想通りだ。私は別段驚きもしなかったが、結はこの状況に困惑しているだろう。
私は、結に話しかけた。
「結、聞いてくれるかい。」
「はい…。」
「父は、機械メーカ―の2代目なんだ。
祖父が起こした会社で、最初はドイツで営業して、コピー機を売っていた。
父は、帰国後、祖父の代わりに家業を継いでいる。
父は、いずれ私が自分と同じように会社を継ぐものと固く信じていたんだ。
そのために、私を育てたつもりだったんだろう。
でも、私はサッカー選手になることが少年の頃からの夢だった。
父の見ている前では、勉強し、当たり障りなく振舞っていたけど、忙しい父の目を盗んでは いつもサッカーに興じていた。
母や妹たちは、もちろん私の気持ちを知っていて黙っていてくれた。
でも、18歳のある日ばれたんだ。
ドイツでブラオミュンヘン2部(2軍)のテストを受けたから。
結果は合格。
私が、サッカー選手になりたいと言った時、父は落胆し、悲しみ憤っていたよ。
私は、父を裏切ったと思った。 私が会社の跡を継いでくれるものと信じ、父は、私が自分の分身のように考えていたのだと思う。
父は忙しいのに、子供の勉強をよく見ていたし、いたずらをすると、部屋から出してもらえなかった。
「いたずら?東郷さんもいたずらしたの?」
「したさ、子供の頃は。借家から家族で引っ越ししたんだ。引っ越当日、家具をどかしたら壁に大きな”イタズラ書き”が見つかったり。引っ越した途端、今度は妹たちと悪ふざけして新築の壁に穴を開けた。笑」
「えー。そりゃあ怒られるよ。笑」
「親父のゴルフクラブで壁に大穴を開けたのは、馬鹿力の妹だが、一番怒られたのは私だ。私が室内で野球しようって言ったから。笑」
「ゴルフクラブのバットで?」結が笑った。
壁の穴がある場所に、今、ピアノが置かれている。穴隠しだ。そこを、私はちらりを見た。
「その父が、私に昔よく言っていた。
”スポーツで、一生食べて行けるわけがない!”って。
確かにサッカー選手でも、2部から1部へ上がって有名な選手になるのはほんの一握りだ。
1部に入らなければ、そもそも試合がテレビ中継されることもないし。
でも、私が2部にいた時、私に転機が訪れたんだ。
ブラオミュンヘンの現在のシュタイナー会長が、クラブに訪れたのだ。
当時は、幹部役員の一人にすぎなかったが。」
「シュタイナー会長?
ローラさんのお父さんだね。」結が言った。
「そう。」 私がローラさんと婚約したというデマが流れた例の一件だ。
「シュタイナー氏の推薦で私は、1部に引き上げられプロデビューを果たした。
そして、わずか1年後私は、大怪我をした。」
「うちの実家でも話していたよね。東郷さん、ねえ、聞いてもいい?その怪我ってどんな怪我だったの?」
「背骨。試合中、相手選手の膝が私の背骨に激突し、脊椎(せきつい)骨折したんだ。」
「え?!」結がぎょっとして、私の背を手で触れた。
「どのスポーツ紙にも”東郷、選手生命絶望”と書かれた。それで、もう選手として私を雇用するチームはなくなった。その時、私の選手生命は終わったんだよ。」
「東郷さんのヌード写真集に、写っていたよね。
腰のあたり。あれ、筋肉の線でなく、傷跡なんだ?」
「そう、手術跡。手術が上手く行かなければ、半身不随の恐れがあると言われたんだ。」
「東郷さん、その時いくつ?」
「20歳。」
「その若さで…、今の僕より若いじゃないですか。」
「その時は、自分の運命を悲観したさ。」
結の顔が辛そうに歪み、涙ぐむ。
「君が、泣かなくてもいい。」
「だって…。」
「私のために、泣いてくれるのか…。優しい、結…。」
私は、ふたりしかいないリビングで結の涙に指で触れそっとキスをした。
店の方で、上の妹が「いらっしゃいませ」と接客する声が聞こえる。
「父は…、私の怪我を喜んだんだ。」
「え?」
「これで、サッカーをあきらめるだろうと。
会社を継いでくれると。
私は、ドイツで大学に通い始めた。 私は、生理学、解剖学、栄養学、そしてトレーニング理論を学んでいたんだ。
父の会社は、ヨーロッパ特にドイツに顧客をたくさん持っているんだ。
祖父の代では、国内の小さな工場で印刷機などの機械部品を作っているに過ぎなかった。
事業の拡大と共に、祖父と父は海外に商品を売ることを考えたんだ。
海外で営業を始めたのが、若き日の私の父だ。
日本から、いきなりやって来た営業マンが信用されるわけもない。
営業する先で、ことごとく門前払いを食らった父は、考えた。
海外に対する商売とは、海外における事業でもあるんだ。
買ってくれる人々がいる土地で、まずは事務所を置き、現地の人々を雇用することから考えた。
街の小さな工場が、商社も挟まず、海外に直接売り込みをかけるなんて、昔はありえない。
いまだかつて、日本の大きな電気メーカーですらやったことのない大冒険だったんだ。
そんな折、私が選手を引退し大学に行った。
父は、事業を継ぐために私がドイツで学位を取得したと大喜びした。顧客の沢山いる、ドイツで教育を受けた後継者が誕生すると思ったのだから。
でも違った。私はサッカーの監督になるために勉強していたんだ。
日本に帰国して、社長職にあった父がそれに気が付いた時は、すでに遅かった。
私は、ブラオミュンヘンの2軍監督に迎えられることが決定していた。
父は、激怒したよ。
私は、家業を継ぐことは最初から考えていなかったんだ。
最初からそれを言うと、絶対に反対されたし、大怪我した後でその先、サッカーで生計を立てられる見通しもなかった。
父は、ふざけるな!と言ったよ。“二度と顔を見せるな!”と。
もう、日本に戻って来るな!実家の敷居をまたぐな!、と怒鳴り、玄関先で植木鉢を投げつけられた。
家業を継ぐのではなく監督としてやって行くと、私は帰国して実家に告げに来たんだ。
しかし、私は家に入ることは許されず、父に、そこの玄関で追い返された。
私は、勘当されたんだよ。」
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