アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
怖さの場所【星(あかり)視点】
-
分かってる。
あっくんが俺に気持ちを伝えてこないのはなぜなのか……
中学の時のあの日、アズキさん……あっくんのお父さんが言っていたのは、確か、吸血鬼の3つの特徴…
1つめ、
吸血鬼ウィルス感染者が発症すると、身体のあらゆる機能、能力が格段に上がる。
2つめ、
発症した人が好きな人の血を吸うとき、その血は赤の他人の血よりも格別美味しく感じられる。
ただ、それには条件があって、互いに両想いでないとだめみたいだけど。
そして3つめ、
発症した吸血鬼は、愛し合う間柄…、…恋人同士とか夫婦とか公的・社会的にお互いに愛し合っていることが正真正銘判明している場合に限って……その相手の居場所を半径2キロくらいの範囲内で、嗅覚、視覚、聴覚などの五感を使い瞬時に見つけることができる。
これらが分かった瞬間から、あっくんの匂いが少しだけ変化した。
いや、……匂いというか……雰囲気というか……俺に接する時の、ほんの小さな『何か』が。
でもそれを感じたのはたった一瞬で、それからは全く感じられない…。
むしろあっくんはあの日以来、毎週のように週末になると俺の家に泊まりに来たり、俺が泊まるそのたびに俺と、……その、…濃密な時間を過ごすようになった。
一方で俺は、ごくたまにどうしても抑えることの出来ない吸血衝動にかられることが増えていった。
それを抑えるにはあっくんの血が必要で、だけどあっくんは何の躊躇もなく首筋を俺の目の前に晒し、そこに俺が軽く歯を立てる…
それだけであっけなく俺は毎回満たされた。
あっくんから好きだとはっきり言われたことは一度もない。
ないけれどあの3つの特徴というのが本当であると実感できる証に、俺はあっくんの血が途轍もなく美味しい。
俺にとってはあっくんの血が美味しいことが、あっくんに好きだと言われているのとほぼ同義だった。
そう、思っていた。
そしてそれを疑いもしてなかったし、疑う理由もなくて。
あっくんが俺に好きだと言わない、それは不安ではあるけれど、血が美味しければいい…、居場所を特定できなくてもいつもぴったり一緒にいてくれ、たまに血をくれて、週末に俺を抱いてくれたらそれでいい、それこそが彼の、俺への愛だ。
あっくんはなんとも思ってない相手に『こんなこと』はしない主義みたいだし…。
それで十分。そう。……そう、…だよね……?
俺はあっくんに抱かれるともうどうしようもなくあっくんが愛しくなって、つい何度も好き、って口にしてしまう。
けれどそれはあっくんがいつか、俺につられて好きって言ってくれる日が来るかもしれないという淡い期待もそこにある。…否定はしないよ。
…成功したことは一度もないけど…
こんなことぐだぐだ考えてる時点で俺はもう相当あっくんにいかれてて、本気で好きで、自分のものにしたい。したくてたまんない。
あっくんとのセックスの回数をどれほど多く増やそうと俺のこういう、なんだろうな……心の中にぽっかり口を開けてる虚無感は絶対に埋まることはないんだ。
今もそう。
あっくんにめちゃくちゃに求められ、俺の人生最強に濃厚な愛欲のシャワーをとめどなく一身に浴びた今朝でさえ……
じゃなかったらいま、目の前でこんなふうにあっくんのとろけるような甘い極上の匂いをベットリつけてシレッとしている花江千秋に感情を逆立てることなんて絶対、絶対あるわけなかった。
彼はタンブラーを1つレジで精算した後、また席に戻ってきた。
俺にさっき示したのとはデザインが違ってる…
「あれ。…それ、さっき言ってたのと違うね」
指摘すると
「こっちの方がいいって梓が選んでくれたんで」
……嬉しそうなその顔を、なんで俺が見なくちゃいけないんだ…
ガタッ…
秒で我慢の尾が切れて立ち上がった俺に花江千秋は目を丸くした。驚いたような表情…、…いや違う。その顔は、勝ち誇った顔だ。
「先輩…?どこ行くんですか、まだ梓戻って来てないですよ」
「俺もトイレ」
「あ、いってらっしゃい」
彼だけを席に残してトイレの方へ行った。
イライラが止まらなかった。
俺が少し隙を作ってやるともうあっくんを横から掠め取ろうとしてくる虫にも。
俺が少し側を離れると、もう虫が寄り着くのを許してしまうあっくんにもね。
だっていま、俺が少し目を離した間、あっくんは他の男と簡単にキスしてしまった。
イライラしないわけがない。
…や、分かるよ…だって彼から感じるあっくんの匂いはほぼ口周りが一番濃厚だった。
俺がそうだから、そうなんだって一発で分かる。
浮気性とまでは思わないけど、あっくんにはどこか、やられる前にやるみたいな、やられたらやり返すみたいなところがあって、…つまり競争心がすごいのかな…。
俺とのセックスのときもそうだし、負けず嫌いで、なんだろ、Sっぼいところがある。自覚してるかは知らない。……そういうところも好きだけどさ…
花江千秋とキスした事実は、俺にはもう隠せてないよ…あっくん……
俺がこの数年、どんだけあっくんを手に入れるためにあらゆる手段を尽くしてきたか…
全部全部、偶然なんかじゃない。
俺の愛と努力、本気で全身全霊かけているのに……
それなのになんだよ、あの花江千秋って。
……同級生で?
俺を除けばほぼ1人と言っても過言じゃない親友だろうね、…だけど、ただそれだけで?
たった2ヶ月かそこらぶりに再会したからって、一瞬でキスをあげるの?
俺と昨日の夜、あんなに愛し合ったのに?
か、…考えたくないけど…
……千秋のことが好きなの……?
そんな素振りは今まで見たことはないけど…
だけどあっくんの本当の気持ちはいまだにあっくんが握ってて、俺には分かりようがない。
いくらあっくんの血が美味しくても、ならそれがいったいなんの指標になるわけ?
だって相手から好きだと思われるその程度がどのくらいなら血が美味しいのか、はっきりとは分かってない。
サッカーが好きとか、芸能人の誰々がお気に入りだとか、たとえその程度の思いしかなくても吸血鬼自身がその相手を好きならもう、その時点でものすごく美味しいかもしれないだろ……
味覚はあくまで吸血鬼の主観的感想でしかない。
客観的に相手の血液の成分分析をしたところで吸血鬼の味覚に訴える成分なんか出てくるはずもない。
だいたい『美味しい』と思うことそのものが、単に俺が吸血鬼だからってことも全然なくはない話。
血を吸わなければ吸血鬼は生きていかれないんだから、不味かったら終わりだろ……
俺には全く好きって言わずにキスをしてセックスまでするあっくんが、千秋には何て言ってあんな『濃厚な』匂いが移るほどの深いキスをしたのか…
問い詰めたい。
トイレの前で下を向いて考えていたら、ガチャリと扉が開いて中からあっくんが出て来た。
…あっくん………
涙が出そうになった。
「……星(あかり)」
あっくんの、低音で響く少しハスキーな甘い声……
胸が詰まった。
名前を呼ばれる、ただそれだけでこんなにも心臓が痛くなる……
鼻を掠めるこの匂い……
………花江、…、千秋の………
やっぱり…キス、したんだな…………
顔を作った。とびきりの笑顔を。パッと顔を上げ、あっくんの腕を取った。
「あ!あっくん……終わった?」
悟られちゃダメだ……
眉間にシワが寄らないようにあっくんを見上げた。
いつもの俺に見えるように演じた。
「ん。…………千秋は」
「………!」
俺の心にまた棘が刺さった。
なんですぐ千秋を気にするよ……
痛い。……痛い。痛いなあ、あっくん……
俺は、俺の名前を呼んでほしい。
いつも呼ばれているけど足りないよ。
もっと俺の名前を呼んでほしい。
俺しか知らないあっくんになってくれないかな……
暴れ出しそうな感情ごと、無理やり心を凍結した。
「向こうでフラペチーノ飲んでるよ…
……てゆうかさ……」
千秋が座ってる席の方向を指すと、あっくんはそっちを見て、少し首を動かした。
まるで千秋の様子を本気で心配してるみたいだ…
気を引かなきゃ…
千秋よりこっちを見て欲しい俺は、少し声を落として話した。
「…………あっくんさ、あのコとさっき何かあった?
トイレから戻ってから、微妙に元気ないんだけど……………ケンカとかした?」
心配そうに話したものの、本心は全然別だった。
本当は、匂いのことを話したい。
キスしたんだろ、って問い詰めたい。
だけどここはスタ◯だし、波風は立てられない。
「……何も」
あっくんはそう言って俺の両肩を包み、前に押し出した。あっくん得意のポーカーフェイス。とぼけられたことはすぐ分かった。
「そっか………じゃ、思い過ごしかな。
…あ。それとさ、千秋、タンブラー買った。
水族館も一緒に行くって」
「へえ、そうなんだ?」
わざと『千秋』と口にした。
あっくんがそのつもりなら俺もその路線に乗ってやる。半分、やけっぱちになってた。
あっくんは俺の両肩に手を置いて前を歩かせた。千秋が待ってる席の方まではすぐだった。
片方の耳を手で隠すようにしてテーブルに肘をつき、フラペチーノのトールサイズを飲んでた千秋は、あっくんの顔を見てさっと目をそらした。
こいつ……!
赤くなった頬……俺は見逃さなかった。
もう確信した。
あっくんの隣に何食わぬ顔をして座り直し、フラペチーノの残りを飲んだ。
全然味なんか分からなかった。
頬にあっくんの視線を感じてそちらを向くと心配そうなあっくんの瞳が目に入った。
あっくんの気持ちは分からない…
だけど俺は今、俺にできることを全力でやるしかなく、
……好きだよ………梓……
精一杯の気持ちを込めて笑った。
「千秋が飲み終わったら行こ?」
ああ、あっくんの血は美味しいよ。
少なくとも、
『果物、どれが一番好き?』『スイカ』
とか、
『好きな色は?』『青だな』
…って即答できるレベルくらいには俺のことを好きなんだろう。
だけど俺と同じ感覚に好きなのかどうかは本人からの告白がない限り特定するのは難しい。
そう、どれほど身体を重ねてもそんなことは分からない。
人間は大して好きでなくても、相手の同意を得なくたって自分の感情に目を伏せていくらでもセックスできる生き物だからだ。
それは吸血鬼だって同じかもしれない。
だけど俺はそうじゃない。
俺には、あっくんだけが全てだ。
あっくんにしかときめかない。
たとえいつかあっくんから遠く引き離され、暗く湿った壕の闇の中、悠久の時間を永遠に過ごすことになったとしても。
あっくんが俺に気持ちを伝えてこない理由……
それは多分こう。
あっくんの告白を聞いたその瞬間から、半径2キロ以内であればどんなに隠れた場所にいようとあっくんの存在を俺は完全把握出来るようになるよね…
その瞬間からあっくんにはプライバシーなんてなくなってしまう。これは地味に怖いことだし、俺があっくんとは違う『人外の存在』である事実を決定的かつ即座に証明することなんだ。
あっくんは俺に血を吸われるのは受け入れている、まるで何かの義務みたいに………
だけど俺が『何者なのか』本当は認めたくない、恐らく『吸血鬼』という存在自体が怖い。
……心の奥底の深い部分で、多分。
だから俺に気持ちを伝えない。
あっくんの心の奥底に潜む、人ではない何かへのはかりしれない恐怖と、そういうモノに対してプライバシーをほぼ喪失することの怖さ…
確かめたことはないけど、……間違ってないと思う。
フラペチーノは全然味がしないけど、俺は最後の一口を飲んだ。
---
(続く)
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
87 / 100