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「まだ引きずってるの?」
その言葉は、一体何を指しているのだろうか。
わからない
いや、わかる。
思い当たる事があるから、こんなに心臓は動きを早め
いやに冷たい汗が背を伝う。
呼吸が、上手くできない
なぜそれがナル先生の口から問われるのか
それはわからない。
ナル先生の真っ直ぐな瞳は、俺の頭に嫌でもこびりついたあの記憶を、鮮明に呼び起こすには充分すぎた。
「………っは。ナル先生いきなり…何いってんすか?
引きずってる、とか…
ちょっと言ってる事…わかんね、す……。」
わからないなら、こんなに動揺する訳もないだろう
たばこを持っていた手が震え、シュッと音を立てながら
灰皿の奥に沈む。
教室の窓から漏れる生徒の声も
辺りの木に張り付いて鳴く蝉の声も
全てが無になる。俺の存在しているこの世界から
音が、消える。
「…高木くん、あたしは貴方の事を昔から知ってるわ。」
音のない世界に、ナル先生の言葉はぐるぐると頭の中をかきまわした。
真っ直ぐに俺を突き刺す黒い瞳は
まるで、全てを見透かしているようで
「あの日から、時間が止まっているのは
高木くんだけよ。」
俺の中の時間が止まった”あの日”
強くて優しい綺麗な声は、いまだ脳内に響き渡る
”…好き。好きよ、やす君……。
あんたが人を好きになれた事、すごく嬉しく思ってる。
その相手が私だってことも……
………貴方が私を好きにならなければ良かったのに。”
「…へ?先輩なにいってんの?よくわかんねーって…
…先輩………ごめん、俺が悪かった。ちゃんとするから
先輩のこと守るから…行かないで、先輩…?」
先輩の涙を見た、最初で最後だったあの日―。
何も言えずに呆然と立ち尽くす俺を見て小さく息をつくと
ナル先生は静かに目線を下に落とし、俺の横を通り過ぎた。
なぜか、怖くて。
よくわからない、恐怖にも似た感情に押さえ付けられて
出口に向かうナル先生に言葉を返す事も、振り返る事すら出来なかった。
「ほらっ!高木くんも早く教室に戻りなさい!
まだ授業は終わってないでしょ?」
後ろ背に聞くナル先生の声は、俺の知っている
いつもの彼女のそれだった。
その表情までは、確認する事はできなかった。
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