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『ま、そんなわけでミュージシャンは断念したんですけど、趣味ではまだやってるんで、是非CD買ってください。オンラインで取り扱いしてるんで、良い子のみんなは帰ったら受験勉強より先に検索しようね。それでは、話を終わります』
話の最後にちゃっかり宣伝して終わっていった。
医者のくせにミュージシャンもまだ諦めてないらしい。
「どうだった?」
「――うん。まあ…悪くないかも」
「お、まじで?やった」
担任がなぜか喜んでるが、俺もなんだか胸が熱かった。
有坂以外のことでこんなにドキドキするなんて初めてかもしれない。
最初は医者とかピンとこなかったけど、でもこの職業なら間違いなく有坂の役に立てる。
てか有坂とずっと一緒にいるなら物理的な意味でも医者はアリかもしれない。
300歳くらいまで有坂を長生きさせる計画がスタートできる。
「まあ医者つっても色々な形があるからな。もちろん病院で働く臨床医が一般的だけど、診療科の種類も多くあるし、他に研究医って道もある。その他病院に捕らわれず働いている医師も多くいるし、気に入ったならその辺もう少し詳しく聞いてみるか?」
「えっ、いいの?」
「おー、説明会終わったらな」
そんなわけで説明会後、さっきの日比谷って人を担任が呼び止める。
目が合うと、まじまじと顔を見つめられた。
「うわ、すげーイケメンだな。さすが貞男の弟」
「兄貴と違って性格は全然違うけどな。ちょっとこっちは甘えん坊すぎるけど、ようやく進路に興味持ってくれたからさ」
「へー、ちゃんとお前も教師やってんだな」
よく分からない身内話が始まったが、それより甘えん坊ってなんだ。
担任に甘えたことなんか俺は一度もねーぞ。
とりあえずどんな経緯で医師になったのかとか、やっておいた方がいい勉強だとか、お勧めの大学だとかの話を聞く。
実際の職業の人に直接話を聞けるのは、もしかしたらかなりラッキーなのかもしれない。
母さんが心配性だから医者にはわりとよく会ってるけど、まさか自分の進路にしようなんて考えたことは無かった。
まだ確定じゃないけど、でもなんだかワクワクするものがある。
俺の中で有坂以外まっさらだった未来に、ほんの少し形が見えたような気がした。
一通り話し終えたら、スッと名刺を差し出される。
「まあ聞きたいことあるならいつでも電話してくれ。聞きづらかったら七海に聞いてもいいし、ああ、貞男でもいいぞ」
「あ、有難う…ございます」
「おー。兄貴によろしくな」
そう言って話は終わった。
あっという間の出来事なのに、随分濃密な時間だった気がする。
担任と教室に戻ると、ちょうど授業が終わるチャイムが鳴り響く。
そのまま帰りのHRをして、今日一日が終わった。
「結城、帰ろう。送っていく」
「うん。あ、待って。ちょっと進路資料室に寄っていいか?」
「ああ。何か希望する進路が見つかったのか?」
「んー…まだ考えてるけど。でもちょっといいの見つけたかも」
ふふ、と笑顔を零すと、黒い瞳も優しく細められる。
だけどなぜかちょっぴり寂しそうだ。
そういや進路説明会に行く前、有坂の様子が少しおかしくなかったか。
「…なんだか、お前が他の事で笑っているのを初めて見たな」
「他のこと?」
「ああいや…本来それは当たり前のことだな。結城がやりたいことを見つけたのなら俺も応援したい。何か力になれることがあれば、何でも相談してくれ」
「うんっ。ありがとう」
優しい言葉に思わずそう返したが、そういえば最近お礼を言うことも多い気がする。
お礼を言うって事は、この俺が誰かに助けられてるってことだ。
俺は何でも超万能だし、悪いところは無くて最強だと思ってたけど、そんな俺でも誰かに助けられてたってことか。
「聞いてもいいか?」
「えっ?」
帰り道を歩きながら、有坂がまたもや珍しく自分から問いかけてくれる。
有坂からの質問なんて俺の何から何まで包み隠さず全部話せる。
身長、体重、好きな食べ物、嫌いな食べ物、好きなタイプは有坂で、好きなものは有坂で、好きな人は有坂だ。
ともかく全部有坂が大好きだ。
「結城が進路相談で何に興味を持ったのか聞いてみたい」
「あー、えっと…」
すぐに答えようと思ったけど、でも口籠る。
まだ確定じゃないし、もうちょっと考えたい。
言葉に出したらそれをやらなければいけない感じになっちゃうし、俺には他に考えないといけないこともある。
有坂に言うのは、ちゃんと自分の中で全部決めてからにしたい。
今までたくさんのことを有坂に譲らせてしまったのに、また余計な心配を掛けるようなことはしたくない。
「んー、内緒」
「…なに?」
そう言ったら有坂が怪訝そうに眉を寄せる。
有坂にそんな言葉を使ったのは初めてだけど、でもこればっかりはちゃんと考えてから答えを出したい。
俺はこれまで有坂にたくさん間違えたことをしてしまったから、今度こそ間違えの無い答えを出したい。
そのためにはちゃんと俺自身がたくさん考えて、自分なりの答えを見つけないとダメなんだ。
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