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彷徨うもの 57
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「……奥さん? 」
「はい、最愛の妻です 」
今まで見たことの無い、マヘスの晴れやかな笑顔が眩しい。
アーサディと呼ばれた彼女が俯いて恥じらった。
「アーサディは眷属の白獅子なのです。
ヒトガタに変化する事は出来ませんが、私が本体に戻ればよいだけですから。
第一、このままでも差し支えありませんし 」
白獅子が喉を鳴らして甘えている。
その目は愛に溢れていた。
「人語を解する事は出来ます。
話す事は無理ですが、獅子の言葉で会話しますので問題ありません 」
『はじめまして、天女様 』
軽く唸るような言葉で、彼女はそう言ったそうだ。
『このような場所に招待して頂いて感謝しております……
お可愛らしい天女様、お会いするのを楽しみにしていました 』
マヘスの通訳で会話に困らないふたりは、お互いへの興味からか会話が途切れない。
しょうがなく席に戻ったセベクとアビスに変わってヴァジェトが傍についた。
「私の一目惚れでした……
自らの命より大切な……宝物です 」
そう言って微笑んだマヘスは白獅子の桃色の鼻に口づける。
アキラは呆気に取られて……いや、我に返ると傍らでさりげなく護衛していたハニに声をかけてイムテップを呼んでもらうようお願いした。
……アキラが突然思いついた事。
それは……
すぐに駆けつけて来たイムテップに抜かりはなかった。
助手であり、一番弟子でもある息子を伴い、幾つもの箱を携えて馳せ参じたイムテップはアキラの前に通された途端、身を投げ出した。
……己が崇拝する女神が眼前で笑っている。
「イムテップ!! 」
視界の側面でその姿を捉えたアキラは歓声をあげた。
彼の造る装飾品は、目の肥えたアキラから見ても素晴らしい。
特にそのデザイン性はセンスが光る。
そしてその緻密な仕事も特筆に値した。
「さすがイムテップ。察しがよいね? 」
「私めが呼ばれる、ということはそういう事ですから 」
“ どのような物をお探しですか? ”
そう言って開けた箱には色とりどりの色石が、もう一つの箱には様々な装飾品が並んでいる。
床には息子の手によって新作のデザイン画が広げられた。
「こちらの方々に贈り物がしたいの…… 」
アキラのこそりとした囁きに頷いたイムテップは考えた。
客人を不躾に見つめる事は憚られるので、チラリと見ただけだがこの白獅子は見事な赤い目をしている。
「紅玉ですね? 」
「うん……ピアスはどうかと思うの 」
それならば丁度良い品がある。
アキラの、芸術品のような完璧な造形の耳朶には凝った造りのピアスが嵌っている。
金細工のそれは繊細な菱形で、アンクレットと同じ石から削り出した蒼玉と孔雀石があしらわれている。
……同じ物をつけているのはアビス。
もう片耳には孔雀石を黒曜石に変えたものが嵌っている。
これはセテフのピアスと一緒だ。
ふたりからの婚礼の贈り物……
イムテップは他の夫たちが欲しがったときのために少しデザインを変えた物を幾つか用意していた。
それに、アキラには似合わない……というよりまだ時期が早いと思われる色石、紅玉【ルビー】
丁度よい大きさのカボション・カットされた石を二対のピアスに嵌め込んで、白布の袱紗にのせて……献上する。
「これ……どうぞ 」
振り返ったアキラの手にある装飾品を見て、マヘスは仰天した。
……鬣犬ほどではないが、サバンナに暮らす獅子族はさほど豊かでは無い。
特に金の装飾品はアキラにのみ特化された物だ。
その見事な細工をことも無げに……
「僕のこれと似た意匠…… 」
アキラが髪を掻き分けて耳を晒す。
「耳に小さな穴を開けなきゃいけないのだけど……貰ってくれ……る? 」
アキラは突然不安になったが、杞憂だったようだ。
アーサディの目が輝いていて、それがすべてを物語っている。
「アキラ殿……
このように貴重なものを私共に?
過ぎた贈り物です 」
アキラが白獅子族の前から姿を消し、入れ替わりにクヌム師がやってきた。
彼は、アキラから贈り物を “ 押しつけられて ”迷惑しているだろうマヘス夫妻のところにピアス穴の施術の相談にきたのだが、想像に反して二人は感涙している。
特にアーサディは、
『優しいお方……とか、疎まれでも仕方ないのに…… 』とか言って泣いている。
とにかく、酒によって止血し難くなっている二人に明日の施術を約束して……その場を後にした。
後年、アーサディのこのピアスが、アキラに重大な変調を来たす事のきっかけになるとは……このときは誰も、想像すらできなかった。
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