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記憶の行方。
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ガシッ!
トレイを抱きしめた腕ごと背中から抱きしめられて、そのまま裏に引きずって行かれた。
「新婦の前に、可愛い男の子が攫われました。」
司会の咄嗟のアナウンスに、会場が盛り上がっている。
「大丈夫か?!」
胸いっぱいに醤油のついたおれ。
あまりのことにドキドキして、震えていた。
肩を掴まれ、揺さぶられる。
「大丈夫か?!」
「ひ、ひゃい!」
「怪我は?」
ぼんやりと桑原さんを見上げると、心配そうに見つめられた。
「だ、大丈夫です。はなよめさん・・・。」
「大丈夫、花嫁にも参列者にも迷惑かけてないから。」
へなへなと座り込んだ。
「よくトレイを抱きしめた。偉かったな?」
頭を撫でてもらって、泣きそうになった。
唇を噛み締めて、耐えた。
「制服の替えはある?」
口を開くと泣きそうで、頷くことで返事をした。
「よしよし、じゃあ、着替えて、ちょっと休憩しておいで。・・・怖かったろ?」
そう、怖かった。
大切な式を、おれのせいで台無しにしちゃうかもしれないと思った。
我慢していたのに、ぽろっと涙が溢れた。
「こら、桑原くん泣かせた。」
アルバイトの大学生のお姉さんが、アイスペールに氷を追加しながら悪戯っぽく笑って言った。
「松岡くん、ここは大丈夫だから休憩しておいで。」
「・・・がうんです、おれ、安心、して。」
ふふ。
お姉さんが頭を撫でてくれた。
「松岡くんのおかげで、式は盛り上がったの。だから大丈夫。ほら、着替えておいでよ。」
みんな、優しい。
桑原さんも笑っている。
「この子、震えてるからロッカールームまで連れて行ってきます。しばらく、俺居なくても大丈夫だよね?」
「大丈夫。手が足りなくなったら電話するから。」
へたり込んだおれを、桑原さんが抱き起こしてくれた。
「ほら、行くよ。」
「はい・・・。」
手を引っ張ってもらいながら、従業員通路を歩いていく。
結局、ロッカールームまで連れてきてもらった。
「じゃあ着替えて、なんか口に入れて落ち着いてからおいで。」
ぐすぐす泣いてたおれに、ポケットから小さな包みを出すと握らせられた。
「ゆっくり、な? 偉かったな。」
桑原さんが出て行ってから、手を開くと小さなドロップスがコロンと動いた。
いちごの、さんかくの、甘いあめ。
「ふぇっ・・・。」
役に立たないおれに、優しくしてくれた。
大丈夫?って、聞いてくれた。
包みを開いて、口に入れた。
優しい甘さが、余計に涙を誘った。
はなよめさん、おむこさん、お騒がせしてごめんなさい。
会場のお客様に、お醤油かけなくてよかった・・・。
おれ、ホテルのお仕事、向いてないのかな?
みんな良い人で、大人で。
自分ばっかり子どもで。
おれ、役にたってますか?
おれ、邪魔じゃないですか?
奥歯でカリッと あめを噛むと、ぐいっと涙を拭った。
向いてなくても、いまは式場が今日の仕事場。
がんばるしかない。
いまのおれは、給仕をすること。
おれの担当のテーブルの人が困っちゃうから。
ちゃんとお飲み物運んで、汚れたお皿をさげないと。
もう、転ばない。
がんばる。
もう、泣かない。
がんばる。
笑顔で、戻んなきゃ。
だって、今日は幸せをお手伝いする日なんだもん。
汚れた制服を脱いで、ランドリーボックスに入れた。
替えの制服をロッカーから出して、鏡を見た。
エドワード様、頑張ってきます。
晋作はほっぺをパチンと叩くと、気合いを入れてロッカールームを出たのだった。
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