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前編
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修道院の一日は、朝6時の祈りから始まる。
慈しみ深き父なる神と主に、祈りと愛を捧げ、清々しき1日の始まりを感謝する。6時半からはミサ、7時からは黙祷、そして聖体礼拝を行うのが決まりだ。
聖体礼拝とは聖別されたパンを捧げ、その内に現存される主を見つめて、死と復活と無限の愛を礼拝する祈りである。
主は今でもミサと聖体礼拝を通し、人類の救いのために働いておられるという。ならば我々敬虔なる信徒も、また主の導きに従って人類の救いのために、身を尽くさねばならない。
使命の遂行の仕方は、人それぞれだ。社会奉仕を行う者もいれば、布教のためにペンを取る者もいる。街頭で語らう者もいれば、インターネットを通じて人々の悩みに向き合おうとする者もいる。
強引な手でもって、人々の信心を募ることは許されない。
けれど、悪しき者を神と主の御許から排除するためには、時として少々強引な手を使わねば、ままならない事もある。
今日もブラザー・クリスは司祭から使徒職についての指示を貰った。
「悪魔を正さねばなりません」
司祭から悪なる者の写真と個人データを受け取り、「はい」とうなずく。
悪と対峙し、これを斃す。ブラザー・クリスの活動は、信徒に課せられる使命の中で、最も特殊な部類になるだろう。これらを遂行する者、神の名の元に戦う者を、クルセイダーと呼ぶ。
勿論、誰もが得られる称号ではない。
幼少の頃から過酷な訓練を受けながら、なぜ自分が、と疑問に思ったこともある。のんびりと台所に籠り、信徒に配るクッキーを焼くような仕事に憧れを抱いたこともある。
だが人類の救いの為という目的は、他の者と同じ。私情を捨て、神の使徒として粛々と使命を遂行するのみだった。
「この者は男相手に容赦しない反面、女子供には優しく接するとの報告があります。女装にて油断させ、近付くのがいいでしょう」
「はい」
司祭の説明を聞きながら、ブラザー・クリスは渡された写真をじっくりと見た。
黒い髪に整った精悍な顔立ち。意志の強そうな濃い眉はキリリと吊り上っている。涼しげな目元だが、その瞳は闇のように黒い。まさしく魔なる者だと、背筋にぞくりと戦慄が走った。
ターゲットの名は、ディン=ローゼス。表向きは排水設備の作業員とのことだが、裏では不埒なる薬物の密売に関わっているそうだ。
「この者の元に、既に3人の兄弟が派遣されましたが、みな戻ってはおりません。あなただけが頼りです、ブラザー・クリス」
司祭の言葉が、クリスの心に重く響く。
幼少の頃から厳しく育てられた彼にとって、誰かに期待されることは何よりの喜びである。
「お任せを」
言葉少なく返事して、ブラザー・クリスは司祭の足元にひざまずく。司祭は小さくうなずいて、クリスの頭上に手をかざした。
花束の中にナイフ、カツラの下に麻酔針、慎ましいスカートの中には銃を隠し、若き修道士は街に出た。
くるぶしまでのスカートはひらひらとして歩きにくいが、武器を隠すのには適している。
あまり自慢できることではないが、ブラザー・クリスの女装はなかなか見事なものだった。楚々とした歩き方さえ気を付ければ、誰もわざわざ顔を覗き込むような真似はしない。
喋ればどうしても声の低さが目立ってしまうが、幸い誰に声を掛けられることもなく、クリスはターゲットに近付くことに成功した。
地味なグレーの作業着を着た青年が、仕事を終えたばかりのビルの裏口から路地裏に出る。
前後に人影はいない。職業柄か、路地裏にわざわざ出てくれるのは、使命を果たすのに都合がよかった。
「あの、ミスター……」
クリスは少し高い声を装い、花束を抱き締めるようにして声を掛けた。
「誰だ?」
短い返事と共に、じろりと振り向かれてドキンとする。
写真では分からない、覇気のある青年だった。
声が大きく、体格に秀で、悪魔のような魅力を持っていると一目で分かる。
『くれぐれも気を付けなさい』
司祭の言葉を思い出し、ブラザー・クリスはごくりと生唾を呑み込んだ。決して魅了されてはならない、と、青年の瞳から目を逸らして下を向く。
「これを」
花束をずいっと差し出すと、響きの良い低い声に「何?」と短く問いかけられた。
「私の気持ち、です」
――悪なる者にふさわしい破滅を。
――悪なる薬をばらまき、隣人や隣人の家をむさぼる者に神の裁きを。
「気持ち? へぇ、告白のつもりか?」
ニヤリと笑う青年に、またドキンと心臓が跳ね上がる。
この男は危険だと本能に告げられ、ブラザー・クリスは彼にタッと駆け寄り、ナイフの潜む花束を捧げた。
聖別されたナイフは、一突きで悪なる者を滅ぼせるハズだった。
けれど、そう思い通りにはならなかった。直前で大きく強い手が、クリスの手首を捕らえたからだ。
「おっと、熱烈だな」
余裕の言葉にギョッとしつつ、カツラを跳ねのけて麻酔針を飛ばす。けれどそれも軽やかに避けられ、掴まれた手首を背中にねじり上げられた。
「うわ、危ねぇ」
そんな悪態をつきつつも、青年の呼吸に乱れはない。
近付くべきではなかったか。初めから銃を使うべきだったか。けれど、後悔してももう遅い。両手を後ろ手に拘束され、スカートの下をまさぐられる。
太ももに隠していた銃を抜き取るついでに、悪なる男はクリスの股間を軽く撫でた。
「へぇ、いーじゃん」
そんな言葉と共に敏感な場所を弄られて、ビクンと華奢な体が揺れる。
何が「いい」のかとは、訊けなかった。
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