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ロミオとジュリエット 31
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私は、ブラオミュンヘンのトレーニング場への道を車で向かっていた。
2月のドイツは凍てつくように寒い。
今日のフライブルグは、1、2時間もしないうちに10cmもの雪が降った。
ドイツは雨量は多くないが、ドカ雪が降ることがあり交通網がマヒする。
ドイツでは、融雪剤をたっぷりとまくため冬でも快適に走れるが、短時間の大雪には注意が必要だ。
ドイツの雪質は、日本とやや違う。
日本の北海道よりも北に位置していて、雪はサラサラなのに若干粘り気を帯びる。
これがタイヤの溝に入り込んで、スリップ事故を起こす。
案の定、大渋滞に巻き込まれた。
カーナビが、前方で事故が起きていることを知らせている。
救急車が、けたたましくサイレンを鳴らしながら私の横を通り過ぎて行く。
サイレンの音を聞くと、軽い動悸がした。事故を見た時だけ起きる私の症状だ。最近はもうなかったのに。
怪我人がいるのだろうか?
私は、素知らぬ誰かの安否をひどく気にしていた。
このままでは、仕事に遅れる。
迂回しよう。渋滞に巻き込まれると、1時間は動けない。
私は、事故に遭遇した現実から努めて気を取り直した。
迂回して、ブラオミュンヘンのトレーニング場に車を入れた時、スマホのLINEに恵から連絡が来ているのに気が付いた。
「お兄ちゃん、元気?お正月は楽しかったね。道ノ瀬さんも元気?」
「たぶん。お正月以来まだ会っていないんだ。」
「そう。」
「また、帰って来て。道ノ瀬さんを連れて来て。楽しみにしているから。」
要件はそれか、と気付き、苦笑した。
「ドイツは雪でしょう?運転くれぐれも気をつけて。」
「わかった。」
「道ノ瀬さんは運転する?」
「しないよ。免許を持っていない。」
「それは良かった。お兄ちゃん、安心だね。」
「そうだな…。恵にも心配かけた。」
「ううん、良いの。」
「お兄ちゃん…。」
「ん?」
「道ノ瀬さんは、本当にいい子ね。」
私と年子の恵は、結を”子”と呼んだ。
「そうだな。」
「お兄ちゃん、」
「ん?」
「今度こそ、幸せになって。」
「恵…。」
恵と呼びかけた私のLINEは、いつまでたっても”既読”にならなかった。
妹の恵は、結が知らない私の”過去”を知っている。
その日は、雪だったので、屋外練習場には出ず、室内で戦略ミーティングとなった。
サッカー練習場の休憩所にあった雑誌を、ランチの時に私はちょっと見た。
表紙に、『華麗なるパリ・バレエ団』との見出しがあった。
中身をちょっと見ると、案の定、結が載っている。
水色と白の王子役のバレエ衣装を着た結が、踊っているシーンと、プロフィールが載っていた。
誕生日が1995年2月22日とあった。
恥ずかしながら、結の誕生日を今知った。
結は、私のプロフィールから戦歴まですべて知っているのに。
結の誕生日が、もうすぐだ。
「小崎君、」
私は、ランチ会場に今入って来た秘書を見つけた。
「はい、監督。なんでしょう?」
「小崎君、一つ頼みがある。センスのいい宝石商を探して来てくれないか。」
「宝石商ですか?宝石、何に使うんですか?」
「何に使うんですか?って、小崎君、それでよく秘書をやっているね。」
センスの良い宝石商を探してくれと言ったものの、小崎にそんなセンスがあるとも思えない。
妹の恵に頼んだ方がよっぽど良かったかと、私は後悔した。
数日程して、小崎は数店の宝石商をピックアップして来た。
店の宝石サンプルが載ったパンフレットを持って来ている。
「これは、この街の宝石商だな。」
「ええ、市内です。近いですよ。」
「これは、フランクフルトか。こっちはパリ。ああ、これが良い、パリのこの店にする。」
「監督、もう決めたんですか。各店の営業をそれぞれ呼んだって良いんですよ。」
「いや、パリの店でいい。こちらから行く。小崎君、来週の月曜に来店予約取ってくれないか。」
この店のパンフレットに、LGBTフレンドリーショップと記載があった。
LGBTは、血液型のAB型と同じくらい人口がいるんだから、ビジネス界はせいぜい商売につなげた方が利口だ。
「もしかして、”道ノ瀬さんに”ですか?」
「そんな所かな。」
「えっー、私も一緒に行きますよ。」
「何で、君が一緒に来るんだ?!」
いや待てよ、小崎が一緒の方が都合良いか?
私は、結とその宝石店に行くつもりでいた。
2人で行ったら、かえって目立つ。
パリは、日本人だらけだし。
次の月曜日、私は小崎をベンツに乗せ、パリに走った。
結のアパルトマンで結を乗せた。
「道ノ瀬さんのアパルトマン、クラシカルで素敵ですね。そーか、監督はここに通っていたのか~。試合終わるといそいそと出かけていた先はここか~。」小崎が納得したように言った。
「いそいそ、ですか?」結が言った。
「小崎くん、ちょっと黙っててくれる?」小崎の奴、あらぬことをしゃべりかねない。
3人で、予約した宝石店に向かう。
結の自宅から、セーヌ川沿いに走って、ヴァンドーム広場の宝石店まで車で15分くらいだ。
男3人で宝石店来訪は、ある意味奇怪な光景に違いない。
近くのパーキングに車を入れ、その宝石店に歩いて行く。
この辺りはカルティエ、ロレックスなどの高級宝飾店やリッツ・パリ(高級ホテル)が並び、世界で最も華麗な通りと言われている。
ダイアナ妃が、死の直前、恋人と食事をしていたのがこのリッツホテルだ。
当然、日本からの観光客が多い。日本人らしき女性3人連れが、結と私を見つけて、アッと言うような顔をした。
5階建ての白い瀟洒な店に着くと、玄関横に創業1610年と刻印された艶消しの金プレートが掲げてあった。
マリーアントワネット御用達とも刻まれている。
別に、世界の高級店が良いのではなく、パリに住んでいる結を呼びやすいので、この店にした。
小崎が言った。
「僕、3日前この店を一応下見に来たんですよ。最上階の5階なんてエジプトの墓から出て来たようなこ~んなキンキラ金のネックレスありましたよ。
宝石店は上に行くほど高価な品を扱っている。
「小崎くん、わざわざ下見なんてしたの?」私はあきれて言った。
「何言ってんですか、監督。私は秘書として、監督が良いお買い物が出来るようにと下見しているのですよ。」
「で、なんで、宝石店に来たの僕たち?」結は結で、ちんぷんかんぷんだ。
店の重たい玄関扉を、ドアマンが開けてくれる。
同時に中で出迎えた店員が私たちに声をかけて来た。
「いらっしゃいませ、ムッシュ東郷。」
スーツ姿の男性店員が、私の連れが、パリバレエ団のスターダンサー道ノ瀬結であることに気が付き、うやうやしく挨拶した。
この男性店員は、最初の挨拶のみフランス語で、その後は英語で接客し始めた。
自分は英語対応係なので、日本人のお客様の担当になったと説明しだした。
しかし、結を連れて来たので、フランス語でも何ら問題はない。
私たち3人の中では、結が1番フランス語ができる。
私はほんの少し、小崎に至っては皆無だろう。
「ブライダルリングが欲しいのです。彼と私のです。」私は結をちらりと見やり、綺麗に髪を整えた男性店員に説明した。
「ぶっ、ブライダルリング???」結が驚いて私を見た。
「そう、君に贈るんだ。仮にあげた腕時計しか贈っていないから。」
「えー。どうしょう、ドキドキする。」
結は日本語で言ったが、結の表情の変化に、店員が微笑んでいる。
「リングサイズを、おはかりいたしましょう。」
店員が、測る専用のリングを持ち出して来た。
たくさんのサイズの指輪が、ワイヤーで束ねられていて、サイズに合いそうなものを店員が差し出し、指にはめるよう勧められた。
結も私もはめてみた。
「ドキドキして、指に汗かいている。」結がまだ動揺している。
「宝石店なんて来たの初めてだし、自分用の指輪も初めて…。これはちょっとゆるいです。」ぶつぶつ言いながらも、結はリングと自分の指から目を離さない。
先にサイズが決めてもらった結が、今度は私のサイズの指輪を結がはめてみている。
「うわ、親指でもあまる~。」
あまり装飾的でないものが私の希望だったが、あえてデザインは結に選ばせた。
あれこれと、結がサンプルを見せてもらっている。
凄く真剣な顔つきで、結が吟味している。
しばらしくして、結が言った。
「これがいい。古いフランス語で”あなた以外に愛はない”って入っている。」
独占欲の強い、結らしいと言えばその通りだが、ちょっと怖いような言葉だ…、結が良いならまあいいか。
秘書の小崎には、いつも功労してくれるお礼としてプラチナのネクタイピンを贈ることにした。
「ありがとうございます、監督。おふたりの結婚式には、このネクタイピンをして参ります。」
「結婚式するのか?」私が驚いた。
「道ノ瀬さんはしたいですよね?」
小崎が結に聞いた。
「したい…かな。」
「ほら、ごらんなさい。笑」小崎が私に言った。
籍入れるだけって言うのはあるけど、入籍出来ないけど式はしたいのか。何だか腑に落ちないが。
私たちはまだ同居も出来ないし、結のスポンサー企業はあまり大ぴらにするなと言っている。
交際発表だけでも大変な大騒ぎだったのに、結婚式やるとなると…。
まさか、リッツホテルでやりたいとか言い出すんじゃないだろうな。
困っている私を、結が見ている。
「したいけど、今すぐでなくてもいいよ。」
結の言葉に、正直私はほっとした。
「あーあ、道ノ瀬さん、気使っちゃって。監督、道ノ瀬さんをがっかりさせたら承知しませんよ。」
小崎の奴、すっかり結の肩を持っている。
だいたい、小崎と3人で話すことじゃないだろ。
その日の夕方、3人で結のアパルトマン1Fのレストランで夕食を共にした。
結と二人でと思ったが、小崎ひとりを帰すわけにもいかない。
男3人で来るには上品すぎるレストランだが、まあいい。
酒のいける小崎だけ、ワインを次々と飲んで上機嫌だ。
「道ノ瀬さんは監督のパートナーですからね、監督を頼みますよ。監督は、品行方正に見えて、スピード違反で6カ月も免停食らっていたんですよ。」
「えー6カ月!?」結が驚いている。
「小崎君、そう言うこと結にばらさないでくれる?」
「そう言えば東郷さん、やけに早く来たことあったよね。夜遅くに来た時。
あ、あのゲーム解禁日の時だ。ドイツからパリまで4時間かかっていないでしょ。」
「え、それ200k/hどこじゃないでしょう!?監督、230k/hくらい出していませんか?」
小崎の読みは当たっている。そう言うことばっかり鋭い。
「いくら、道ノ瀬さんに早く会いたいからって、危ないですよ。」小崎が私に説教を垂れ始めた。彼は長い。
「事故に遭ったら大変だから、気を付けて。」結も言った。
「道ノ瀬さん、監督によく言い聞かせてくださいよー。僕が言ったんじゃ聞かないんだから。」
「わかりました!」結が、小崎に強くうなずいた。
その時、レストランのシェフが私たちのテーブルに挨拶にやって来た。
塩とバターを強めに使った、はっきりとした味に男性のシェフを想像していたが、現れたのは、ブロンドの髪を後ろにまとめた女性シェフだった。
「お料理いかがでしたか?」
何と日本語だ。
「格別の味でした。魚のソースが日本の鮎のような繊細な味と香りがして日本を思い出させます。」
私は感じたままを、日本語で答えた。
「鮎の魚醤(ぎょしょう)を使っています。日本から取り寄せています。私は、ここに来る前は東京のフランス大使館付きのシェフでした。」
「だから、日本語がお上手なのですか。」
「はい。」」はにかむように、女性シェフが微笑んだ。
「これほどの味を出すまでに、どれほど修行されたのですか?」フレンチの女性シェフは多いとは言えない。男社会で大変だったのではないだろうか。
「東京のフランス大使館のシェフになるまで、あるレストランでひたすら鍋の底を磨いていました。料理にタッチできなくても、学ぶことはたくさんあります。ある時、そこの料理長に呼ばれたのです。日本に行く気はないかと。」
「素敵なお話です。」私は心からそう思った。
隣りのテーブルで彼女の挨拶を待っている客がいるので、それ以上は引き留めなかった。
「ぜひまたお越しください。ムッシュ東郷。」女性シェフは、最後に私の名を呼んだ。
「な~んか、あのシェフ、監督にホの字?」小崎が言う。
「何言うんだ。」結の前で。
「あ、すみません。冗談ですよ、冗談、ね、道ノ瀬さん。」
酔っぱらった小崎は、結の表情の変化を気にしていなかったが、明らかにまずい。
白いこめかみに、青筋が立っている。
だめだ、早くお開きにせねば。小崎は結の独占欲の強さを知らない。
私はソムリエを呼んで、小崎に最後のワインを注がせた。
その時、結がソムリエに向かって短くフランス語で言った。その言葉に私は驚く。
「え、なんて言ったんですか?道ノ瀬さん。」そう聞いたのは小崎だ。
ソムリエが、新しいグラスを用意し、結のグラスに白ワインが注がれて行った。
結は、「そのワインを1杯ください。」と言ったのだ。
止める間もなく、結がワインをグッと一気にあおった。
「結!」
ワインが注がれてから、一気飲みするまであっという間だった。
「な~んだ、道ノ瀬さん飲めるじゃないですか。」小崎が感心したように言う。
「大丈夫か、結。」
結は、プイっと横を向いた。小崎が余計なこと言うから、王子様がごきげん斜めだ。
ったく。
「じゃ、道ノ瀬さんと監督、おやすみなさい。”よい夜を!”」
帰り際、意味深に小崎が言い、彼はタクシーでホテルに向かった。
私は明らかに酔っている結を抱えて、エレベーターに乗った。
同じ建物で、レストランが1階、結の部屋は5階だ。
金の金網とガラスのクラシカルなエレベーターのドアが開き、5階に着く。
玄関に入り、カギをかけると私は結に問いかけた。
「気持ち悪くないか、結?」
「少し頭痛がする…。」
「ベッドに運んであげるから。」
私は、結の膝裏と背中を抱えて抱き上げた。
「今日は、ありがとう、東郷さん。ブライダルリングだと思わなかった。すごく嬉しい。」
結が、私の首元に顔をすり寄せた。
「結…。」 頭痛がさほど深刻でない様子と、先ほどの女性シェフの件を怒っていないことに安堵した。
「喜んでもらえて良かった。」
「東郷さん、ひとつ、聞いていい?」
「ん、なんだ?」
「…、式のことだけど。」
「ん?」
「前の、…事実婚の時は、結婚式したの?」
「…。」
私は、固まった。
不覚にも、抱き上げた結を下ろしてしまった。
「…。」
「答えられないの?東郷さん。」
「結、」
「僕は、…抱きしめられても、前の事実婚の人とも同じようにしていたのかな、と思ってしまうんだ。面の割れている僕とは行けない場所でいっぱいデートしたんだろうなって…。ドイツの東郷さんちで、その人は…一緒に暮らしていたのかなって。」
「結…。君は、そんな心配しなくていい。」
「さっきのシェフ、東郷さんの妹の恵さんに似ている。凛として自分の仕事に自信を持っている。」
「え?」
「ああいう人が、好きなの?
どんな人だったの?なぜ別れてしまったの?
悔しいよ!どうして、僕は東郷さんの初めての恋人じゃないんだろう!もっと早くに生まれたかった!もっと早くに!」
「結、何を言いだすんだ。私たちが、今どんなに愛し合っているかわかっているだろう?」
「こんな感情、持ってはいけないってわかっている!でも、僕が出来ない事実婚を東郷さんとした人がいる。気になるんだ、気になって夜も眠れない!東郷さんのこと好きだから。
愛しているから!僕は欲張りなんだ。
東郷さんのすべてが欲しい!東郷さんに会うたび、またねと別れるたび、あなたの心を、身体を、過去をも、全部欲しくなる!!」
「ありがとう、結。私をそこまで想ってくれて。」
「お礼なんかじゃいやだ!」結が私を両手で押しのけた。
「結、結!」
なだめようとする私を、結が振り払う。案外力が強い。抵抗する結を掴んで、力任せに引き戻す。
「いやだっ!ごまかされない!」
「ごまかす?いつ、私が君をごまかした?」
「あっ!」
壁に結を押し付け、背中から抑え込むようにして力を込めた。強靭な男の力で抑え込む。
「あ…、いや…。」
結の腕を掴み、壁に押し付けた。
スーツからのぞいた白いシャツの袖から、しなやかな手首が伸び、指先が壁を這う。
その手がやがて、背後に立つ私を探し求め、私の首、後頭部に這い上がって来た。
背を反らせた結の身体が、しなやかにからみついて来て、その妖しさにぞくぞくする。
若い情熱をもてあまし、どうしていいのかもわからないまま、もどかしく私を求めて来る。
「結…、君は…。」
これまでの、どこか幼さの残る結とは違う彼を見て、私に火が付いた。
私は腕を前に回し、結のシャツを掴むと左右に力まかせに開く。ボタンが一気にちぎれ飛んで、床に玄関のキャビネットの上に跳ね飛んだ。
スラックスの中にたくし込まれたアンダーシャツを性急に引き抜き、中にある豊かな胸筋をわしづかむ。
「あああっ!!」結が大きな声をあげた。
出逢った頃より、結の胸囲が増して、胸筋がまた少し豊かになった気がする。
結の中に、繊細な少年と大人の男性が混在して、私を果てしなく誘惑する。
私は、結の腰にも手を伸ばす。バレエの動きを支える臀部の筋肉も一回り大きくなったのを感じる。
胸と腰を掴まれた結が、熱に浮かされたように言い放った。
「東郷さんになら、何されたっていい!!」
奔放で情熱的な結に、脳髄を撃ち抜かれる思いがする。私はさらに大胆になった。
結の尻を両手でつかみ、引き寄せ、興奮の証を結の尻の割れ目に強く押し付けた。
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