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走りだしたのはいいが、秒で捕まった。
さすが体育会系。
毎日鍛えてるだけあって反射神経もピカイチだ。
いや感心してる場合じゃない。
フツーここはこんなに早く捕まらないところだろ。
一人になってちょっと冷静になるまで考え込むところだろ。
まだ怒鳴って気持ちも興奮してるのに、有坂にがしっと腹に腕を回されたら逃げられない。
「は、離せっ」
「どこへ行くんだ。集団行動中だろう」
「そんなのもう知るかっ」
「黙って離れるのはマナー違反だ。結城が余計に友人関係を築けなくなっては困る」
こんな時まで有坂は変わらずに律義だ。
俺にとってそんなことはどうでもいい。
俺はもう有坂に嫌われたんだ。
一緒にいたらまた怖くなるような言葉を言われるに決まってる。
話しかけるなとか、友達になれないだとか、あんな風に突き放されるのは絶対に嫌だ。
「嫌だっ。もうやだ、無理っ、離せっ」
「結城、少し落ち着いてくれ。ちゃんと話をさせてくれ」
「聞きたくないっ、もう嫌だっ」
ジタバタするが、がっちりホールドされた腕は外れない。
「あれ?有坂くんと結城くん何遊んでるのー?」
少し離れたところで俺たちの様子に気付いたらしく、呑気なクラスメイトの声が飛んできた。
じゃれついてんじゃねーんだよ。
こっちは必死なんだ。
モブはどっか行ってろ。
余計にイラッとしたが、有坂は俺の腹にしっかりと手を入れて抱え込んだままクラスメイトに顔を向ける。
「すまないが少し先に行っていてくれ。結城と用を足してくる」
「えっ?ああ、ごゆっくりー」
何勝手に連れション宣言してんだ。
友達と休み時間に連れション行くのは俺の夢だが、今はそんな場合じゃねえ。
しばらく逃げようと藻掻いていたが、他の奴らがいなくなったのを見て有坂は俺を抱え込んでいた手を緩める。
クラスメイトもいなくなって朝宮さんもいなくなったことに気付くと、俺も少しは落ち着いてくる。
やっと有坂と二人になれはしたけど、でもこんな展開は望んでない。
今日まで俺が思い描いていた有坂との遊園地は、もっとキラキラして楽しい思い出だったはずだ。
有坂は俺の手首を逃がさないとばかりに力強く掴んで、険しい顔で俺を見下ろす。
元々顔が怖い奴だから、怒ってるのかと余計にビクリとしてしまう。
せっかく久しぶりに触ってくれたのに、その温もりに浸る余裕もない。
「結城、お前は元々友人が欲しいんじゃなかったのか」
落ちてきた言葉に唇を引き結んだまま、視線を逸らす。
やっぱり有坂は分かってない。
俺は何度有坂だけがいればいいって言ったんだ。
「結城の交友関係が広がればいいと思って、俺は今日結城を誘った。何が嫌だったのか教えてくれ」
何が嫌だったって、そんなの全部だ。
有坂が俺を差し置いて他の奴と話していたことも、グループが別になったことも、周りが有坂と朝宮さんをくっつけようとしてるのも、雑誌のせいで余計に俺が注目されてることも。
いっぱい我慢したのに有坂は俺の気持ちを分かってはくれないし、それでカッとなって有坂に怒鳴ってしまった自分も嫌だ。
もう全部が嫌だ。
これ以上喚くのも嫌になって無言で俯く。
胸が震えて、ギュっと唇をかみしめる。
でも一番嫌なのは、有坂が俺を嫌いになったかもしれないことだ。
もしかしたら俺を突き放そうとしてるかもしれないことだ。
「黙っていては分からない。教えてくれないか」
有坂に嫌われたくない。
だけど俺の心はもう完全に我慢の限界を超えていて、これ以上は取り繕えない。
いつもは心が広い俺も、さすがにもう無理だ。
有坂は何も言わない俺に困ったように首を擦る。
しばらくしてから、そっと俺の手首を掴んだまま歩き始めた。
どうせ律義な有坂の事だから、皆のところにすぐ戻るんだろう。
それで俺はまた周りに鬱陶しいこと言われんのか。
また愛想笑いしないといけないのか。
俯いたまま歩いていたら、有坂は俺を連れたままどこかのアトラクションの入場口に入っていく。
あれ?と思っていたが待つことなくすぐ通された。
どんだけ人気のないアトラクションなんだ。
黙って有坂にくっついてそれに乗る。
それはただの船で、園内がのんびり見渡せるようなものだった。
一緒に乗ってるのは年配のジジババとかまだアトラクションを楽しめない小さな子供を連れた家族ばかりで、若者が好きそうなものじゃない。
仮に俺の機嫌を取るために乗ったとしても、なんでこれなんだ。
「…嫌だったか?俺が乗りたいものを選んだ」
微妙な俺の顔に気付いたのか、有坂がそう言う。
有坂が乗りたいものなら、全然嫌じゃない。
むしろ有坂が好きなもののことはたくさん知りたいし、めちゃくちゃ楽しいアトラクションにさえ思えてくる。
ふるりと首を振ると、有坂はどことなくホッとしたように目を細める。
頭の中がぐちゃぐちゃになるくらいさっきまで苦しかったのに、そんな風に見られると変に落ち着かない気持ちになってくる。
船は本当に何もなくのんびり見るだけだった。
あっさり終わって降りると、有坂は俺を見下ろす。
「結城は何に乗りたい。何もなければまた俺が乗りたいものでいいか」
そう言われてキョトンとする。
なんでいきなり遊んでくれる気になったんだ。
「…じゃあアレに乗る」
とりあえずこの遊園地で一番高いジェットコースターを指さす。
有坂は一度それをじっと見てから「分かった」と頷いて俺の手を引いた。
そんなんで俺の機嫌は直らないと思っていたが、有坂と一緒にジェットコースターに乗って思いっきり叫んだら、なんかちょっとスッキリしてきた。
ちなみに有坂は絶叫系だろうと終始いつもと変わらず真顔だった。
「なあ、次は何乗る?有坂が選んでいいぞ。その次は俺が乗りたいやつな」
「分かった」
有坂は俺の手を引いて、またしてもなんか見るだけの遊園地で一番人気なさそうなやつを選ぶ。
俺はその次にこの遊園地で一番速いジェットコースターを指さす。
その次に有坂はまた見るだけのやつで、俺はその次にこの遊園地で一番回るジェットコースターを指さす。
「なあ、有坂。次はこの遊園地で一番長いジェットコースターに…」
「結城、アイスを食べないか。少し休憩しよう」
「食べたいっ。俺二色食べれるやつな。コーンの買って」
「分かった」
有坂が柔らかく俺に笑ってくれる。
いつのまにか俺もめちゃくちゃ楽しくなっていて、有坂に促されるままアイスを買ってもらってベンチに座る。
連れションの時間なんかもうとっくに終わってるけど、有坂はまだ戻ろうとは言わない。
有坂が言わないなら俺はずっと有坂と遊んでいたいし、このままでいい。
でも有坂が何を考えているのかは分からない。
もしかして俺に怖いことを言うタイミングを伺ってるんじゃねーだろうな。
「少しは楽しめたか」
ソワソワしてたら、有坂が俺の隣に腰掛ける。
悔しいけど楽しい。
我慢の限界だってなってたのに、有坂がいてくれるから今はめちゃくちゃ楽しい。
「…うん。楽しい」
「そうか」
そう言ったら、有坂は俺の口元に指先を伸ばす。
口端についていたらしいアイスを親指で拭って、ぺろりと何でもないように舐める。
今まで一緒に弁当食ってるときにも当たり前にされてきた仕草だけど、心臓がドキドキしてくる。
やっぱり有坂に嫌われたくないと、改めて思ってしまう。
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