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何を言われているのか、頭に入ってこなかった。
まあどうせスカウトなんだろうけど、もう腹が立つのも通り越して黙って話を聞く。
ハルヤンが俺をこのバイトに引き込んだのは、結局友人詐欺するためだったのか。
この場所を選んだのも俺を油断させるためで、有坂相談をフツーに聞いてくれてたのも全部俺を騙すためだけに我慢して聞いてたのか。
それで内心笑ってたのか。
別に元々詐欺師なのは分かってた。
出会ったばかりの頃に同じようなことされた記憶もちゃんとあるし、忘れてない。
アイツが最低野郎なのも知ってるし、だから今更ショックを受けることでもなければ、まあそうだよな、って納得も出来る。
それにそんな簡単に俺に友達が出来るわけないのも、最初から分かりきってたことだ。
なんとなく断るのもめんどくさくて黙って話を聞いてやっていれば、調子に乗ってベラベラと話しかけられる。
褒められて、持ち上げられて、金の話をされる。
下卑た笑いを浮かべてされる話は、芸能界でそれは輝かしい未来が俺に待っているという話だった。
誰も他に客が来ないから、いつまでもずっと話は続いた。
店員だから逃げるわけにもいかないし、下手に暴言吐くわけにもいかない。
そういうのも全部見越してこの客のいない喫茶店をハルヤンは選んだのかと気付いたら、なんかもう色々とどうでもよくなってきて俯く。
今回は随分用意周到じゃねーか。
どれくらい経っただろう。
永遠に思えた話を打ち切ったのは、俺でもなく目の前のスカウトマンでもなく、意外にもこの店のマスターだった。
優しいじいさんマスターだと思ってたのに、俺の様子に気付いたら二度と来るなと厳しい口調で追い返してくれた。
結構しつこかったけど、警察呼ぶとまで言ってくれてなんとかその場は収まった。
すっかり遅くなってしまったバイト先を出る。
アイツらがまだ張っていたら、というマスターの気遣いで裏口から外へ出ると、星も月も見えないただ真っ暗な夜道が広がっていた。
ソッコーでハルヤンに電話で文句言ってやろうとも思ったけど、なんか無性に疲れたというかそんな気力もわかない。
つーかアイツの事なんかもう考えたくもない。
ただ今は、有坂の声だけが聞きたい。
喫茶店の裏口で立ち尽くしたまま、有坂に電話を掛ける。
部活中なのか長い呼び出し音が続いたが、しばらくの後ようやく電話が繋がった。
『結城か。すまない、今部活が終わったところだ』
ガヤガヤと後ろで野球部の連中が騒いでいる声が聞こえる。
本当に今終わったばっかという感じだ。
もしかしたら出ないのかもと思ったから、有坂の声を聞いた途端余計に気持ちが込み上げていく。
「有坂…」
呆然とその名前を呼ぶ。
有坂に会いたくて、触りたくて、可愛がって欲しくて堪らなくなる。
今すぐにそうしてほしくなる。
『どうした?バイトが終わったのか』
心地の良い声音が俺の耳を揺らす。
有坂の質問に返す余裕もなく、衝動のまま口を開いた。
早く有坂に会って、たくさん可愛がってもらって安心したい。
「会いたい。今すぐ来てくれ」
そう言ったら、有坂は少し驚いたように息を詰める。
だがすぐに迷いのない真っ直ぐな声が返ってきた。
『分かった。すぐに行くからそこにいてくれ』
有坂は俺に理由も何も聞かず、そう言って駆け出してくれた。
学校近くの駅前だったのもあるけど、有坂は10分と掛からず喫茶店まできた。
息を切らしているところをみると、全力で走ってきてくれたらしい。
薄暗い喫茶店の裏でずっと待ってたが、有坂は俺の姿を見つけるとすぐに駆け寄って手を伸ばす。
熱くて大きな手のひらが俺の両頬を包み込んだ。
「こんな暗いところで待っていて何かあったらどうする。今度からは店の中で待たせてもらえ」
第一声がそれとか有坂らしい。
でもいつだって俺の心配をしてくれる有坂に、心がじわりと緩む。
有坂は俺の事を絶対騙したりしないし、いっぱい愛してくれる。
「…うん、分かった。来てくれてありがとう」
そう言って頬に触れる有坂の手に自分の手を重ねると、どことなくホッとしたように黒い瞳が細められる。
前にハルヤンに騙された時も、有坂はこうやって走ってすぐに俺のところへ来てくれた。
それで同じように俺に触れて、たくさん心配してくれた。
「春屋はどうした。一緒にバイトしていたんじゃないのか」
「…あんな奴、もうどうでもいいんだよ」
「なんだそれは。喧嘩したのか」
そう言われて押し黙る。
喧嘩とかそんな可愛いものじゃない。
俺の気持ちを踏みにじって、またあいつは友人詐欺をした。
しかも今回は中々の計画的犯行で、俺の気持ちの損害は計り知れない。
「ハルヤンが全部悪いんだ。俺のことまた騙したんだ」
「…春屋が?最近はずっと仲良くしていただろう」
自分の家へと送ってもらいながらそう零すと、有坂は眉を寄せて俺を見下ろす。
このまま有坂に全部チクってやろうかと思ったけど、なんだかもうハルヤンのことを考えるのも嫌だ。
「もうアイツはいいよ。二度と話さないし顔も見たくねえ。有坂も別にハルヤンに何も言わなくていいからな」
「どういうことだ。何があった」
有坂は律義な奴だから、俺がハルヤンに何かされたと聞けばきっとハルヤンに怒りに行ってくれるだろう。
ハルヤンも前に有坂の説教を食らって少しは懲りたような感じだったのに、さすが最低野郎。
全くそんなことはなかったらしい。
「…最初の頃に少し問題はあったが、今は結城の良い友人だろう。話し合うことで解決は出来ないのか」
「無理。つーか元々友達でもなんでもねーし」
「そんなことを言うな。一緒に野球部の大会を見に来てくれたりもしただろう」
「…あれは、別に」
元々有坂の手前仲良くしてやっただけだし、それの延長線でずるずる今も関わりあってただけだ。
ハルヤンなんか別に同じクラスでもないから、無視してりゃもう一生関わることもない。
「ともかくもういいんだよ。アイツは詐欺師なんだ。俺を騙した最低野郎なんだ」
そう言って俺はバッサリと締めくくる。
もうあんな奴のことを考えたくもない。
それに俺には有坂がいてくれる。
俺の人生は有坂がいてくれればいいんだ。
有坂だけが俺を分かってくれればいい。
「…本当に春屋がそんなことをしたのか?」
「――は?」
不意に落ちてきた言葉に驚く。
何言ってんだ。
俺がそうだって言ってんだから、そうに決まってるだろ。
「何か理由があったんじゃないのか。ちゃんと春屋の話を聞いたのか」
「り、理由なんてねーよ。有坂は知らないかもしれないけど、ハルヤンは前からそういう奴なんだよ」
「だがここ最近はずっと問題なく仲良くしていたんじゃないのか」
一体どうしたんだ。
なんでいきなりハルヤンを庇うんだ。
有坂だけは絶対に俺の味方じゃないといけないのに、どうしてそんなこと言うんだ。
「そ、そうだけど。でもそれも全部アイツの作戦で…」
「もう一度ちゃんと話をしてみろ。何か誤解があるのかもしれない」
なんでそんな風に言うんだ。
気落ちしてるところに有坂にまでそんなこと言われたら余計に悲しくなる。
有坂は絶対俺だけを優しくして甘やかして愛してくれなきゃダメなのに、どうしてハルヤンなんか庇うんだ。
ギュっと胸が苦しくなって、思わず有坂の腕を取る。
「――も、もうハルヤンの話はどうでもいいっ。俺の親友は有坂だけだし、有坂がいればそれでいいっ」
他に何もいらない。
有坂は絶対に俺を裏切らないし、騙したりもしない。
俺とずっと一緒にいて、一生愛し続けるって誓ってくれたんだ。
その腕をギュッと引き寄せながら喚くようにそう言うと、有坂は不意に足を止めた。
どことなく鋭くなった視線に見下ろされて、ビクリと肩が跳ねる。
「…俺はまだ結城の親友なのか?」
そう言った有坂の表情はどことなく苦しげで、心臓がドクリと嫌な音を立てる。
「だ…だってずっと親友でいてくれるって――」
「…そうだな。すまない」
それきり有坂は何も言わなくなってしまった。
会話も何もなくなって、一気に気持ちが不安になる。
なんでハルヤンのせいで有坂とまで微妙な感じにならないといけないんだ。
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