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「父さま」
「…カエンか…」
扉の外から声をかけても、扉を開けても、父さまは、俺に気づかない。
赤い花に囲まれた祭壇の上で、まるでただ眠ってるかのように、穏やかな美しい顔をした母さまが、横たわっている。
その母さまの顔を覗き込むようにして、父さまが、母さまの頬を撫でていた。
俺は、父さまの肩を強く掴んで揺らす。
ようやく気づいた父さまが、母さまを見つめたまま俺の名前を口にした。
母さまが亡くなってすぐに、身体が朽ちないように魔法をかけた。
炎の国では王族が亡くなると、故人と別れを惜しむ為に、三十日の間、祭壇に祀られる。
その後、王族の墓に埋めるのだ。
だけど母さまは、まだ埋められない。
俺は詳しくは知らないけど、母さまが「人は四十九日かけて天国か地獄行きを決めるんだよ。だから四十九日までは、愛する人の近くにいるよ」と父さまに話したことがあったらしい。
だから、母さまの身体は、四十九日を過ぎてから、父さまと母さまが出会った海辺の城へ運ばれることになっている。
それまでは、窓から中庭がのぞめるこの小さな部屋で、母さまは眠っている。
「カナ…今日も綺麗だね」
「ああ…今にも目を開けて俺を見て笑いそうなのに…。触れると冷たい」
「うん…。俺、まだ信じられないよ。毎朝目を覚ますと、カナが『カエンおはよう!』って起こしに来てくれるんじゃないかって期待してる。でも、待ってても来ないんだ…」
「そうだな…。俺も、眠る前も目覚めた時も、隣にいるはずのカナがいなくて、辛くて仕方がない…」
父さまは、母さまの頬を撫でていた手を止めて、今度は指で母さまの唇に触れた。
「ああ、まだこんなに赤くて柔らかいのに…。だがもう、動かないのだな…」
「父さま、そろそろ部屋に戻って休んでよ。本当は夜も眠れてないんだろ?カナと離れたくないのはわかるけど、父さまの身体も心配だよ」
「大丈夫だ。自分の部屋よりも、ここにいる方が落ち着く。…カエン、すまないな。俺がやるべき仕事を、おまえに押しつけてしまっている」
父さまが、やっと俺の方を見た。
その顔を見て、俺の胸が苦しくなる。
あんなにも凛々しかったのに、目の下には隈ができ、頬もこけて、まるで病人みたいになっている。
ーー元の父さまに戻るまでは、まだまだ時間がかかるのだろうな。
俺は優しく、父さまを抱きしめた。
「父さま…お願いだから、せめて夜はしっかりと寝て。眠れなくてもしっかりと休んで。仕事のことは気にしなくてもいいから。昼間は母さまの傍にいていいから。お願いだから父さままで倒れないで」
「…カエン、わかった」
父さまが、俺の背中をトンと軽く叩くと、俺から離れて母さまの手を握った。
俺は小さく溜息を吐くと、母さまの黒髪をそっと撫でて、部屋を出た。
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