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西尾 2
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人を殺してでも作りたい物があるか、他人の命をかけられるか?
考えると、結構熱いと思う。
純粋に、そこまでするほどの異常な情熱があるという事。
きっと本当の悪人じゃなきゃ、美学だの綺麗ごとを語りはしない。
そういう意味でも環境ってのは、すごく大事なんだと思う。
工場の音とかが染みついてるみたいに、周りの罵声が染みついてるせいで、毎日一回は罵声が聞こえないと落ち着かないからだになってる。
悪口はやめよう、とか聞いても、えっ、って寂しい気持ちになってしまって、大事なものを奪われるような切なさが襲う。
それこそ、俺が根っから悪人じゃないからなのだろう。許すとか許さないとかよりも、環境音の一部になっているから何を感じて良いのかもわからない。
あぁ、悪いことだったっけ? って感じで。
悪を許せないのはきっと、悪が悪だと身を持って知っている事柄だけ。
無罪の女性が、ドラム缶に入れられて、燃やされた。
機械的に、無機質に、ひどい、と思う。
感情と、理性の距離が離れている。
こんな自分を不快だ、ああはなりたくないと思う人も居るだろう。
でもきっと、なりやしない。
「西尾は、人を殺してでも、やりたいことがあるんだな……」
真っ暗な空。
まだまだ肌寒い天候。
思わず外に出てきてしまってから、食事中だったんだっけと気が付いた。
粘土を見てなんだかその場から立ち上がってしまった。
どうせまた、お金の話だ。大事な話ではあると思うけれど、なんだかああいう場は好かない。商業作品は基本的にゴミだと思っている。
自分で作るほうが安心する。
商業にあまり安心するものが自分の管轄外で流行ると嬉しくない。芸術家と著述家と、それと、俺たちの感性は何が違うというのだろう。生きている魂よりも、彼らのセンスの方が重視されるのが社会であって正しいことなのか。
「いっそのこと……」
何か、言おうと思ったけれど飲み込んだ。
とりあえず落ち着こう。
芸術性に、負ける、人格が、それ以前に存在する必要もないなんて、思う必要も無い。
あの雪を見て、あの雪になったものを見て、それでも、生きてきたのだから。どこにも描くものの無い世界でも、自分自身の存在を許そうと決めたのだから。
「必要としようと、する側であろうと、決めたのにな……どうして、こうなるのか」
なかなか金銭問題は上手くいかないけれど、金と目の前に出されたメディアがすべてみたいに思うのは嫌だと思う。
あれはそもそも心が持てて、人格が持てて、存在が理解される人たちの、為のものなんだから。
短い階段を下りて、歩道を見渡す。住宅街なので夜の人気は少ない。
静かでいいな。防犯的にはもう少し街灯が欲しいところだけど。
しかし寒い。帰ろうかとも思ったが車で来た場所を徒歩で歩くのも面倒だ。
(あいつらは、普通に話し合いに出てるのかな).
手持無沙汰なまま、携帯を開く。着歴が残って居たので、アイコンを押してみると菊さんの番号が表示された。
(なんだろ……)
掛けなおす。コールが続く。
一回、二回、三回、四回……さすがに切ろうかなと思った20回くらいで通話が繋がった。
『おう……鶴か』
なんだか、酔っ払ってるな。と思う。どっか飲み会してるんだろうか。
「はい」
『あれから爺さんたちと会って、こっちはちょっとした、宴会になったんだけどな』
「でしょうね……」
『まーまーまー、聞け、今回は遊んでたわけじゃない。
皆から聞いたこととか、事務連絡でかけたんだよ』
「はい」
『商社が探してるっぽいのは確かなようだが、まだ、足元を探すのに手間取ってる。そっちには行ってないらしい』
「ですか」
『──鑑定が、途中なんだが、あの枯れ葉も当時のものに近い性質が残ってるみたいだな……と、花子から。
また、瓶かなんかでそっちに回すかもしれん』
「わかりました」
『だが、足取りというか、情報そのものがどこかしら流れてる可能性はある……』
「前にうちに来てたあの女の人、会場に居ましたからね。でも、だとしても、うちの素性は知らないと思いますが」
『その辺りはわからんな。泳がせているだけかもしれないし』
「……あっ」
『なんだよ?』
「いや、昼に、そういえばリュージさんが、タイの……なんだっけバンコク? の麻薬かなんかの人を追ってたんですけど、ピザの宅配も見付からなかったし」
『……お。今、ピザ頼むらしい』
「えっ、ちょっ、今、あの式場のホールですか?」
『あぁ。あのまま宴会に突入中』
「え、と……そっち行きます。まだやってますよね?」
『ん? まだニ、三時間くらいはやるんじゃないか?』
そうだった。未来が見えても、日付が見える訳じゃない。
「じゃあ、あとで!」
思わず勢いで通話を終えてしまった。
運転手を呼ばないと……
なんだかわからないが、そんな気がする。
「逢引きですか?」
気が付くとすぐ後ろに界瀬が立っていた。
「……界瀬。ピザ頼むの、今から、らしい……昼間探してもらったのに……映像が室内だから、ちょっと、時間わかんなかった」
言ってから、ちょっと迷った。
また矢面に立ったら、なんのために逃げたのかわからない。
「ん? あぁ。そっか……」
界瀬はなんだかちょっとぼんやりした受け答えだ。
「な、に?」
腕が伸びてきて抱き締められる。暖かい。
「なんだか、今日はやけに、こうしたい気分」
「そう、なんだ」
「嫉妬深いの良くないって、わかってるんだけどさ……金とか、人間の愛憎劇とか……なんかそういうのに揉まれると、荒んじまう」
「ふふ。暖かいね」
本家のことを思い出したんだろうか。それともなにか、ゆう子さんから聞いたんだろうか。
「色」
「なに?」
「色」
影が重なる。
とても近くに感じる。
鼓動の音がする。
「──すき、だ」
(2022年1月25日23時55分_1月30日AM1:51加筆)
ピッ、ピッ、ピッ、ピッ。
機械の音。機械の音じゃないよ、心臓が動いてるんだ。わからないよ。母さん。
「おはよう、ねえさん」
ねえさんは、いつも、ずっと、寝てる。
「花瓶の水、変えるね」
小学生のときからずっと毎朝病室に訪れて、花瓶の水を変えてる俺に、全く見向きもしない。
「なにか、言えよ」
ねえさんは、ずっとなにも話さない。
なんか忘れたが、ながったらしい名前の難病を持って生れた奇形児。原因不明。治療法もわからない。喋っても喋っても、ただ、壁打ちするような悲しさだけが俺に襲い掛かる。
口も、目もある。内蔵もある。
でも筋肉が異様に反応し、口を動かすだけでも身体中が暴れるらしくて、喋ろうとしない。歩くだけで、身体中が暴れるらしくて、歩こうとしない。あらゆる刺激で、身体中がおかしくなるらしくて、ちょっとの振動が命取りになる、なぜ生きてられるかわからない、生きてること自体が、既にかなりの枷になっているとしか思えないねえさん。
ちょっとの振動が命取りになるのに、話し掛けて良いのかすらわからないが、そんなこといってたらなんにも出来ないわけで、ナースコールをいつ押すかハラハラしながら、花瓶の水を変えてる。
意味がわからなかった。
誰にもわからなかった。
名医にもわからなかった。
なにもわからないが、命が存在することだけがわかっていた。
ねえさんは、なにも話さない。
「口を、動かす、練習くらい、さ」
──無理だよ
「やらないと、わかんないだろ?」
──身体が、また跳ねて、花瓶割っちゃったら……きぬちゃんにめいわくかけちゃう
辺りを、見渡す。居ない。
母さんも父さんも、医者も居ない。
頷いて、小さな声で、話す。
「それは、そんときだよ」
意味がわからなかった。
誰にもわからなかった。
名医にもわからなかった。
小学生にもなれば、口を動かさないと会話ってのはしちゃだめだってわかってる。
わかってるよ。
──私、もうすぐ、あっちがわにいくもん。絹良ちゃん、昔から幽霊とか話せたでしょう、だから私と話せるんだよ
「だから──、口を、動かせよ、言いたいことがあるなら! 脳内に送ってくんな! 喋ったって、言わないんだぞ、それ」
花子さんは幽霊と話せるが、俺の場合は幽霊と話したんじゃない。思念や残留思念と話ができた。でも、それはいつだって悲しくて、胸が張り裂けそうだった。
──ごめんね
「直接、言えよ」
本当なら聞いちゃいけない声を聞いて、
それを、口を動かしてないだけ、と解釈して苛立ってて──
仕事で朝は見舞いに来ない母さんたちは、俺を心療内科にかけるか話し合ってるのを知ってる。
──こんな声、聞こえちゃうから、
絹良ちゃん、困らせちゃうね。でも、しゃべりたい。口を、動かす、の、やってみてるんだけど……身体中、いたくて
「あぁ、あああぁ……っ!」
聞くな。聞くな。聞くな。聞くな。
──ね、絹ちゃん……、今日のお花、なんてお花?
聞くな。聞くな。聞くな。聞くな。聞くな。
──無視しないでよ……
聞くな。聞くな。聞くな。聞くな。聞くな。
「一度新薬に変えてみますか」
「難病の研究は特に慎重にやらないと……」
「どうでしょうねぇ……最近、さっぱり、成果が無いですし」
「まだサンプルも少なく、世界的な発見になるか、そうならないか、厳しいですな……」
──ねぇ! 絹良!!
「とりあえず、橋引を回収しないと……」
色と共に、ゆう子さんの家に向かう。
「──震えてる」
頬に、そっと唇が触れたあと、すぐに離れて先に歩いていく。
「……大丈夫?」
色が心配してくれたらしい。
「──あぁ……ちょっと、な」
心臓がばくばくと音を立てている。
先に中に入ろうとした彼だが、やがて戻って来て、少し背伸びしながら俺を抱き締めた。
「界瀬のせいじゃないよ」
「え──」
「どうせまた、なんか思い出してたんだろ。でも、そんなに、背負う必要ないんだ。みんな、聞こえないのが普通なんだから」
わかってる。そんなこと、とっくにわかってる。
何か思ってたって、言わなきゃ無いようなもの。
そう思えればどんなに楽だろう。
だけど、同時に、声なき声を聞いて、救われたこと、誰かを救えたこともある。誰かを救うなんて、なんて傲慢なんだろう。
自分一人でも、こんなに脆いのに。いつまでも引きずっている。
「うん……」
暖かい。
普通、は、ときに、暖かい。
「だけど、確認したくなるんだ」
「かいせも、抱いて欲しい?」
「確かな愛は、ずっと、此処にあるよ」
「…………?」
「また、ねえさんの夢だったんだ」
「そうか」
「俺はいつも、どうしたらいいか、わからなくて」
「誰だってわからない。俺も、そうだったと思うから」
色が背中をそっと撫でて、離れていく。
「……ありがと」
あらゆる角度からの情報で情緒が乱れて、落ち着いて、を繰り返す。
HSPとはまた違っていた。
「ぶりの照り焼き、好きだって言ったら、浮気になるから言わなかった」
「そうか」
インターホンを押す。反応が無い。
そのままドアを開けて中に上がった。キッチンに来てみると、玲奈は部屋に戻ったらしくて、ゆう子さんが橋引に絡みながらお酒を飲んでいた。
橋引はというと、椅子に座って誰かとメールのやり取りをしている。
『こわ!!! 母に唐突に、「あの『なお』っておばさん?」 って聞かれた。どのなおか知らないけど』
文面をこっちに向けてきたので、それが秋弥からだとわかった。
どうも、監視がまだ続いているらしい。
『ノート見せてないし、此処のことも何も話してないのに。なお、の名の字も会話に出したことないのに、いきなり、あのなお、ってなんのこと!? 母さんがいきなりなに言ってるんだろう。あり得ん……』
簡単に説明すると、妄想に取りつかれた作家がなぜか、普通の高校生である秋弥のストーカーをしており、
しかも秋弥の家にあったノートを勝手に出版していた上に圧力をかけていた。 そのことで前にちょっといろいろ手伝ったりしたことがあるのだ。
勝手に巻き込まれた上に、無断で何も知らない読者に金銭を要求していたり、女優とか芸能人とかに宣伝に関わらせていたのだから、家にありさえすれば良かったものが良い迷惑だった。
ちなみにノートの中身は軽い日記みたいなもの。読みようによっては小説にも見える。病状などを記録していたそうだ。
ひょい、と橋引の手から携帯を受け取り、「俺だ。げんきにしてるかー?」と書く。すぐに返信があった。
『あっ! お久しぶりです!』
その手から、さらに携帯を受け取り、色が書き込んだ。
「なおさんの話を誰かが回しているのかな。たぶん近所か宗教絡みだろうけど。あまり無理するなよ」
なおさん、と言うのは、新しく増えたストーカー、というか、『生まれ変わり』を信じている人だ。秋弥の書いたノートの内容が、『昔亡くなった妹に見える』というちょっとよくわからないがそんな思想にとらわれているらしい。
ストーカーしている作家側に、訴えられるところだった彼だが、生まれかわりである証拠や作家になにか傷をつける証拠がまず無いのに言い掛かりだし、盗んだ証拠もない(本人)わけで、どうにか色々して事なきを得た。
色にも通じるところがあるからか、なんだか可愛がっている。
「あのロボ男! ちょっとラインつないだら、もっとああしてこうしてって、調子に乗るなよ!?」
秋弥の様子を、橋引からうかがっていると、ゆう子さんが急に立ち上がり喚く。
だいぶ出来上がっているらしい。
「ありがとうよお前らぁー!私はお前らごときにもコケにされるような存在と 思い知らせてくれてありがとうよー! あんなとこ、今度こそ二度と戻って来やしねえよっ!」
「ゆう子さん、そろそろ……」
橋引が肩をゆするが、だいぶん回らないろれつのまま
「荷物は明後日来る予定よ?」と謎の発言をして、テーブルにうつ伏せる。
「後払いができなくて何でと思ってたんだけど、先週住所変更したとき郵便番号を変えるのを忘れてたという凡ミスが判明したのよぉぉぉー-」
「ねー、太るよ? そんな生活してたら!」
携帯を橋引に返しながら、ゆう子さんに触れてみる。
そして棒読みで。
「……アカン、体重の増加が去年から止まらん。意識して糖質抑えた食事はしてるんだけど、85キロはいよいよアカン体重になってきた。そろそろジムに行かんとアカン。お金かかるけど行くならパーソナルジムに行きたい」
色が思わず吹き出しそうになって、口元を押さえた。橋引も、うつ向いたまま笑いを堪えている。
「事務って、此処も事務よね」
「確かに。案外かかってるのか……? 事務所とジムをかけてたりして」
ゆう子さんなら有り得る。
「これから先に出てくるものが、不正の証拠になるかもな」
なんて言っていたら、ゆう子さんが色の方を掴んだ。
今度は涙ぐんでいる。
「何度も言うけどぉー、なんでいっつも避けるわけぇえー-。私は色ちゃんと話したいだけなのぉ。なかなか会えないからここでしか話せないのぉ」
「……」
色は何も言わなかった。
少し、首をかしげて、橋引と俺を見て、またゆう子さんを見た。
「さぁー-! 話しましょ! お酒もあるし」
「ゆう子さんはもう飲まないで」
橋引があきれる。
「……」
色は何も言わなかった。
というより、本当に、何を言えばいいかわからないのだろう。
本当に、心の底から、『何も』思っていない。
「…………?」
「のもうのもう! 話そう! いっつも、界ちゃんしか話してくれないし。
おつまみ何がいいかなぁー!」
「のむ……、?」
少し表情が曇る。念のために、感情を読み取ろうとしてみたが、
『液体』『瓶』『ゆう子さん』くらいしか存在していない。
お酒を飲もうとか、コミュニケーションを取ろうという意思があるともっと複雑に感情が、特に相手の顔色を気にするようなイメージが見えるものだ。
それが、バラバラになった単語が、あちこちに、ポツンとあるだけ。
「話が出来たら、私も気が済むから! ね?」
「はなし」
……。絶対わかってない。
サンドイッチがいっぱい食べられて良かった。くらいしか自我が残っていないやつが、わがままなゆう子さんと会話なんかできるか。
俺たちは例外なんだが、自我の強いタイプとはぶっちゃけ話さない方が良い。「あああああああ」とか「わわわわわわ」とかしか返ってこなくなるのを何度か見た。西尾さんとか。(そうしてしまったのは、俺たち、というか厳密には周りの大人なのだが)
――困ったわ。逃げないよう話し合わせてみても、いっつも「喘息が…頭痛が…体調が…」とか言ってくるから、「薬飲むなり休息とるなり対処してください」と言ったら
「特異体質で薬が飲めないんです」とキレて。
「そういう体質の人ほど使える薬が少ないから何が使えて使えないか把握してるのでは?具合悪くなった時のために常備薬として持っているのでは?」と言い返したから怒っちゃったのかしら……あはは!
サボリ魔本人は嘘かホントか体調不良で休んだり早退したり遅刻したり…………
「そうだ、仕事! もう、行かないと! 橋引を呼びに来たんだった!」
俺はハッと気が付いて、色の背中を押し、橋引の腕を掴む。
「仕事だ。ピザが待ってるかもしれない」
色も『自分の思考できる範囲』で、語彙が安定したようで、いつも見る表情に戻っていた。
玄関に向かいながら、色は少し寂しそうに「お酒……」と呟く。
「飲みたい?」
とりあえず携帯で運転手を呼び出しつつ聞いてみる。
「お酒は、ゆう子さん。サンドイッチの話?」
「いや、お前の話」
「雪」
「だよなぁ」
「雪。冬。ねこが、? ……お、酒、ゆう子さ、ん? 空」
雪が、ひらひら舞っている。
『あの人』が笑顔を浮かべている。
ゴミ袋が満たされていく。
痛い。
何度見ても、痛い。
ゆう子さんが西尾に売り渡すそれを、
更に求めるゆう子さんのその『無意識』があまりにも、痛い。
何も、浮かんでこない。俺たちとのことをのぞくと、
サンドイッチを食べた、という記憶くらいしか、実感にない。
心を作るというそのことだけで、本当に、精一杯だ。
「べつに、あの人以外も居るしさ。そんな気を遣わなくても大丈夫だろ」
「西尾さんの次の作品、弓道部がテーマなんだって……」
橋引がため息交じりに呟いた。
「無許可で、勝手に、書類を通すのはいつものことだけど……さ。
本当、色ちゃんにも、ほんとはね、あまり、命を、安売りしないで欲しい。能力なんて言っても、その代償全部、私たちの命なんだよ。
あんなものにかまけてたら……私……。
って、愚痴がまた、エグくなるね。」
西尾だけではないけれど、あの我儘をずっと許していたら、本当に、大事な何かが全部なくなってしまいそうだ。
だけど、どうすればいいんだろう、こうやって、ささやかに吐き出すくらいしか、術を知らない。
「なんで弓道部と掛けてるんだ?」
「しーらない」
「俺の、ストーカーだからじゃないかな」
色は、特に感情を込めずに呟いた。
夜の住宅街の玄関先で、こんなシュールな会話……大半がえぐい愚痴、というのもなんだか、斬新な気持ちになる。
「あいつさ、本当はなんにもやってないのに、こっちが助けられてるみたいなこと、本誌で書いて、勝手に仲良くされてるのが、ほんと意味わかんない。逆だろって思うのよね。もしそうなら、別に脅威でも何でも無いんだから『今更』関わらなくて良いわけ」
橋引は、本当に西尾もゆう子さんも嫌いらしい。
俺も好きじゃないけど。
「まぁ、少なくとも、仲がいいとかの対等な態度じゃないよ。『当時』は、じゃあ『なにやってたんだよ。放って居たのか?』ってことになるし」
色が、感情を込めずに淡々と呟いた。
そう、西尾がそれこそ『今更』のようにゆう子さんを通して支援を押し付けてきたのが5年前。それまで、なんか銀行関係の事業もしていたみたいだけど、相次ぐ不正取引で駄目になったとかで、事務所からの現場作業に配置転換を予定しているみたいだ。
「でも、あんまり言うと、訴えられないかな?」
色がやや心配そうに言い、橋引きが、はぁ!?と声を上げた。
「大好きな! 私たちが! 悪者で!! 本誌では仲良くして? 訴えたら、もう本当……どうしようもないと思うの」
「そんなに仲が良いのに、5年前も何やってたんだか、って感じだしな」
俺も、呟いてみて、虚しくなってきた。
圧倒的矛盾にため息をついていると、ちょうどタクシーが通りかかった。
2022年2月1日~5時10分加筆
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