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柔い痛覚 一
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「じゃ、ど」
或る日の昼下がり。ラプラソスはジャードの部屋の扉を三つ叩き、それからそこに寄りかかるようにしてうずくまった。
「ラプラソス…?どうした、大丈夫か…」
静かに扉を開けたジャードは、息を荒くして焦点の定まらない瞳で彼を捉えたラプラソスを発見した。どうやら腹が痛いらしく、壊れ物を扱うようにジャードはラプラソスをそつと抱き上げ、彼のベッドの上へと寝かせる。ラプラソスは呻くことすらむつかしいようで、拠り所のない掌でジャードの服の裾を掴んだ。
「おなか、いた…い……」
ようやくひり出された声は掠れるほどに小さく、瞳に浮かぶ涙は痛みと感傷によるものであった。
「どの辺りが、どんな風に」
「おなかの、下の方…きもち、わるい……」
ジャードは言われたところへ優しく重圧な掌を当て、ふむ、と呟いた。今までにあまりないほどにラプラソスは苦痛に苦しんでいる。
「と、兎に角…水枕を持ってこよう、あと焼き塩も…」
「ん……」
そう告げられた後、ラプラソスは次第に重くなる瞼を感じていた。体が浮いたような、それでも体の節々は腹痛を中心として痛みを蔓延らせている。一寸でも動く度に軋むような気もしたため、ただひたすらに窓から注ぐ日を眺めていた、
「大丈夫か…?」
戻ったジャードは声を少しばかりひそめ、そう問いながら部屋へと入った。ラプラソスは大人しく寝息を立てており、おそらく相当に体力が摩耗していたのだろうと眉を下げる。
ラプラソスがよく寝ていることを確かめると、腹のところへ負担にならないよう焼き塩の入った袋を当て、頭の下に水枕を敷いた。
「下腹部の痛み…気持ち悪さ……か……」
ジャードはぼうとしながら机に肘をつき、ラプラソスの症状について考え深けていた。一つ浮かんだ考えは、ラプラソスが男である限りありえないことであった。しかし、ふと不安も過ぎる。
「真逆なあ……」
すやと眠るラプラソスに横目を流し、ジャードは眉をひそめる。それから起こさぬよう、珍しく着ていたセーターの上から胸部へと掌を当てた。
「!」
ジャードはすぐさま手を引く。そこは柔い弾力を持っており、小さいながらも存在を示していた。それから足の方の布団を持ち上げると、シーツに染みはついていないものの、月経特有の血の香りがジャードの脳を燻った。
「う…不味いな……」
血に関する厄介な性癖を抱えているジャードにその現場は辛く、部屋を抜け出てトリゴノの部屋の前まで足を運んだ。ぱたぱたと足音がし、トリゴノが扉の隙間から顔を覗かせる。
「誰?お、ジャードか、どうしたの」
「ああ…あの…ラプラソスが…」
ジャードは言い澱み、それからトリゴノの方へ弱ったように視線を移す。トリゴノは小首を傾げ、彼を見上げながらドアノブに軽く肘をかけた。
「ラプが?」
「その…月経……」
「ん?ラプは男でしょう」
普段散々ラプラソスを可愛がる彼女でも彼の性別を理解しているらしい。得も言えぬような顔でジャードは唸った。
「女に…なってた……」
「ええ……?」
口では説明のしようがなく、トリゴノを連れてラプラソスの元へと戻る。ラプラソスは未だなお眠ったままであった。
「…なんでジャードの部屋にいるの?」
「…勘違いしないでくれ、腹痛が酷いと言って俺の所に来ただけだ」
「そっか」
トリゴノは躊躇なくラプラソスの側に近寄る。その匂いに気づいてか、ラプラソスはぼんやりと蕩けた目を開いた。
「…?と…りごの……なんで……?」
柔く温い掌をトリゴノの頬に当て、ラプラソスはそつと呟いた。
「ん、今もお腹痛い?」
「…なんか…息、苦しい……」
「そう…」
浅く息を続けるラプラソスを撫で、トリゴノはジャードの元へ戻った。ラプラソスはしばらくトリゴノを目で追い、そうして目を瞑った。
「ううん…あれは生理痛の症状だね」
「そうか…どうすれば…」
「あ、それよりも」
トリゴノは重い金の髪を揺らして顔を上げ、ジャードとその翠の目を合わせる。
「ラプ、ちゃんとナプキンとかつけた?」
「なぷ…?」
「駄目だよ、ちょっと…ラプ預かってもいい?」
「ああ…その方が助かる」
再びトリゴノはラプラソスの元へ寄り、ゆっくりとその体を起こす。体を起こしたとき、ラプラソスは少しばかり眉をひそめた。
「痛いね…でも少しだけ、ね」
彼女よりも背の低いラプラソスを支え、トリゴノはラプラソスを部屋へと運んだ。残されたジャードはしばらくぼうとしてから窓を開けた。ラプラソスのあの匂いが残っていては堪らない。一方部屋へ到着したトリゴノは、ラプラソスが本当に女体になっているのか不安で仕方がなかった。
「ね、ラプ…」
「う…?」
ラプラソスはぼんやりとトリゴノの声に反応した。目眩が断続的に起きるようで、ふらついては呻いている。
「今、女の子になってるって本当?」
「へ…そうなの……?」
「…多分…ちょっと、確認してみて……」
トリゴノはラプラソスから手を離し、背を向ける。ラプラソスはしばらく頭の中に疑問符を浮かべ、とりあえず履物の中を覗いてみた。
「…!」
「ど、うだった…?」
ラプラソスは全身でぞわりと驚きを示し、それから慌てふためいた様子でトリゴノに縋る。
「ち、血が、いっぱい、あと、なんもなくなって、」
「わ、落ち着いて……お腹痛くなるよ…」
「何…なんで…?」
「さあ…」
トリゴノにもそれはわからない。しかし、それで今するべきことは鮮明に見えた。彼女の部屋の棚を開け、脱脂綿を肌触りの良い布に薄く詰めたものをラプラソスに手渡す。ラプラソスは小首を傾げ、再び腹を抑えた。
「なあに、これ」
「その血を吸うやつだよ、使い方説明するから…ああ、そうだ」
「?」
ちらとラプラソスの履物を見やり、血の染みていないことを見るとトリゴノは一旦ラプラソスを机の椅子に腰掛けさせた。それだけでもだいぶましなようで、ラプラソスは表情を和らげる。
「お風呂どうしようね、一緒に入る?」
「なんで?」
「ラプ、今の様子だとお風呂で動けなくなるかもしれないし…心配だから」
提案をありがたく思いながらも、語尾の少しの間にラプラソスは眉をひそめた。
「…ほんとにそれだけ?」
「……それだけ」
果たして今女体なだけで異性と風呂に入るという行為を認めて良いものなのかとラプラソスは一瞬間戸惑ったものの、トリゴノはまったくもって気にしていない様子である。それからトリゴノはラプラソスを手洗いへと連れ、本来彼らは使わないはずの便器へと腰をかけさせる。
「初めて入った…」
「そうだねえ、特にラプは隠すようなこともないしね…」
ラプラソスはくるりと個室を見回す。トリゴノは気を散らすラプラソスの頬をつつき、手元の布へと注目させた。
「これはね、中に吸水性のある棉みたいなのが入ってるの」
「ほんとだ」
「まあこれを下着につけるんだけれど、どろどろになっちゃうからそうしたら中の綿を出して、そこの屑入れに捨ててね」
「ん」
「手が汚れちゃうから箸みたいな棒で掻き出すのがおすすめ」
「なるほど…」
「そうしたらあとは布を水にさらしてから石鹸でよく洗って、血が落ちたら乾かすの」
「わかった!」
粗方説明が終わると、トリゴノは数枚の布をラプラソスに渡し、個室から出る。ラプラソスは言われて持ってきていた新しい下着を着け、その上に布を重ねた。
「ね、トリゴノ」
「ん?」
「汚れた方、どうしよ…」
「ああ…洗えば落ちるけれど…洗おうか?」
「やっぱり恥ずかしいから捨てる…」
屑入れに汚れた下着を入れ、再び履き直した。滑らかな布とはいえ違和感のあるそれに、しばらくもぞとしてから鍵を開ける。
「できた?」
「うん…」
「しばらくすれば馴染むよ、大丈夫」
トリゴノはラプラソスの柔い若葉の髪を撫でる。それからも基本的な月経の知識を教えられ、一日は過ぎてしまった。すっかり腹痛に体力を削がれたラプラソスはあまり食欲もなく、同室であるという理由から唯一このことが教えられていたスクラムの運ぶ水菓子のみを口にしていた。
「食べられるか?」
「ん…大丈夫…ごめんね、ラム…」
「いや…オレは別にいいんだけれども…」
スクラムは確かに前よりも柔くなった掌や首筋を見、目を伏せた。前ですら一等男らしくないという評価を得ていたため、今のこの状況に違和感がなく、むしろ自然に感じている己を少しばかり叱咤していた。
「何か…苛々したりしても我慢するなよ」
「なんで?」
「どこかで月経っていうのは不安定になるって聞いたことがあったから…」
「ふふ、ありがとね」
ラプラソスは柔い微笑みを浮かべる。それから少しばかり入っていた布団を腕で押し上げ、シーツをもう一方の掌で少し叩いた。
「…じゃあね、ここ来て欲しいな」
「ん、わかった」
スクラムは碧い瞳で目の前のひとをよく見、寝台へと乗り上げる。布団は温く、横になるとラプラソスはスクラムの腕の中へ身を埋める。
「どうしたの」
「なんかね、安心するから…」
そのままスクラムがラプラソスの背に掌を当て、撫でてやるとラプラソスは胸板へと額を当てる。それからスクラムはそこが湿るのを感じ、撫でる掌を軽くあやすように叩く動きに変えた。
「…なんで、泣いてるの」
「わかんない…ジャードのとこに、行ったときもそうだったの…なんでかなあ……」
「さあ……」
またラプラソスは瞼が重くなるのを感じ始めていた。スクラムの持つプールのような香りはラプラソスの鎮静剤の代わりとなり、少しばかり涙も落ち着く。そうして闇に意識を投じ、月経特有の不可思議な夢を瞼の裏に見始めていた。
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