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勇者のいる場所は、城の地下のそのまた更に深いトコだった。
「触れるだけでいい。見れば分かる」
じーちゃんにそう言われたけど、じーちゃん自身もその封印を、遠目にしか見たことがないらしい。うっかり封印を開けないようにするためなんだって。
勿論他の王族の皆も同様で、実際には見たことないとか。今回、封印の側に一緒に行くこともできないって言われた。
封印に触れるのは、オレ1人。
プレッシャーもあるし不安だけど、王族の血を引かない近衛兵なら、同行しても大丈夫みたい。
その数人の近衛兵たちに連れられ、石造りの階段をひたすら降りる。窓もなくて真っ暗で、兵たちの持つたいまつの灯りだけが頼りだ。
空気はしんと鎮まってて、重くて、厳かな感じする。
「こちらです」
近衛兵にそうして示された狭い部屋の真ん中には、大きな封印の魔法陣があった。
――願わくは、彼に救いの訪れんことを――
魔法陣の真ん中には、そんな古い言葉と共に何かの文様が描かれてる。ツタのような蔓と葉に囲まれた、錠前。
これが、封印の鍵なのかな? そう思って魔法陣の側に立ち、しゃがみ込んでそっと触れると――突然胸のあたりが焼けつくように痛くなって、悲鳴を上げて倒れ込んだ。
「わっ、あああっ!」
痛い。熱い。まるでやけどしたみたいにヒリつく。
「ルーク様!」
兵の誰かの声がしたけど、とても構っていられない。何とか目を開けると、魔法陣がパァッと輝き、床ごと沈んで行くのが見える。
封印が開いた?
胸を片手で抑えつつ、這うように近寄ると、魔法陣のあった場所はどんどん下に沈み込んで、5メートル程のとこで鎮まった。
「危険です」
近衛兵に制止されつつ覗き込むと、大きく丸く開いた穴の底に、誰かがうずくまってるのが分かった。
「あちらに階段が」
近衛兵に教えられ、「うん……」とうなずく。
円筒状に開いた壁に沿うように、狭い階段が確かにある。兵と共にゆっくり降りると、チャリ、と鎖の音が聞こえてドキッとした。
「誰だ?」
低く響く声に、更に肩が跳ね上がる。
けど、ここで立ち止まる訳にはいかない。
「あの、勇者様……?」
おずおずと問いかけながら階段を下りると、またチャリリ、と鎖の音が響く。兵の持つたいまつの灯りだけが、黒々と中を照らしてる。
ようやく下に降りると、彼が太い鎖に繋がれてるのが見えた。手にも足にも枷が着けられてて、まるで囚人みたいだって、ギョッとする。
「えっ、なんで鎖?」
思わずぼそりと呟くと、「危険だからに決まってんだろ」って、また低い声がした。
とっさに腕を上げ、オレを庇うように前に出る近衛兵。オレもビビって、情けなくそこで立ち竦む。
けど、彼は「救国の勇者」のハズだ。
こんな風に、鎖で繋がれていい存在じゃない。
「すぐに鎖を」
兵の顔を見ながら言って、鎖の元をキョロキョロと探す。けどその鎖は、普通の囚人みたいに鉄球に繋がってる訳でも、鉄柱に繋がってる訳でもなかった。
鎖は不思議にも床から伸びてて、オレが触れた途端、一瞬でバラバラに砕け散った。
「え……?」
戸惑うオレの目の前で、ようやく「彼」も顔を上げる。
オレと同じか、ちょっと年上くらいの青年だ。真っ暗な狭い地下の中、たいまつの灯りに真っ黒な髪が照らされる。
オレを真っ直ぐに見たその瞳も真っ黒で、異端で、ドキッとした。
異世界から召喚された、人ならざる力を持つ勇者。その有名なおとぎ話がホントのことだったんだって、オレが理解した瞬間だった。
長い間うずくまってたらしい彼は、立ち上がると大きく伸びをして、「腹減った」ってぽつりと言った。
「食事! すぐに用意を!」
オレの声を聞き、上に残ってた近衛兵の1人が、足早に駆け去って行く。
「あっ、階段、歩けますか?」
そわそわしながら問いかけると、「あんたは?」って短く問われる。
「オレはルーク=ミッドワルドです、勇者様」
「ふうん、ミッドワルド、ね」
オレの応えに、皮肉っぽく鼻を鳴らす勇者様。その態度はすごく不敵で、どこか不穏。
最強の味方として呼んだハズなのに、肉食獣の前に立たされたみたいな、そんな不安な気持ちになる。怖い。
「アイツの子孫か」
ふん、と小さく笑われて、胸の奥がヒヤッとする。
「オレの名は、名木沢嗣人だ」
「チュグ、ト……?」
低い声で告げられた名前は、この国の発音とはビミョーに違ってて、話に聞く通り呼びにくい。
「ちゃんと言えるようになれよ。じゃねーと、オレを封印できねーぞ」
とん、とオレの胸を軽く小突き、勇者様はオレに背を向けて、ゆっくりと階段を登ってく。小突かれた場所は、さっき焼けるような痛みが走った場所で、余計にそこがヒリッとした。
迷ったけど、勇者様には取り敢えず、オレの部屋に来て貰うことにした。オレは、城住みの王族としては末席に近いし、その部屋は王城の端っこに近いとこにあるんだけど、その分静かでいいと思う。
勇者様も、特に「王に会わせろ」とかは言わなかった。じーちゃんの呼び出しもなかったから、多分、まだそのままでいいんだろう。
オレ専用の浴室でさっぱりと汗を流し、楽な服装に着替えた彼は、それから大量のご馳走の並ぶテーブルに座った。
何百年も封印されてたって割には、勇者様はちっとも汚れてなかったし、汗臭くもなかった。
不思議なことに、髪とかヒゲとかもちっともボサボサじゃなかったんだけど、それが「勇者」ってことなのか、封印の効果なのかはよく分かんない。
ただ、時間の経過とかは分かってたみたい。
「あれから何百年経ったんだ?」
って、ガツガツと食事しながら訊かれた。
「400年程です」
オレの応えに、再び「ふーん」と鼻を鳴らす勇者様。
会話も弾まない。視線も合わない。ただ、くっきり二重の彼の眼は、真っ黒じゃなくて焦げ茶色で、そのことに何となくホッとした。
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