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呪術に犯された街-2
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「本当に不気味な街だな。僕達のスライム結界にも何の反応もないよ……ネオ、いつもと違うところは無いか?」
「二ヶ月ほど前からずっとこんな感じですよ……皆、生きては居るけど熱を感じない人形のようです」
賑わうはずの大通りは静けさに包まれており、店の前に商品を並べた店主も呼び込みすらせずにじっと立ち続けているだけだ。
買い物に来た主婦も淡々と選ぶだけで会話も無く支払いが終わると冷淡な顔をしながら帰って行く。
カフェらしき店の前で立ち止まり前をじっと見据えている老人に目がいったハルは、こんな状況なのに吹き出しそうになった。
その紳士は白髪に白髭を蓄えており、上下白のスーツをふくよかな体に纏っている。
眼鏡をかけて、胸元には黒いリボンタイ……。
「やっべー、クリスマスを思い出すわ。……団長。この世界ってフライドチキンは有りましたっけ?」
「なんだ、もう腹が減ったのか……もう少し我慢してくれ」
「ですよねー」
まるで店の看板おじさんのように佇む老紳士の横を通り過ぎながら、このネタは美琴にしか通じないか、と少々残念に思うハルだった。
「ではあの噴水の辺りで解除魔法が呪術に効果的か試してみましょう」
まずはハルが街全体に掛けられた呪術に向かって『解除』と強く唱えると、辺りにガラスが砕け散ったような音が鳴り響いた。
イケジーが代表でスライム結界を解いても変化は見られず、成功したことが分かったので皆もそれに習った。
「これで街全体の呪術は解かれたから、これから街に入る人達には何の影響も無いはずなんです。……でも一人一人の呪術は解かれていない様ですね」
次にアルミンとイケジーが、ハルの計画その一を実行するために腰にある剣を抜き取って、詠唱と共に一人に標的を絞り、大きく振りかざした。
「ーーやっぱりダメか」
「全く反応が有りませんね。すみません」
悔しがるイケジーとアルミンを大丈夫だよと宥めたハルは、雑貨屋の前で商品を物色している老婦人に向かって手をかざし、『解除』と呪術が無くなるイメージをしながら心の中で唱えた。
「えっ?あら……私どうしちゃったのかしら……あのご主人?この手鏡はおいくらかしら」
ビクッと体が震えた老婦人は、何かから目が覚めたような仕草をし、しばらく戸惑っていたが、直ぐに雑貨屋の店主に値段を聞き始めた。
店主が無表情で値段を告げると、不思議そうな顔をしながらも老婦人が支払いを済ませたが、ありがとうの一言も無い。
無愛想な店主に呆れた老婦人は少し不機嫌になり、首を傾げながら店を後にした。
「効果がありましたね」
「ハル様!凄いです!」
素直に喜ぶネオには悪いが、これを一人一人やっていたら年が明けてしまうだろうとハル達が途方に暮れていると、リバーダルスが何かを思い付いたのか「そうだ!」と声を上げた。
「以前、水の中に催淫魔法を込めて相手にぶっかけたことがあったよな?あの要領で何かに混ぜてかければ広範囲で解除が出来るのではないか?」
「なるほど!さすがリバーダルス団長!そうですね……何に混ぜれば良いでしょう」
ネオも含めて皆で考えを巡らせていると、無表情な男が機械のように卵を割り続けている姿がハルの目に付いた。
「そうだ!竜のタマゴを使いましょう!確か中の液体が魔力を吸収しやすいと、ヘンリーが言っていました!」
ハルがカバンからへーデル村の山で手に入れたタマゴを取り出すと、その珍しさにアルミンとイケジーが興味津々で覗き込んできた。
「上手くいきますように」
願いを込めたネオの言葉に優しく微笑んだハルは、片方の手を器用に使って噴水前のベンチの角でタマゴを割り、そのままもう一方の手のひらに、中にある蜂蜜色の液体を乗せた。
しばらくすると弾力のある液体は、ぷよぷよとうねりながら太陽の光をキラキラと浴びながら浮かび上がっていく。
ハルは大きく息を吸うとお腹に力を込めて、大掛かりな目的を果たすために声を出した。
「呪術の解除!」
ハルの手を離れた液体が一瞬強く光ると蜂蜜色の液体からアクアブルーの色に変色し、魔力が込められたことが分かる。
「この街に存在する者と同じ数に分離!」
今度は淡く光るとパンっと弾けて細かい粒子に分かれ、ハルの周りで次の指示を待っているようだ。
「全ての者の呪術を解くため飛散!」
細かい粒たちがまるで意志を持っているかのようにチカチカと点滅すると、思い思いの方角へ向かって飛び散り、街全体へと広がって行った。
ハルが一通りの行為を終わらせると、すぐ近くにいた人々が先程の老婦人のように、何かから目が覚めたような表情をして、次に自分がここで何をやっていたのか分からず困惑している。
「成功だ。よくやったぞ、ハル!」
リバーダルスの声に魔法騎士は安堵の息を吐き、固唾を呑んで見守っていたネオは喜びの余り、嬉し涙を流しながらその場に崩れ落ちた。
ハルは急いで抱き寄せるとネオが落ち着くまで短く刈り上げた髪を撫で続けることにする。
その間にリバーダルスは街全体に張られていた結界を解き、火魔法で花火をいくつか打ち上げて外で待機している仲間に任務が無事成功したことを知らせた。
その後、魔鳩をいくつか出すと、今の状況説明を伝達魔法に込めていく。
この街が何者かに狙われて呪術を掛けられたが全て解除出来たこと。
後日改めて王宮から派遣された者より詳しく説明があること。
赤子は一箇所に集めて保護をしているので引き取りに来て欲しい旨を込めた。
ネオの口から赤子の保護先である貴族の名前と別荘の住所も追加され、その言葉を伝えるべく魔鳩を方々に飛ばしていく。
「団長。他の仲間たちには花火で何て知らせたんですか?」
「成功した。無事である。待機せよ。の三本だ。今から彼らにも魔鳩を飛ばして、例の貴族の別荘へ呼ぼうと思っている」
言うや否や素早く伝言を込めた魔鳩を伝達魔法で飛ばしたリバーダルスは、仕事の早い国王に似てデキる男だった。
「あ、あ、あ、ああぁぁぁぁ……ハル様だわ……まさか本物がグーテンに訪れるだなんて!」
「きゃっ!本当だわ!まぁ……ハル様……本物は放つオーラが違うわね……」
伝達魔法により訳が分からないなりにも一旦は落ち着いた街の人々だが、憧れの第四王子・リバーダルスが、皆から崇拝される特別騎士団の魔法騎士たちを連れて、あの魔術師闘技大会にて優勝を果たし大陸一の強さを極めた異世界のハル様まで居れば……その場は感激を通り越してパニックになる。
噴水の近くで呪術が解かれた者は主婦が多く、この街は王都から馬を走らせて一週間の場所にある為、行けなくも無いが長期休暇でも無ければなかなか機会がない状況の者達ばかりだ。
王都に住む者ならば『その内にお会い出来るかも知れないハル様』でも、ここの者達には下手をすると一生会えない雲の上の存在になる。
先程の『本物は~』と言う発言は、ハルの活躍を題材に演劇を行うフジョーシ国公認の劇団俳優や、個人で結成される旅役者で『ハル様』を演じる者を観て夢中になっている彼女たちならではのセリフなのである。
「ネオ、俺たちを貴族の別荘へ案内してくれ」
「はいいっっっ!……そう言えば僕、凄い人達と一緒にいたんだった」
ネオがじんわりと感動しながらも、何本もの裏道を通ってハル達を誘導してくれたおかげで、思っていたよりも混乱は避けることが出来た。
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