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図書室へ勇者様を案内したところで、じーちゃん付きの侍従がオレを呼びに来た。勇者様じゃなくて、オレに用事があるらしい。
「オレ?」
「はい、ルーク様をお呼びです」
侍従にうなずかれてちょっと困惑する。けど、勇者様と侍従とをどうしようかと見比べてると、勇者様に「いいから行けよ」って言われた。
「オレはここで大人しく本読んで待ってっから。さっさと用事済ませて来い」
そう言われると、「分かった」ってうなずくしかない。
「すぐ戻ります」
「おー」
オレの返事に勇者様はひらっと後ろ手を振って、書架の方に歩いてく。その姿を見守る間もなく、オレは侍従に急かされるまま、じーちゃんの執務室に連れられた。
じーちゃんからは、勇者様の様子を尋ねられた。
「歴史が知りたいって、今は図書館に」
オレの報告に、「歴史か……」って重々しくうなずくじーちゃん。けど、勇者様の探す資料は、もしかしたら見付からないかもって言われた。
勇者召喚の方法と共に、その辺りの記録は全部、厳重に破棄されたんだって。王族の間で口伝として残ってるだけで、だから成人してないオレが何も知らないのも、無理はないって。
成人と同時に臣籍に下るつもりだったオレは、今回の事がなければ、勇者様の存在すら一生知らずにいたかも知れない。
「どうしてそんな、厳重に?」
不思議に思って訊いたけど、それは教えて貰えなかった。ただ、苦い顔で「勇者殿に不自由のないように」って言われた。
どうやら、オレがそのままお世話係もするみたい?
そんなこと聞いてなかったから、心構えも何もできてない。けど、確かにここで「じゃあ」って手を放してしまうのもイヤな気がする。
なんでかじーちゃんは、勇者様に会うつもりもないみたい。
「国の中枢を担う我々とは、関わらん方がいい。だが勇者殿との関わりは、お前の益になるだろう」
って。
それは、勇者様のためなのか、それとも勇者様を利用するためなのか、オレには判断つかなかった。何が有益なのかも分かんない。
ただ、勇者様の言う「対価」については、最大限、努力するつもりはあるみたい。
「できる限り望みに沿うようにすると、そう伝えなさい。ただ、できれば1度だけ、公衆の前にその姿を見せて欲しいと思ってる」
「公衆、の……。はい」
じーちゃんの言葉に、短くうなずく。
公衆の前に勇者様のその姿を。おとぎ話の英雄、救国の勇者の再来。それはきっと、隣国との戦を前にした民の不安を、一掃してくれることになるだろう。
民の喝采と称賛を浴びて、あの勇者様は一体どんな顔をするだろう? 英雄らしく、爽やかな笑みで手を振ったりするんだろうか?
頭の中に、さっき部屋で見せられた皮肉気な笑みが浮かぶ。
勇者様は、自分が「勇者」であることを誇りだと思ってない。何となくそんな気がして――胸の下、鎖骨の下あたりに、またヒリッと痛みが走った。
じーちゃんの執務室を出た後、急ぎ足で図書室に戻ると、幸い勇者様はまだそこにいて、本を片手にたたずんでた。
整った横顔は真面目な様子で伏せられてて、何となくだけど寂しそう。
何か、悲しい記述でもあったんだろうか? けど、勇者様に関する記述は残ってないっていうし、違うのかも?
「あの……本、どうですか?」
ためらいながら訊くと、勇者様は「ああ」って短い返事して、読んでた本をパタンと閉じた。
「歴史書って、ここ300年くらいのまでしかねーんだな」
オレなんか300年もあれば十分じゃないかと思ったけど、勇者様にとっては違うみたい。でも確かに知りたいことが調べられないのは、モヤッとするかも。
「さっき祖父、えっと国王陛下から聞いたんですけど。勇者召喚のこととか、諸々、全部記録に残してないそうで」
しどろもどろに説明すると、「なんだそりゃ」って呆れたように言われた。
「そうやって、なかったことにしようってか?」
愁いを帯びてた勇者様の雰囲気が、一瞬でビリッとしたものに変わる。空気がビンッと張りつめて、途端に息苦しくなってくる。
けど幸い、それは長くは続かなかった。
「はあ……ったく、しょうもねぇ」
ため息と共にそう言って、勇者様がふんと皮肉気に鼻を鳴らす。
キリッと濃い眉の間には深いしわが刻まれてて、唇はまた片方だけが歪んでた。
「どーりで、オレとすれ違っても誰も何も言わねーハズだ」
ふん、と小さく笑い、本を書架に戻す勇者様。
黒髪に暗いこげ茶の瞳っていう彼の姿は、やっぱりすごく珍しいとは思うけど、「勇者様」だって知らなければ、確かにただ珍しいってだけで終わるかも。
勇者様は、目立ちたいのかな? 自分が勇者だって知って貰いたい? でも、そんな感じじゃなかったよね?
そういえば地下室から出たときも、噂がどうのって言ってたのを思い出す。
みんなの視線、そして噂話。それをなんで彼が気にするのか、オレにはよく分かんない。その理由を不用意に訊くことも、今はちょっとできそうにない。
「今度は周辺国家についての本、探してくれ」
勇者様の言葉にこくりとうなずき、近衛兵と一緒に求めに応じて本を探す。
「あの、チュグト君……」
「嗣人だって。何?」
「ツグト君。あの……これからよろしくお願いします」
振り向いてぺこりと頭を下げると、勇者様は涼やかな目を見開いて、「なんだそりゃ」って苦笑した。
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