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「少しだけ触れていいか」
「――え?」
部屋に入ると、不意に身体を引き寄せられた。
気付いた時には抱きしめられていて、しっかりと腰と頭に回された手に驚く。
てっきり説教の続きをされるのかと思ってたから、呆然としてしまう。
「…結城。俺は怒っているわけでも説教しているわけでもないんだ。ただ、本当に危ないことをしたという自覚を持ってほしい」
いや今絶対怒ってたし説教してただろ。
めちゃくちゃ顔怖かったぞ。
とは思うが、身体いっぱいに感じる有坂の体温に堪らなくなってしまう。
酷く張りつめていた心が、ぐらりと揺れる。
「結城が大切なんだ。…頼むからもう二度と同じ真似はしないでくれ」
すぐ耳元で、有坂の声が聞こえる。
しっかりと抱きしめられる温度はすごく久々で、どうしようもなく心地良い。
いっぱいになった有坂の匂いに頭の芯がくらりとして、その胸に何度も鼻を擦り付けてしまう。
「有坂、有坂…」
やっと優しくしてくれた。
落ち着いた声音と、抱きしめられていることに頭が焼けるような熱を持つ。
有坂は俺がどれほど危ないことをしたのか、しっかりと教え込ませるように何度も俺の耳元で言って聞かせる。
耳元でそんな風に言われても頭に入ってくるはずもなく、ただ有坂が抱きしめてくれることに頭が蕩けてしまう。
夢中でその背を手繰り寄せて、有坂の体温を確かめる。
ずっと触って欲しかった。
たくさん甘やかしてほしかったんだ。
「結城、返事は?」
すぐ耳元に落ちてくる、優しい声。
頭がぼーっとして働かない。
「…うん」
無意識に返事をして、まだ足りないと有坂の胸に頬を寄せる。
好きだ。
有坂が大好きなんだ。
頭の中がそれだけでいっぱいになっていく。
だけど有坂は俺の返事を聞くと、そっと身体を離す。
あっという間に離れていった温もりに、心がポカンとしたような気持ちになる。
こんなんじゃまだ全然足りない。
「…もう終わり?」
「ああ。分かってくれたならそれでいい」
俺は全然足りないのに、有坂はそう言って俺から離れていく。
俺と有坂はいつだって同じ気持ちにはなれない。
俺達はいつもどこかちぐはぐで、性格の違いのせいなのかすれ違ってばかりだ。
今日も有坂に話をしようと思ったのに、説教されて信用できないとまで言われてしまった。
「家に連絡しておけ。きっと今頃心配をしている」
「いいんだ。アイツらは別に…」
「家族の事をそんな風に言うものではない」
また怒られた。
なんで怒ってばっかなんだ。
「…結城?」
どうして俺達はこんなにうまくいかないんだろう。
俺の気持ちをなんで有坂は分かってくれないんだ。
有坂が俺を可愛がって甘やかしてくれない意味が、俺には全然理解できない。
「結城、黙っていては分からない」
もうその場に立ち尽くしたまま俯いてしまう。
有坂の声が落ちてきたけど、何を言ったらいいのか分からない。
どうせまた怒るつもりだし、俺はこれ以上怒られたくない。
黙りこくったままその場で俯いていると、不意に髪に手が落ちてきた。
そのまま何を言うでもなく、ただ梳くように柔らかく撫でつけられる。
そっと視線を持ち上げると、困ったように俺を見つめる有坂と目が合った。
何を言われるのかと思ったが、有坂は何も言わずに口籠る。
それは怒ってるわけでも説教しようとしてるわけでもなく、なんだか言葉を探しているみたいに見えた。
俺と同じように、何を言ったらいいのか悩んでるように見えた。
もしかして有坂も今、俺と同じようにうまくいかないと思ってるのか。
「あ…有坂が何考えてるのか分からない」
ぽつりとそう言ってみたら、どこか驚いた顔をされる。
少しの後、今度は有坂が口を開く。
「俺も結城が何を考えているのか分からない」
そう言われて今度は俺が驚いた。
俺は何も隠してないしいつもそのまま有坂に伝えているのに、なんで分かってないんだ。
ハルヤンが言っていた言葉が蘇ってくる。
俺達はちゃんと話し合わないといけない。
俺の思っていることを、ちゃんと有坂に全部伝えないといけない。
――そう、きっと言葉にしないと相手には伝わらない。
「お、俺はまだ帰りたくないんだ。…それでもっと、有坂に可愛がって欲しい」
黒い瞳を見上げてそう言ったら、有坂はどことなく難しい顔をする。
もしかしてダメなのか。
「…それはちゃんと意味を分かって言っているのか」
「え?」
「結城は俺と親友でいたいんだろう」
有坂の言葉にトクリと胸が熱くなる。
『親友』っていう言葉は、俺がずっと求め続けてきたものだ。
「うん。俺親友が出来たの初めてなんだ」
そう返したら、有坂はどことなく切なげに目を細める。
そう、俺にとって友達は特別なんだ。
17年間憧れ続けて、やっと出来た存在だ。
「有坂は俺の親友だから、めちゃくちゃ大事にしたいんだ」
「…そうか」
有坂が俺を大切だって言ってくれたように、俺だって有坂が大事だ。
世界で一番大切にしたい人。
「…だけど、好きな人が出来たのも初めてなんだ」
「――え?」
じっと有坂の目を見つめて言う。
「有坂が好きだ。大好きだから、どうしたらいいのか悩んでる」
「…俺が親友として行き過ぎた行動をしたせいで、結城を困らせてしまっているんだろう」
有坂はそう言うけど、そうじゃないんだ。
もうずっと俺達はすれ違ってきたから、有坂は俺の気持ちを誤解してしまってる。
「違う。そうじゃなくて本当に好きで…」
「俺も好きだ。だが俺と結城の好きでは意味合いが違う」
そう言われて、ギュっと胸が詰まる。
どうして好きだって言ってるのに分かってくれないんだ。
やっぱり俺が信用出来ないからなのか。
胸が苦しくなって、鼻の奥がツンとしてくる。
一気に目頭が熱くなってくる。
きっと有坂がこんな風に思ってしまうのは、全部俺が悪いせいなんだ。
「だ、だからちゃんと好きだって…」
「結城、もういいんだ。親友と言っている時点で俺とお前では――」
「違うっ、同じなんだ…っ」
思わず声を荒げて言ったら、有坂がハッとしたように口を噤む。
話してもうまく伝わらない。
一番分かって欲しい人とうまく分かりあえないことに、涙が溢れてきてしまう。
一度涙が零れたら、張りつめていた心がどうしようもなく崩れていく。
「好きだ。…大好きなんだ。有坂のことを思うとめちゃくちゃドキドキするし、会いたくてたまらなくなるし…ず、ずっと有坂の事で頭いっぱいで…っ。本当に、本当に大好きなんだ――」
言葉が止まらない。
ボロボロと滑り落ちる涙と一緒に、有坂への気持ちがどんどん溢れ出していく。
俺の想いを有坂に分かって欲しい。
もういい加減、すれ違うのは嫌だ。
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