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艮くんの祖先。
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***
鬼切とはその昔、渡辺綱が所有していた刀である。その名の通り鬼の腕を切り落とした過去を持つ、鬼退治に使われていた刀。
あの時も彼は鬼切を持って現れた。退治をする為に。
「艮くんを返して欲しいんだけど」
同じく鬼切を持って目の前に現れた男は彼にとてもよく似ていた。きっと彼の子孫だろう。聡明な顔立ちに意志の強そうな瞳、柔らかい声質までもが彼に似ていて、一瞬だけ彼が生きている様な錯覚に堕ちいた。
『誰だ…それは』
「とぼけないで」
振り下ろされた刀を既で交わし柄を掴むと男が鋭い眼差しでこちらを睨む。
「その身体の持ち主だ。さっさと返して。じゃなきゃ…、」
『じゃなきゃ?』
「殺す」
刀を固定されたまま男は体当たりをし身体を半回転させた。掴んでいた柄がすり抜け男とまた距離が出来る。どうやらそれなりに戦えるらしい。
『お前に我が殺せるか?』
「言うこと聞いてくれないならね」
顔も声も彼にそっくりだが心持ちはそうでもないようだ。彼はあんな風に挑発的な笑みは浮かべなかった。心根の優しい男だった。
『この身そのものは奴のもの。お前には殺せぬ』
大事に想えば想うほどこの身体を傷つける事は出来ない。肉体が死ねば魂も死ぬ。それがこの世の理だ。
『どの道この身体は狙われる身だ。お前たち退治屋によって。…持ち主は弱い。我が扱ったほうが死なずに済む』
元に戻ったところで犬死にするのがオチだろう。ならばもう無理に表へ戻る必要はない。持ち主はもともと己の運命に、血筋に、絶望していたのだ。忘れたいのならば一生忘れさせてやろう。心の奥底で眠ればよい。
鬼切で打ち込んでくる男を受け流し空いた拳を腹に叩き込む。咄嗟に男が刀の柄で庇う。が威力の差は歴然で、金網まで吹っ飛ぶと背中を強打し地面に突っ伏した。
『目覚めてしまった今、我が支配したほうが此奴の為だ』
「…」
『引け…綱の子孫よ。お前では殺せぬ』
鬼切を持ってしても殺すのは難しいだろう。彼でさえ不意を突かねば殺す事が出来なかったのだから。
「…勝手なこと言わないで」
地面に血を吐き捨て男が立った。
「お前なんかお呼びじゃない、て言ってるの」
鬼切を構えた男から殺気が立ち込める。獣を狙う狩人の瞳。退治屋の瞳。ドクン、と心臓が大きく脈打った。
「…いいから艮くん返せよ」
こちらが動くより半歩早く男が動いた。刀を弾いて叩き込んだ拳を左手で払われ蹴りを避ける。不安定な態勢に追い打ちをかけるよう再度拳を叩き込んで鍔に弾かれる。吹っ飛んだ男が受け身をきって態勢を立て直した。そのまま間髪入れずに二度目の攻撃を仕掛ける。どうやら本気で殺すつもりらしい。
『殺せば此奴も死ぬぞ』
「解ってるなら返して」
『…良いのか?』
「…お前に乗っ取られるくらいなら殺したほうがマシ」
解らない。
勢い余って近づいてきた顔に拳を叩き込み交わされたところで腹に蹴りを入れた。倒れこんだ背中を蹴り上げ仰向けにすると鳩尾を容赦なく踏みつける。肋の折れる音がした。このまま踏み潰せば肺がやられてしまうだろう。
『…こんな古びた鈍刀で我を殺せると思うたか』
落ちていた鬼切を持ち上げ投げ捨てた。所詮これは鬼を斬ったとゆうだけの刀だ。鬼に対抗できる力がある訳ではない。それでも綱の子孫は鬼切に手を伸ばそうとしている。それほど鬼を退治したいのか。此奴を殺したいのか。
「…どうして…殺そうとする、のか…解らない…って、顔」
呼吸器を躊躇なく痛めつけられてるというのに男が笑った。
「…簡単に、解られて…たまるか……って、ね…」
憎くて殺すのではない。想っているから殺すのだとしたら。あの時彼が鬼切を持って現れた意味は何だったのだろう。…何だったのだろう。
「退治屋ァ!」
背後から降ってきた大太刀を避け右から殴りかかってきた長身の男を投げ飛ばす。投げ飛ばされた男は空中で態勢を整えると綱の子孫を抱えた。
『…前鬼と後鬼か』
後鬼が綱の子孫を下ろす。
「大丈夫ですか…?」
「助けてくれても艮くんはあげないよ」
「肋折っててよく言う」
大太刀を担いで前鬼が鼻で笑った。それでも綱の子孫を庇うように立っている。彼らから順当な鬼の血が香るがどうも味方ではないようだ。
「利害が一致しているまでは…貴方の加勢をします」
「合わなくなったら即決別だァ!」
正面から突っ込んで来た大太刀を両手で挟み、上空から降ってきた後鬼に大太刀ごと投げつける。前鬼を受け止めた後鬼がそのまま身を捻ると影から鬼切を構えた綱の子孫が姿を現わす。咄嗟に柄を握り喉元に突き立てられた鬼切を辛うじて止めた。
「チッ。不意打ちもダメか」
「離れて下さい…!」
「…ねえ」
『…?』
「帰っておいでよ」
『…』
「じゃなきゃ殺しちゃうよ」
ー 艮くん。
そう語りかけた顔は言葉とは裏腹にとても穏やかで優しかった。彼によく似た顔だった。
解らない。
解らない。だが。
彼になら殺されたい。
そう思った。
「…酒呑童子の様子が」
「待て!退治屋ァ!!」
「………さようなら」
さようなら。
きっと、ずっと前から望んでいたのだ。これを。
「………待った…っ、」
その声は自分の口から出たけれど自分の意思とは相反していた。身体が勝手に鬼切を押し返す。
「俺の知らない所で勝手に殺されてたまるか…てんだ、よ…っ!」
足が目の前の男を蹴り上げた。不意をつかれた綱の子孫はそのまま後ろに転がり込んで後鬼に助けられる。
「………艮…くん…?」
「散々暴れ回って挙げ句の果てには白旗か。これが俺の中の鬼とか堪ったもんじゃねェよ」
意識が薄らいでくる。身体が本来の魂を見つけたのだ。
「馬鹿にデカい気出しやがって…」
『…』
「…でもこれが俺か」
そう、これがお前だ。
人並み外れた力を持ち、それ故化け物扱いをされてきた。その血を色濃く受け継ぎ生まれてしまったのがお前だ。出来る事ならそんな運命を背負わせたくは無かったのに。
「…正直…すっげえ怖いけど」
『…』
「受け入れるよ。これも含めて俺ってことなら」
背負った子供らは自分よりも断然強くて。もし自分もこれだけ強かったならあの時も君を信じることが出来たのだろうか。………綱。
『この力、己が思うよりもずっと強大だ』
「だな」
『望まぬ運命を辿るかもしれぬ』
「かもしれねェな」
『…それでも受け入れるか』
「……受け入れる」
『…。』
「じゃなきゃ殺されそうだしな」
その目が綱の子孫を捉えた。
「…艮くん」
「…おう」
「艮くん」
「何だよ」
「おかえり」
「…ただいま」
彼の目に照れて笑う自分の姿が映った。
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