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2月24日
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軽快な音を立てて鋏が動いていく。
「山下さんは、ここでうちの子と出会ったんですよね。」
「そうですね。彼の悩みを聞いているうちに仲良くなりました。」
ぴくりと父親の肩が揺れた。
気付かないふりをして鋏を入れていく。
「最近は、あまり悩んだ風では無かったのですが、金曜以降また悩みだしているようです。」
「・・・内容は、聞かれたんですか?」
鏡越しに目を合わせた。
「はい、4月からの専門学校の事でした。」
「それは、入学を許可していますよ。」
右と左のバランスを見ながら整えていく。
「・・・金曜に入学前のオリエンテーションがあったのはご存知ですか?」
「え?」
反応を見ると、父親は知らなかったらしい。
「教材の購入や運動するためのユニフォームの購入案内を説明されたらしいです。ああ、健康診断書の提出もありました。」
「お金の事を気にして?」
切った髪を床に落とした。
ほうきを取り出して、片付ける。
「髪を流しに行きましょう。」
「はい。」
先ほどのヒーリング音楽の流れる洗髪場に来た。
柔らかな椅子に座り、後ろに倒される。
肌触りの良いタオルで、顔を隠された。
「流しますね。・・・熱くないですか?」
「大丈夫です。」
頭皮を優しくマッサージしていく。
父親の体から力が抜けたのが分かった。
「・・・弟さんも居るので、気にしているようです。奥様から聞かれてらっしゃいませんか?」
しばらく無言だった。
「・・・あれは、前の妻の子で。今の妻とはうまくいって居ないようなんだ。」
「はい。」
オリエンテーションのことも、恥ずかしながら知らなかったよ。
ポツリと溢した。
「息子さんと、直接お話しは?」
「あまり、しない。わたしが後ろめたいところがあるからね、どうしても・・・。」
お互いに壁を作っていたんじゃ、そりゃ居心地も悪いだろう。
「・・・少し、距離を置かれませんか?」
「距離?」
いま、同じ家に暮らしているのに心の壁で距離が置かれている。
それならいっそのこと物理的な距離を置いたらどうかと提案した。
「意外に物理的な距離があれば、心の距離は縮まるかもしれません。気がけて食事に誘わないと一緒にご飯を食べることが出来なくなりますよね。」
「・・・。」
畳み掛けた。
「光太郎くんは、寂しがっています。愛情に飢えて、求めている。・・・いっそ手元から手離して、意識的に会うようにされませんか?」
「だが・・・まだ一人暮らしは・・・。」
トリートメントを優しく撫でつけた。
「高校卒業したら、半分大人ですよ。ご心配でしたら、わたしの手元に置いて生活させます。」
「え?!」
「部屋はたくさんありますから。」
蒸しタオルを作って、首元に差し込んだ。
「中途半端なお預かりはしません。責任を持って、光太郎くんの未来への後押しを致します。あるいは、間違ったことをしたら、しっかりと叱ります。」
シャワーを出して、ゆっくりとトリートメントを流した。
「預けていただけませんか。家族としての時間を取り戻せるように、わたしも協力致します。」
「・・・考えさせてください。」
頭皮をマッサージしながら、タオルで水気を取っていく。
「まずは奥様とお話しされてください。書類は奥様がお持ちですよ。」
椅子を起こした。
肩を揉み、全てを話していく。
「教材やユニフォームの購入、健診の提出期限や入学式の日時も、すでに光太郎くんは奥様にお話ししている。いつ、お金を渡すつもりなのか、いつ、入学式に使用するスーツを買いにいく予定なのか、あるいはそのつもりが無いのか!・・・いまの環境は、少なくとも光太郎には良く無いと思いますよ。」
がくりと父親は項垂れた。
「早急に、話し合います。これも、光太郎に向き合ってこなかった、わたしのせいです。」
「・・・これから、少しずつ父親として食事に誘ったり、遊びに誘ったりしてあげてください。わたしが協力します。」
肩に手を置いて、話しかけた。
「わたしに預けてください。光太郎を幸せにします。」
「・・・。」
背中に手をあててカットしたブースに誘導した。
無言でドライヤーをかけていく。
最後に鋏を入れて調整をしたところで、父親が顔をあげた。
「光太郎をよろしくお願いします。しばらく距離を置いて、家族としてのあり方を考えます。光太郎には、あれと別れてから辛い思いをさせてきました。・・・わたしは不甲斐ない父親です。」
真剣に受け止めた。
「これから、愛情を注いであげてください。光太郎は2年後卒業したら家から逃げるつもりでいました。家から出なければ迷惑になると、そう言うんです。・・・そんな自立は不幸です。いま、笑顔で送り出して、家族として帰る家を作ってあげて頂けますか?」
父親は、しっかりと頷いた。
「・・・はい。」
たぶん、家族との関係はこれから徐々に良くなっていくだろう。
そして、俺も光太郎と堂々と一緒に暮らすことができる。
な、光太郎。
俺に弟が必要だったように、お前にも父親が必要なんだよ。
この父親は、不器用なんだ。
まっすぐで真面目で、空回りする。
これでお前が幸せになれれば、それが一番だ。
な、春から一緒に暮らそう。
お前が得られなかった愛情を嫌と言うほど注いでやるよ。
な、光太郎。
「はい、完成です。・・・いかがですか?」
泣き笑いの表情で、頷く父親。
これからお前の本当の家族ができるよ。
きっと、甘えられる父親が。
日曜日の夕方の静かな店内。
俺と光太郎の父親は、同志のような、そんな不思議な関係になっていったのだった。
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