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夏休みが始まる。
前日から用意していたデカいキャリーバッグを引っ張って、玄関先で靴に履き替え紐を結ぶ。
犬がわふわふ言いながら後ろから飛びついてきたが、今は遊んでやる暇なんかない。
「行ってきます」
「あら、マス。待って。今運転手さんに来てもらってるから。そんな大きな荷物を持って歩いて、転んだら大変でしょう」
「別にいーよ。有坂がいるから。じゃーな」
相変わらず鬱陶しいレベルに過保護な母親を振り切って、意気揚々と玄関の扉を開ける。
外に出ると午前中なのにもう暑くて、蝉もミンミンと鳴いている。
太陽の日差しも眩しい。
夏だ。夏休みだ。
有坂との、二度目の夏がやってきた。
これから向かうのは、去年と同じ有坂旅館。
待ち合わせの駅に着くと、有坂がもう俺を待っていた。
ネイビーのシャツに黒いスラックスを合わせただけのカジュアルな服装だが、長身の有坂はそれだけでもう決まって見える。
どうしよう、あんなのもう俺よりイケメンだ。
俺を超えるイケメンがついに現れてしまった。
さっきから俺の事を囃し立ててくっ付いてきてる周りの奴らが有坂に行かないか心配だ。
合流すると当たり前のように有坂は俺の荷物を持ってくれて、ドキドキしながら事前に取ってある新幹線の席へと乗り込む。
「…まさか本当に今年もついてくるとはな」
「な、なんだよ。本当は嫌なのか」
「嫌なわけないだろう。正直お前を一人残してきては、気がかりでこちらも色々と集中できない」
有坂がそう言ってくれたから、ふふ、と表情が緩む。
母さんの言った提案で有坂が女将さんにすぐ連絡した結果、そのまま電話を変わって母さんと女将さんが二人で話し合いをしてなんかうまい事言ったらしい。
しかもそれから女将さんはやたら上機嫌らしく、宿泊とは別に俺の受け入れもあっさり許可してくれた。
ただし受験勉強はしっかりやること、それから気晴らし程度の無理のない日数でなら働いてもいいとのこと。
まあ確かにずっと勉強詰めなんて逆に効率悪いしな。
そんなわけで今年の夏も有坂とずっと一緒だ。
新幹線に乗ってそこから電車に二回乗り換えて、さらにバスで揺られての計四時間。
去年も思ったが、やっぱりめちゃくちゃ遠い。
万が一のために定期券を作って通うことも考えたけど、こんなの毎日は絶対通えない。
やっぱり有坂には何が何でも絶対こっちの大学に通ってもらわないと、俺の人生が秒で終わる。
改めてしっかりと心に決意したが、新幹線に乗って二人隣り合わせて座ると心が一気に緩んでいく。
「機嫌がよさそうだな」
「うん。夏休みも有坂とずっと一緒で嬉しい」
こんなの嬉しすぎて表情が緩んだまま戻らない。
もう一生笑顔だ。
素直にそう言ったら、有坂はどことなく切なげに眉を落として俺の手を握る。
熱い手のひらの感触に幸せで堪らなくなる。
しっかりと指まで絡み直してから、夢中で有坂にこの間野球ゲームして俺がめちゃくちゃ強かった話や、俺の好きなゲーム10選の話、それからもっとたくさんの自分の話をする。
でも聞いてもらうだけじゃなくて、今回はちゃんと有坂の話も聞きたい。
「――え?俺の話など別に面白くもないが…」
「面白くなくてもなんでもいいからっ。好きな同好会10選とかでもいいからっ」
「ふむ。どれもそれぞれ良いところがあり、10で収まるように優劣を付けろと言われても難しいな」
おい、10で収まらない可能性があるのかよ。
マジでどんだけ入ってんだ。
会話をしたり駅弁食べたり、おやつを食べたりしているうちに、周りの風景が少しずつ変わってくる。
ちらほらと和の雰囲気が漂い始め、俺が窓の外に釘付けになった頃新幹線が到着する。
なんだか修学旅行の延長戦みたいだ。
そこから観光気分で有坂と歩きながら、電車、バスと乗り継いでいく。
その頃にはもう趣のある懐かしい街並みが広がっていて、去年の事を自然と思い出す。
パッと見優しそうなのに実は笑う鬼の女将さん、俺の事ちやほやしまくる仲居さん、有坂のこと子ども扱いする板前さん、ちょっとミーハーな番頭さん、うぜーけどお菓子くれる有坂キッズ。その他モブ従業員。
みんな元気にしてるだろうか。
去年は有坂と友達同士だった。
でも今年は恋人同士だ。
きっとまた違う夏になる。
そんな予感がして、ワクワクドキドキと胸が高鳴る。
久しぶりの有坂旅館。
相変わらずドデカくて、門の入り口でその全貌を見上げてハッとしてしまう。
今更だけど有坂って、こんなでっかい老舗旅館の跡取り息子なのか。
ちょっとソワソワしながら門を潜って旅館に入ると、なんかバタバタとしていた。
有坂と二人で顔を見合わせて、思わず首を捻る。
と、ちょうど廊下から小走りでかけてきた従業員の一人が俺達に気付いた。
「――あれっ、これはこれは益男さんお久しぶりです!相変わらず神々しい…あ、若旦那もお帰りなさいまし」
そう言って忙しそうだったのに俺のところへ来て荷物を上げてくれる。
さすがは有坂旅館。気遣いがしっかりしてる。
「俺はついでか。一体何の騒ぎだ」
「はは、すんません。あーいや、来週に過去一番のドエライ上客が来るってんで、女将が張り切って今から徹底した館内の清掃と少しも不備が無いよう改めて見直しをしろって通達が出たんですよ」
「なに。それはまた忙しくなるな」
「なんでも一流国際ブランドの社長さんだとかで、絶対に粗相のないようにとのことで。若旦那も益男さんもお気を付け下さいまし」
「そうか。まあ俺は裏方だから接客に携わることはほとんどないが、結城にはまた気苦労を掛けてしまうな」
そう言って有坂がどことなく心配そうに俺を見たが、いや気付けよ。
その上客って絶対母さんだろ。
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