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欲情、水族館で*【星(あかり)視点】
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水族館に入って、順路の通りに歩きながら、俺はまだ何処へも逃してやれそうにない獣の仔みたいな生温い感情を胸の中に抱えていた。
斜め前の方向にさっきからずっと俺ら3人をチラチラ見ていた4人組の女の子たちがいて、興味本位の視線に辟易していたら、そのうちの1人に話しかけられた。
彼女たちはウーパールーパーを見てたみたいで、だけど本当に熱心に見ていたのはあっくんと俺の繋いだ手……
自然、ぎゅっ、ぎゅっ、と握ってしまった…
「何ですか…?」
何を言われるんだろう…
とりあえず尋ね返してみた。
女の子たちは周りの迷惑はあまり考えていないらしい。高校はどこですか、とかあっくんを指してハーフですか、とか千秋を見てタレントさんですか…などと大きな声で尋ねてきた。
矢継ぎ早すぎて答えられないでいたら、後ろからもう1人の女の子が
「何で2人、手繋いでるんですか?もしかして恋人ですか?……なんて!キャッすみません!!」
『そう見えます…?』
『恋人ですけど、何か…?』
『あーバレちゃいますよね、…そうなんです』
いろんな答えが頭をよぎった。
『恋人だよ』
笑ってそう答えられたらどんなにいいか…
だってそれこそが俺の望む関係だ。
他には何もいらないくらい、欲しくて欲しくて、手が届かない…………
あっくんは俺と『恋人同士』になるのを怖がってる。
告白はいつも俺からの一方通行……、あっくんはそれを受け入れて、キスして抱いてくれるけれど、俺を本当の意味で受け止めて返してくれることなんてない。
そんな関係に名前をつけるとすればあっくんにとって俺はただ、『したいときに出来る幼なじみ』
…それだけだ。
恋人だなんて答えられるわけがないだろ……
どす黒い思いが胸の中で渦を巻いた。
「ここって水族館だよね?」
……しまった…
普通に話すはずだったのに、思いのほか感情が声に出てしまった…
シーンと静まり返った。
俺がこの場にそぐわないほど笑顔だから余計にみんな固まってるっぽい…
まあいいや…静かになるのはいいことだし…
ついでにもう少し釘を刺しておこう。
他人の恋愛事情に首を突っ込むような下世話なことする気なんて2度と起こさないように……
「……この人とこーやって手を繋いでるのが、きみらの人生にどう関係あるの…?
分かるように説明してくれるかな」
…少し言い過ぎたかもしれないけど…
公共の施設で騒ぐのを良く思う人なんているわけないし、ここはこのくらい厳しく言ったってちょうどいいでしょ…
俺のただならない様子に驚いた女の子たちは「ごめんなさい」とか「すみませんでした」とか言って、小走りに行ってしまった…
けれど、まだモヤモヤした気持ちはおさまらなくて…
「星(あかり)、」
あっくんが心配そうに後ろから声をかけてきて、……泣きそうになった…
こんなはずじゃなかった。今日は……
あっくんと2人でただ水族館でいろんな動物を見て、…時間が余ったら買い物して……
普通の休日になる、……はずだったのに…
なんでみんな、横からチャチャ入れてくるんだよ…
よく知りもしない人たちまで、…なんで…
「せっかくあっくんとデートなのにさ。
……邪魔なんだよね」
ポツリとこぼした言葉が存外に素っ気なくその場に響いた…。
千秋がピクンと肩を震わせてあっくんと目を見かわしたのが目の端に入ってきた。
俺、邪魔ですかね…、と尋ねてくる千秋、ああ、そうだねと言ってやりたい気持ちを抑えて
「千秋のことは言ってない」
とだけ答えた。
だって彼は俺が誘ったからここにいる。……彼が俺らのデートについてきたのはつまり俺の自業自得だ…、最後まで、一緒にいないと……
「あ、……あーー…、ならよかった…。
あっ、あ、あの、俺、ちょっと…、」
何かおみやげ見てきていいですか……?とかなんとか言って、だけど千秋は俺から距離を取った。そのままあっくんに何か耳打ちして、サッとこの場を去っていく…。
昔から思ってたとおり察しがいい。地頭がいいんだろう…。千秋のそんなところを、あっくんは気に入ってるのかな……
心がチクンとした。
千秋の背中を見送って、俺はあっくんと2人きりになった…。
正確には周りにたくさんのお客さんがいるから、完全に2人きりというわけではないけど…
回遊魚の水槽を覗き込んで、熱心に見ることに集中しようとした。
あっくんの手を握って先を歩いて行った。
俺の好きな海の生き物たちがいっぱいで、見ているうちについつい口が開いてしまう…
もし、これが最初からあっくんと2人で来れていたら……
もし駅であっくんが千秋に再会してなかったら…
そうだよ……千秋だ。
千秋…千秋、…千秋……
あっくんはいつのまにか彼を千秋と呼ぶようになった…
…ついこないだまであっくんが誰かを名前呼びするのは、俺だけの特権じゃなかったっけ…?
「………い」
心の中から思いが漏れた。
「…ん、なあに?星(あかり)……、何か言った?」
たずね返されたらもうダメだった。
堰を切ったように喉から思いが溢れ出した。
「……さっきからあっくん、何なの。千秋、千秋って。千秋ばっかり。うるさいよ」
「え、や……、星(あかり)が誘ったんでしょ…。
だから千秋は」
また『千秋』。あーもう今日はダメだな…
これケンカになる案件だ……
「知ってるよ。だけどデート邪魔するかな?普通」
「待って、星(あかり)声、大きい」
あっくんがあわてたように周りを見回して、シ…、と指先を唇に立ててきた。
俺の手を握り、そのままペンギンたちとラッコたちの水槽のある場所を抜けて行った。
奥の開けたスペースに椅子がいくつか並んでて、それでいてあまり人目につかないようになってる。
あっくんは半強制的に俺を隣に座らせ、俺の顔を覗き込むようにして言った。
「……あのさ。千秋とは本当に何もないよ。名前呼びなのも、もとはと言えば千秋が先に」
…ああ知ってるよ…。だからそういうのは聞いてない。俺が言いたいのは、……俺が聞きたいのはもっと
頭の隅で何かが弾けた。
あっくんの両腕をがっと掴んだ。
「あっくんて鈍感なの?てゆうかわざと?
前は名前で呼んでなかっただろ。いつから?なんで?それとも名前で呼ぶ意味、分かんない?
あのコはあっくんが、…もうずーっと前からあっくんが好」
「それ、やきもちなの…?」
勢いに任せて矢継ぎ早に問いかける俺の言葉はあっくんの低い声に遮られた。
ハッとしてあっくんの顔色をうかがった。
長いまつ毛の隙間からすくい上げるように俺を見る青の瞳が恐ろしいくらいに凪いでいて、全く光が感じられない…
……怒らせた…
当たり前だ。やっぱりこれはケンカになる案件…
どうしてだよ……ホント今日はどうかしてる。
明後日から修学旅行だ。
あっくんと2人で行けるヤツ。
……楽しみにしてるのに……こんな…
あっくんを困らせて、挙げ句の果てにだだをこねて怒らせた…
千秋がついてきたのはあっくんのせいでも千秋のせいでもなく、俺が誘ったからそのせいなのに…
頬が小刻みに震えた。
何か言おうとして喉から出たのは、細く弱々しい声だった。
「違う……そうじゃなく」
目頭がくんっと熱くなって、涙がぶわっとたまるのが分かったけれど止められない。
いや、泣いちゃダメだろう…俺…
これじゃ余計にあっくんの気持ちがどんどん俺から離れてしまう……
あっくんの瞳をもう一度確かめた。
いつもは暖かい南の海のように透き通ってキラキラしているブルーの瞳はいま、氷の彫刻みたいにまるで温度がなかった。
「……友だちを呼ぶのに、何で星(あかり)の許可が要るのかわかんない…。
俺、こう見えて友だち超少ないんだよ?
誰のせいか分かってンの?……ねえ、星(あかり)…」
ぐっと手が伸びてきた。……怖い。咄嗟にピクンと身体を震えさせて身構えたけどあっくんの腕の力の方がそれよりもっと強かった。
向こうから、人の声が聞こえてくる。
ペンギンたちの鳴き声も。ラッコたちがたてる水音も……
「………っ!」
あっくんは俺を腕の中に閉じ込めて上からじっと見つめてきた。瞳に宿る青い炎が吸い込まれそうにとても綺麗で…、でも俺はその奥底に揺らめくものが何かを知ってた。
あっくんが何に怒っているのか、何となく察した…。
俺がこの数年、あっくんを手に入れるためだけに費やした手間と時間はそのままあっくんが俺といるために費やした手間と時間そのもので…
俺が今までずっとそうしてきたのと同じだけのことのために全部をかけてくれてるあっくんは、それは俺のことを何よりも優先して大事にしてくれているからであって、それ以上でも以下でもない。
『何とも思ってない相手とはこんなことはできない』の『こんな』の中に、いったいどれだけのものが包括されているか……、俺が『それ』をちゃんと分かってないから怒ってる。
だけど一番欲しいものがそこにない、それだけで俺はこんなにもわがままを言ってしまう、あっくんを試す…
汚いよね…分かってるよ…
涙がこぼれそう……溜まった涙が落ちないようにまばたきをこらえた。
あっくんが首を傾けて俺にどんどん近付く…
…ああ、この角度から見るあっくんは世界で一番カッコいいな……好き
「…白状するけど俺も嫌だよ?星(あかり)が千秋を名前で呼ぶの……」
「……は、…っ、ん……ッ…ぅ…」
「……何、急に欲情してんの……星(あかり)……ここ、水族館なのに……やらし…」
欲情なんかしてない、と言いたかったけどあっくんは俺の唇をぴったり塞いで答えさせてくれない。
所構わず欲情…、してるのはあっくんの方だろ…
外国の血が半分入ったあっくんは、気性にもお国柄が反映されてると思う……こんなとき、妙に度胸が据わってて積極的で…
人目につきにくいとはいえ、いつでもどこでも俺に濃厚なキスをしてはばからないあっくんにドキドキしてしまう俺はもう救いようのないばかだよね………あー……もー…すごい好き…
人が何人か、向こうから見てたけど、あっくんは全然気にしてなかった……
---
(続く)
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