アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
兄の悲哀
-
どのくらいこうしているだろうか、時間の感覚がない。
「う、うぅ…」
体が軋む、肺が潰れそう、喉がひりつく、目が霞む、思考がまとまらない、下肢に感覚がない。
テンゼロが意識を取り戻したのは上に覆い被さる重さがなくなったからだった。薬は多少抜けただろうか、抜けたとしてもどうせまた入れられるから関係ないのだけど。眼球すら動かすのが億劫だったがなんとか動かしてみてもその影はない。仕事にでも行ったのだろうか。
「ふ、う…」
影がないことでようやくまともに呼吸ができた。
弟は、シャットは10年以上の歳月ですっかり変わってしまった。家を飛び出したテンゼロにはあの後、シャットがどのような生活を送ってきたのか知ることができるはずがなかった。ただわかることは弟は10年以上、苦しみ続けたということだった。大切だと思っていた兄が忽然と姿を消し、音沙汰がなくなって生きているのか死んでいるのかすらわからない。裏切られた気持ちだっただろう、空虚だっただろう、絶望だっただろう、テンゼロは霞がかった頭で必死に考えていた。テンゼロだって弟のことを忘れたことはなかった、辛くなかったわけではない。けれどテンゼロにはミストという疑似ながらも家族ができて、幸せに生きていた。しかし残されたシャットはどうだっただろう。穀潰しが消えたと喜んだであろう両親のいる家に取り残され、独りで組織を率いて、やっとできた番を受け入れられず、孤独に耐えていた。全て兄の影があったから、弟は進むことができなかった。自分の存在が弟を、シャットを苦しめている。
そのことがテンゼロは苦しくてしょうがなかった。
どうにかしてシャットを救わなくては。あの子を前に進ませてやらないと、本当に本当の兄失格だ。
シャットが残した痕が全身を痛みとなって蝕む。けれどあの子の痛みはこんなものではなかっただろう、それを思えばテンゼロは痛くも痒くもなかった。
「う…ん、ぎ…」
体をなんとか起こす。股の間から白い液体が溢れている。腹が痛む。動けるようになるにはこれを出さなければ。後ろに手を回して掻き出していく。指先が震えてうまく動かせずなかなか思うように出せなかったが、時間をかけなんとか腹の違和感が取れるまで取り除いた。
「ぐ、っいて!」
立ち上がらなければと体を捻ったらソファーから転げ落ちた。床にまでべったりと精液が付着して凝固している。ずっと嗅いでいたい臭いではない、床に手をついて、次にテーブルに手をついて、そして膝に手をついて、テンゼロは立ち上がった。膝がガクガクと震えている。一歩歩いては転び、また立ち上がっては一歩進む。やっとの思いでたどり着いたのは部屋の隅に投げ捨てられていた衣服の塊のところだった。汚れるのも構わず、着替えると、外に出る算段を立て始めた。ここはシャットのアジトで自分の知らない場所だ。地図がないから逃げ道がわからない。しかしこのまま座っていても話は始まらない。とにかく人目を忍んで壁伝いに進むしかない。扉の鍵は自分が破壊したままで後は上の鍵のみだった。今の力で破壊するのは無理そうだったので外に見張りがいないか聞き耳を立てそれから執務室の机の上にあったガラスの灰皿で殴った。ドアノブに足をかけ何回も何回も叩いて破壊して扉を慎重に開けた。やはり誰もいないようだった。テンゼロは進んだ。
体が鉛のように重い。途中、何回もシャットの部下と思われる人影に遭遇しかけたが幸い忍ぶことは慣れている。なんとか姿を隠して、次の扉を開けると、開けた場所に出た。その先に大きな両開きの扉がある。あれが出入り口だろうことは簡単に予想できた。そして人影はない。今がチャンスだった。
「兄さん、何しているの」
「……シャット」
後頭部に慣れ親しんだ獲物の硬さを感じて両手を顔のあたりまであげた。よりにもよって一番見つかってはいけない人物に見つかってしまった。
「兄さんにはまだそんな元気があったんだね。ドアが開いていると聞いたから戻ってみれば案の定だ。まだ教え足りないの?」
「いいや、教え足りないのは、俺の方だよシャット…」
「聞きたくない。戻るよ」
ぐいっと服を引っ張られ、振り出しに戻ってしまった。
「あ!ぁあああ!!」
「兄さんがこんなに愚かだったなんて知りたくなかったな」
「し…シャット!」
シャットに犯されながらテンゼロは思考を巡らせた。それを邪魔するかのように顔に冷たい液体がかかる。何回も味わったからわかる、非合法の薬だ。意識が飛びそうになるのを繋ぎとめられるのは気合いくらいしかなかった。シャットの腕を掴んで歯を食いしばる。
「兄さん…まだそんな目をするんだ。いい加減諦めて。黙って俺の、俺だけのモノになってよ」
「それ、は…でき、ない!俺は、お前に、言わなきゃ…っあ”あ!」
シャットの目は再会したときより暗く淀んでいる。シャットが心を閉じかけている。
これが最後だ、ここで言わなくてはシャットはずっと同じところから抜けられない。テンゼロは自分を鼓舞してシャットの目を射抜いた。
「俺が…俺が、お前のこと、傷つけた…!俺がお前を思ってしたこと、全部が…お前のために、ならなかった!ごめん、シャット、ごめんな…!」
「兄さん?」
シャットが動きを止めて顔を上げる。
「俺のしたこと、間違ってた…!だから、シャットのこと、傷つけて、苦しめた」
謝らなければならないとテンゼロは切れ切れに言葉繋げた。腹に力を入れ、精一杯の声量で思いを告げる。シャットの表情が悲しそうに歪むことで胸が痛くなる。
「や、やめて…やめてよ兄さん」
「俺が、悪かった…許してくれ、シャット…」
「───やめろ!!!」
シャットの怒声にテンゼロは閉口した。シャットは瞳を溶岩のように燃やして怒りを露わにしている。
「たとえ兄さんでも、兄さんのこと否定するのは許さない!!俺の兄さんはいつも正しいんだ!兄さんは悪くない!!悪いのは全部、全部全部全部あいつらだ!兄さんを虐げて騙して苦しめたあいつらだ!!!!兄さんを馬鹿にするな!!!!」
シャットの手が伸びてきて首を絞められる。首の骨をへし折るつもりらしい、それでもテンゼロは朦朧とする意識で言葉を続けた。
「そうだよ、シャットお前は昔からそういう子だった…兄さんのこと、信じてくれて認めてくれた。兄さんの唯一の味方だった…!今もお前は”俺”の味方で、いてくれるんだろう…あの時のように、あの時の、ままで…!」
「兄さん…そうさ、ずっと俺は兄さんの味方だ。兄さんのことずっと」
「でも、もういいんだシャット」
「兄さん」
テンゼロは震える指先でシャットの肩を掴んで抱き寄せた。シャットはなすがままになっている。
「もうお前は”俺”に縛られなくていい。これからは俺がずっと傍にいてやるから。今度は俺がお前の味方でいてやる。だから、もう”俺”を追わなくていい」
「兄さん、俺は…」
「ありがとう、シャット。”俺”のこと覚えていてくれて」
かつてのように優しく弟の体を抱きしめる。嬉しそうに抱きついてきた幼い弟の姿が鮮明に思い出された。
「…………………………………………………、
はは、やっぱり、兄さんはいい匂いがするなぁ」
テンゼロの胸に顔を埋めながらシャットはかつてのように兄のぬくもりと匂いを感じていた。
「帰ろうシャット。今度こそちゃんとした家族になろう」
「…………………うん…わかったよ兄さん。もう、どこにも行かないで」
シャットの顔はとても晴れやかだった。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
2 / 3