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告白
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先ほどまでの逡巡が嘘のように、心は一つに固まっていた。
今日こそ、伝えよう。何もかもにけじめをつけよう。
飛鳥が自分をライバルだと言ってくれたことで何かが変わった気がする。ふらふらと頼りなく揺れる身体と心を、一本の軸が貫いた。
樛に振られたとして、それですべてが終わるわけじゃない。
自分が他人に誇れるとすれば、唯一つ。好きなものを、絶対に嫌いになれない、その諦めの悪さだ。
樛のことも、ピアノのことも、ずっと好きでいよう。何があっても。
勢い込んで大学を出る。終電はとうに過ぎているため、徒歩で『Calme』に向かった。店の扉を開いたのは閉店十分前だった。
「いらっしゃ……おう、お疲れさん」
店内には既に客の姿はなく、音楽も止んでいる。静寂に包まれている空間の中、樛はただ一人、カウンターでグラスを磨いていた。
「どうした、こんな時間に」
「あの、樛さんに大事な話があって」
薄っすらと目を上げた樛に、弦也は向かい合う。
「……何だ」
声の響きから真剣なものを感じ取ったらしい樛は、茶化すでもなく気だるげに先を促した。
「樛さん、俺……」
その先の言葉が、できる限り自然と口をついて出るよう祈りながら、短く息を吸い込む。
「アンタのこと、好きなんです」
自分が思っていたより、ずっと弱々しい声が出た。樛は一瞬手を止め、そのまま数秒固まった。
「……は?」
やっとはっきりこちらを見た男は、驚くというより、理解できないといったような困惑を顔に浮かべていた。
「お前今なんつった?」
胡乱な問い返しに怯んでいる余裕はない。弦也は視線を逸らさず、もう一度口を開いた。
「好きなんです。その……性的な対象として」
さすがに直球過ぎたか、と反省する一方で、心がスッと軽くなるのを自覚した。
樛は目を見開いたまま口をあんぐりと開け、絶句している。
弦也はふっと頬を緩め、安心させるために続けた。
「だからって、俺とどうこうなって欲しいなんて思ってないっすよ。俺はずっとアンタを抱きたくて、振り向かせたくて、必死で食らいつこうとしてた。けど、樛さんには美月さんがいるって知って、これ以上追いかけても無駄だってことは分かった」
「ちょっと待て、」
「だけど」
何か言いかけている樛の言葉を遮って、言う。
「迷惑だって思われても、キモいって思われても、アンタを諦めることはできないんすよ。俺、馬鹿だから。この先もアンタのこと、ずっと好きでいます」
それだけ知って欲しくてここに来たのだと言うと、樛は脱力したように肩を下げる。
唐突に込み上げてきた感情が、自分の身体を突き動かした。カウンターに手をつき、呆然とする樛にそっと口づける。思っていたとおり、ほんの少し乾いた唇だ。
触れるだけの、挨拶みたいな口づけに、胸の奥がツンと痛んだ。けれど、これでお終いにしなければと、名残惜しさを引き剥がす。
「俺、家を出ますね。ダチんとこに泊めてもらえることになったんで、心配しないで下さい」
囁くような小さな声で告げると、樛の目が自分を追ってきた。嫌悪でも怒りでもない、戸惑うような視線だった。
見つめていると、自分の心が暴走しそうになる。慌てて視線を逸らした。
「お世話になりました。美月さんにも、そう伝えてください」
上手く笑えているかどうか、分からない。
「唄瀬、」
「じゃ、また」
結局逃げるようにして店を出た。冷たい風が、頬を撫で付ける。涙が零れないように洟を啜り、肩をちぢこめて歩き出した。
(これで、良かったんだよな。ちょっと、ってか、かなりカッコ悪かったけど、ちゃんと言えたもんな)
胸のつかえが完全になくなったわけではないが、それでも前に比べればずっと呼吸が楽だった。
何はともあれ、自分の手で決着をつけたのだ。それだけで十分、前に進めたはずだ。
ここから先を、どうするか。今はまだ考えなくていい。もう少しだけ、この感傷を忘れずにいたい。
コートの左胸を手で掴み、ぎゅっと目を閉じる。知らず足が止まっていた。
胸が痛むのは、それだけ樛への想いが強いという証だ。
たった数瞬、触れた唇の熱が、早くも恋しくなっていた。
『奪っちゃえば?』
飛鳥の教唆が耳の奥で響く。
「そんなこと、できるわけないだろ……っ!」
だけど今、自分がそうしたいと思っているのは事実だ。
奪ってしまえたら、いいのに。
ふと浮かんだ本音に目を見開いた。
「なに考えてんだ、俺……」
自らの危うい思考に戦慄し、頭を振って歩き出す。
傷つけることなど、これっぽっちも望んでいないのに。樛のことも、美月さんのことも、大切なのに。
どうして、自分はこんなに醜いのだろう。伝えられただけで十分だと思っていた数分前が、遠い過去のようだ。
足りない。足りない。貪欲な思慕に押し潰されそうな自分を叱咤し、振り切るように足を進めた。
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