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条件付きの恋
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どうでも良い事だが俺、雛菊ひなぎく (じゅんいち)は活字中毒者である。
といっても、「本でも新聞でもなんでもいいから、なにか読んでなくちゃいられないっ!!」という様な程ではなく、本が読めると幸せだなぁと思う程度の軽度の活字中毒者である。
…それは活字中毒じゃないって?
でも本とか読んでると、つい時間を忘れちゃって…飲まず食わずでお手洗いのみに立ち上がり、その他は本を読み続ける状態を気が付けば39時間ちょい過ぎ。とかやっちゃってます(笑)
あの時は確か…飛鳥(あすか)に止められたんだっけ?
あ、飛鳥っていうのは、俺の恋人です。
寝て起きてもまだ俺が本を読んでいて、しかもご飯も食べないから凄く心配したみたいで…いきなり俺から本を取り上げて、強制終了させたんだよね。
まぁ、俺はすげー怒って本を取り返そうとしたんだけど、その、ごにょごにょされて、まぁ、ね………あはははは。
話がずれました。元に戻します。
とまぁ、そんな軽度活字中毒な俺だから、本ならジャンル問わず読み漁るのですよ。
恋愛、ファンタジー、ミステリー、エッセイ等々、その他なんでもござれよ的な感じで。
そんなある日、それを知った友人が最近のお気に入りなんだといってとある本を貸してくれた。
勿論、俺は読みましたよ。
例え友人が貸してくれた本が思いっきり内容が濃いBL本だったとしても。
Boys Love。つまり男と男が愛し合う物語だ。
ここまで来れば大概の皆様はお分かりだろう、俺の友人は腐男子だったのだ。
(…っていうか、ノンケだった奴にこんな濃い内容の本を貸すなっていう話だ)
(………内容ですか?……それはまたの機会にお話したいと思います)
けどまぁ、小学生の頃から全寮制で、周りにはゲイやらバイやらいて、っていうか実際男と男の恋人同士なんてフツーに周りにいる状況の俺には、内容はともあれBL本など特に気にもせず、その本以外にも本を貸してもらっては読んでいた。
その友人から貸してもらった本の中に、一冊だけ俺達と同じ様な金持ちの息子が通う全寮制の高校を舞台にした本があった。
物語の内容は主人公がとても美形な友人に恋をする話。
内容ははしょらせてもらうが、最後はハッピーエンド。
二人の恋路は全校生徒は勿論、己らの家族にも認められ、幸せ一杯な二人は無事結ばれて高校を卒業した。
あの時の俺は本を読んで、「へぇ、良かったね」って思う程度だった。
けど、今の俺には……。
「……ふぅ」
丁度一冊、本が読み終わった。
俺は長時間同じ姿勢で本を読んでいた為に強張ってしまった体を伸ばしながら、小さくため息を漏らした。
ふと雨音に気が付き窓に目を向ければ、暗雲に土砂降りの雨。
「うわぁ、いつの間に……」
全然気が付かなかったなぁ、なんて思いながら耳を澄ましてみる。
図書室の静かな空間に唯一響く激しい雨音。
いつもの無音も良いけれど、耳に響く雨音も心地よくて、俺は心が安らぐのを感じた。
「ここで過ごせるのも、もう終わりか…」
俺以外には誰もいない図書室を見渡しながら、苦笑交じりに小さく呟いた。
読書好きもあって一年生の時から図書委員になった俺は、誰よりも図書室に入り浸っていたせいか当然の如く三年生では図書委員長を務めさせてもらった。
図書室の鍵を管理するのは図書委員長の仕事だから、俺は他の図書委員みんながいなくなった後、時間が許す限りここでゆっくりと過ごし、大好きな恋人を待っていた事もあった。
けど今日で図書委員長の役職は後輩に引き継いだからそれもおしまい。
俺自身卒業に向けて色々と動き出さないといけなくなる事もあって、今迄みたいに過ごす事も出来なくなってしまう。
放課後の図書館に一人静かに過ごすこの時間がもうすぐ終わりなのだと思うと、やはり…寂しく感じるのだ。
「…ヒナ?」
聞き慣れた声に本日三冊目の本から目線を上げ振り返れば、そこには俺の待ち人であり恋人である日音(ひおん)飛鳥(あすか)がいた。
どうやら生徒会の仕事が終わったらしい。
「お疲れ様、飛鳥」
「待たせて済まない」
待たせた事に対して済まなそうな表情をする飛鳥に俺は微笑んだ。
「本読んでると時間なんて気にならないんだから、全然平気だよ」
逆にありがたいよと本心を伝えながら俺は飛鳥を手招き、自分の隣に座る様に促した。
「けど、いつもより遅かったね」
いつもなら18時には来るというのに、時計の針は既に20時を指している。
「引継ぎがなかなか終わらなくてな。実は今日もまだ終わってないんだ。だから明日も行かなきゃいけない」
「さすがは生徒会長様、大変だねぇ」
「元生徒会長だけどな。ヒナのとこは?」
「引継ぎが終わってるかって?もち、あたぼーよ」
「さすが。有能な図書委員長は違うな」
「同じく元図書委員長だけどね」
本当は生徒会程引き継ぐ内容も少ないからなのだが、あえて否定しないでおいておく(有能も含めて(笑))
あ、ちなみになんですが。
『もち、あたぼーよ』っていうのは、『勿論、当たり前さ』っていう意味なんだけど、意味が分からない人もいるかもかも?
まぁ、大体の人は聞かないし言わないもんね。
なんか元々は江戸っ子言葉だったみたいで、俺ン家(おれんち)は昔から使ってる言葉なんだよね。
そういえば、飛鳥も最初にいった時は、なんだそれ?っていってたしね。
今じゃ当たり前に使ってるけど。
俺の言葉に飛鳥は苦笑しながら横に腰かけると、軽く啄む様なキスをしてきた。
「……んっ…」
慣れたキスに応えながら、これも終わりなんだなぁと考えてみる。
…やば、大分寂しい。
勿論キスはこれからも卒業するまでやると思うけど、放課後の図書館ここでのキスは出来なくなる。
…やっぱり新図書委員長にお願いして鍵の管理だけはもう少しやらせてもらえる様にお願いしてみようかな。
なんて考えてみるが、それってきっと執権乱用になるし…。
「なにを考えてるんだ?」
キスは止めたけれど、唇は触れたまま飛鳥が話しかける。
どうやらキスの最中に違う事を考えていたのに気が付いたらしい(一応キスの事だけどね)
カッコいい顔が今はちょっと拗ねた表情かおになっている。
そういえば、最初はこの美形過ぎる顔に慣れなかったなぁ。
かっこよすぎて。
今じゃもう慣れたけど、最初の頃は顔を赤くしてしまって、飛鳥にタコみたいだって何度か笑われたな。
「ヒナ?」
そう、あと飛鳥の声。
これにも慣れなかったな。
飛鳥の声を色気があるから、呼ばれるとこう、ぞくっとくるんだよなぁ。
(ちなみにベットの上ではまだ慣れない。っていうか、この声には一生慣れないと思う。)
「ヒナ」
あ、やば。ちょっと考え過ぎて無視スルーしてた。
「あ、あぁ、ごめんごめん。ここでキスするのも、もう終わりなんだなぁと思ってさ。」
「…あぁ、そうか。鍵の管理は新図書委員長の仕事だからか」
「そうそう。もう少しやらせてもらおうかなーなんて思ったけど、それはしちゃ駄目だよなーって?」
「まぁ、そうだな」
本当はしたいんだけどね。我慢します。
苦笑しながら俺は肩を竦めると、飛鳥は小さく笑いそのままもう一度キスをした。
「てか、もうすぐ卒業なんだよね。俺達」
「…あぁ、そうだな」
お互いの肩を寄せながら窓の外に目を向けば、相変わらずの大雨。
今夜は寝れないかもー。
いや、そういう意味じゃないですよ?雨音が五月蝿くて寝れないかもって話です(笑)
「卒業は嫌か?」
「…そうだね―。進路はもう決まってるけど、親の会社の仕事もそろそろ本格的に始めなきゃだし?今までサボってた分頑張らないとだからねぇ」
「そうか」
「さらにだよ?なんか親父が新しい物に手を付けようと考えてるみたいでさ。そっちも勉強しないとだし。もう大変なんだ」
「それは、大変だな?」
にやりと意地悪く飛鳥が笑った。
五月蠅いな。
首席の飛鳥様には俺の気持ちなど分からんだろうさ。
「むぅ、余裕こいてやがるな。飛鳥はどうなのさ?」
「俺か?まぁ、親の会社関係は今までも何度かやってたからな。そこまで気負ってないさ。けど…」
「…けど?」
「…―――ヒナとの恋人関係が終わるのが嫌だな、俺は」
(……ズルい。ここで言うなんて。)
「……約束したでしょ?付き合う時に」
「そうだな」
「付き合うのは卒業するまでだって。」
「そうだな」
「飛鳥もそれに了承したよ?」
「そうだな」
でも、と飛鳥は呟く。
「それでも、俺はヒナとこのままでいたいよ…」
普段とは全く違う、震える様なか細い声で飛鳥は呟いた。
飛鳥の言葉に、俺も、とそう何も考えずに言えたら、どんなに幸せなのだろうか…。
けど、俺にはいう事が出来ない。
飛鳥の言葉にも、俺の本音にも是と答える事は出来なくて…
俺は何も応えられなかった。
中身は安っぽい俺だが、家はそこそこの会社であり、俺はそこの跡取りだったりする。
一応、下に弟がいるけれどちょっと歳が離れてるから、やっぱり俺が継ぐっぽい状態だ。
そして婚約者もいたりする。
そこの婚約者とは会社同士の…まぁ今時古いが、いわゆる政略結婚という奴で、そのせいで俺は断りたくても断る事も出来ない状況なのである。
しかも婚約者の家の方が家柄が上なんだよねー。
しかも運の悪い事に婚約者家(あちらさん)は俺の事気に入っちゃってくれてるから、尚更断る事が出来ないんですよ。
それにこの学園にいるから気にならないが、一応世間様では同性愛者は…異端だ。
認められる事は中々出来る物ではなくて、ましてや俺は跡取りだから子供を作らないといけないし。
(ちなみに飛鳥の家は家柄はメチャメチャ上だけど次男だから継ぐわけではないらしい。)
何もかも捨てていける覚悟も俺には無いから…だから俺は、飛鳥と付き合う時に条件を出したんだ。
『 付き合うのは卒業するまで 』
『 卒業してからの関係は友人、あるいは良い取引相手でいる事 』
告白した相手にこんな条件を出されたら、普通ならドン引きされるか「ふざけんじゃねぇ!!」なんて言われるかで付き合う事なんて無いと思うけど、飛鳥はこの条件を了承してくれた。
いやー。その時の飛鳥、チョーカッコイかったんですよ!!
実をいうとそこそこ人気がある俺は今までも何度か告白された事があったんだけど、だいたい条件出してはい残念~っていうパターンだったんだよね。
まぁ、別に悔しいとか悲しいとか以前に気にしてなかったんだよね。
しょうがないかって感じで。
けど飛鳥に告白されて色々驚いたし、凄く嬉しかった。
勿論、我らが生徒会長がこんな俺に告白!?ていうのもあったけど、一番は条件を出した俺に飛鳥が誠意を持って答えてくれた事。
今でもあの時の飛鳥を思い出すと、こうタコみたいに顔を赤くしてしまうんですよ。
すると耳元ではぁ、とため息が聞こえた。
「…悪い」
「なんで飛鳥が謝るのさ」
「ヒナが言った条件を、反故しようとしたから」
「…別に平気だよ。反故する事は出来ないけど言うのはタダなんだし」
気にしないでとの意味も込めて、飛鳥の膝をポンポンと叩く。
するとクスリと飛鳥が笑って、俺の手に手を絡めた。
「…タダなんだ?」
「そう、タダだよ」
「じゃあ、タダだから言うけど」
「うん」
「…本当はさ、その条件を撤回させてやるって思ってたんだよ」
「―――……は?」
思わず飛鳥を凝視すると、罰の悪そうな表情で自分を見ていた。
「ヒナが俺から離れられないくらい俺を好きにさせて、ヒナから条件を撤回させられればと思ってた」
「…マジスかー」
「マジっすよー」
「……ほんと?」
「ほんと」
「………」
「驚いたか…?」
「…めっちゃ驚きましたよー」
飛鳥はこれでもかというくらいに目を丸めて驚いている俺を見て、してやったりとでもいうかの様に笑った。
「俺はそんな物分かりの良い人間じゃないんだよ、ヒナ?」
いつもはカッコいーって叫ばれている生徒会長様が、時代劇の悪代官様みたいな顔に見えた。
(…――――水戸黄門様はどこだー?あ、その前に助さん、角さんが先か)
「…最初から、思ってたの?」
「あぁ、最初から思ってた」
いや、即答しないで下さいよ、飛鳥さん。
「ヒナが告白した奴に条件を出しているのはずっと前から知ってた。そしてその条件が告白を断る為だけの物でも無いのも、告白した時のヒナの様子を見て分かった。だけど俺はそんな条件じゃあヒナの事を諦められなかったから、その時は条件をのんだんだ。」
「その時は…なんだ。」
「あぁ」
「という事は、最初から条件を破る気だったと?」
「あぁ」
いやいや、飛鳥さん。
だから自信満々にいわないで下さいよ。
「………」
「でも俺は最初から条件を破る気だったが守るつもりはあったぞ?遠まわしにいう事はあっても直接いった事はなかった筈だ」
「…今日言ったじゃん」
「それはヒナがいうのはタダだって言ったから」
「それいう前に飛鳥が言ったんじゃんっ」
「そうだったっけ?」
はてと、わざとらしく首を傾げるアスカにちょっと苛立ったので、俺は飛鳥の頬を軽く引っ張った。
「いててててて…」
「首傾げてもアスカじゃ可愛くない」
そういうのはチワワ君達がやって良いものだ。
例えば、お人形みたいな飛鳥の親衛隊副隊長の加々美(かがみ)君とか、つぶらな瞳が魅力的な生徒会庶務の錦野(にしきの)君とか。
もしかしたらかろうじて俺も大丈夫かも知れないが、決して飛鳥はやってはいけない物だと思う。
そう、男前イケメンがやっても嫌味でしかないと思うのだ。
この、イケメンめ。
「ヒ、ヒナさん?」
おっと、どうやら軽くやり過ぎてしまったみたいだ。
「………」
もうちょっとやっても良いかなぁ、なんて思うけれど、あんまりやると可哀相なので音を上げたところで離してやる。
想像よりもちょっと頬が赤いのは、気のせいだと思う事にしといた。
「あー、いってぇ……」
「痛くないよ、軽くやったもの」
「………」
「………なに?」
「…いいえ、なんでもアリマセン」
横から何かいいたげの視線を感じて問いかけてみれば、飛鳥は視線を逸らしながら答えた。
うん、それで宜しい。
「まぁ、話を戻してだな…」
飛鳥は少し離れていた俺の腰を自らに引き寄せ、こてんと俺の頭の上に自分の頭を重ねた。
むぅ、そういう事すれば俺が許すと思ってるよ。
…許すけど。
「確かに俺は約束を破る気だったけど、それと同時にヒナの覚悟も守りたいと思った。けど俺は諦められなかったから…」
「飛鳥は取り合えず俺と付き合って三年かけて俺の気持ちを変えて、条件を撤回させたかったんでしょ?」
「あぁ、正解だ。……半分だけな」
「…半分?どういう意味?」
「さっきも言ったけど俺はヒナの条件を破る気でもあったが、守りたいとも思ってる。だから俺はヒナがどちらを選んでもいい様にしたかった」
「それは、俺が条件を撤回させて、飛鳥を選んでもいい様に?」
「いいや、違う。それだと、俺を選んだヒナは、選ばなかった方に悪いと思って辛いだろ?」
「……まぁ、そうだね」
確かに、俺は思うだろう。
俺が飛鳥を選んだとしたら、まず俺は両親に謝りに行くことになる。だけど他に好きな人が出来た、でも男です、なんて言ったても家族を困らせるだけだろう。
そしてもし両親にOKをもらったとしても、今度は両親が婚約者の家に謝罪しに行く事になる。
…きっとそこでも揉めるだろう。
婚約破棄になったとしてもならなかったとしても、恐らく会社同士の関係は悪化するに違いない。
まぁ、そんな事態になったとしても俺ん家の会社はつぶれないと思うけど、きっと俺は…家族に顔向け出来ないと思う。
…現実リアルすぎるって?
でもどう考えても、きっと未来(さき)はこんな感じになると思う。
「…そんな顔させたくて、言ったわけじゃないんだけどな」
すると飛鳥が俺を抱きこむ様にして抱きしめてきた。
「俺も親父に聞いたんだけどな」
飛鳥はコホンと咳払いを一つした後、俺の頭に頬を擦り付け、若干の甘えモードで話を続け始めた。
俺の心境は大きな猫?虎?にじゃれ付かれている感じなのだが、時々やっている事なので気にせずそのままにしておく。
ここは人の目も無いしね。
それに、さっきの暗い気持ちも少しは薄れるし。
「今まで当たり前にあった物が、無くなったり、増えたり、形を変えたり、はたまた全く別の物になったり…現在(いま)の俺達じゃ想像が付かない変化は確かに怖いけれど、変化は恐れる物じゃなくて俺達から変かえて化ばかしていく物なんだってさ。」
「…変えて化かす?」
「要は叶えたい希望があるなら受け身じゃなくて、俺達が動いてその希望を結果、変化にしろって事」
例えばと、飛鳥は小さく呟く。
「例えばヒナがもう少し図書室の鍵を管理したいなら新図書委員長の福崎(ふくさき)に交渉してみるとか」
「そんなの…無理でしょ」
「いやいや、福崎はヒナを尊敬してるから、案外簡単にOKしてくれるかも知れないぞ?……っていうかヒナがそう思うだろうと思って、俺は既に福山に交渉してOKもらったし?」
「……えっ?」
「好きなだけやって下さいってよ」
「え、本当に!?」
「本当だよ。だから明日も待っててくれよ?」
「…もち、あたぼーよ」
まじすか、さすがは飛鳥様。
もうちょっとだけ飛鳥を図書室ここで待てる事が嬉しくて笑みを浮かべる俺を見て、飛鳥も嬉しそうに笑った。
むぅ。ありがと。
俺は感謝の気持ちを込めて、飛鳥の手を握る。
すると当たり前の様に飛鳥が手を握り返してくれた。
こんな時、やっぱり好きだなと思う。
それとか…と飛鳥は楽しそうに言葉を続ける。
「例えば俺が生徒会長の特権である一人部屋にせめて卒業までヒナと一緒に住みたいと思って…」
「いやいや、それこそ寮の規則として駄目なんだし、無理でしょ!!」
「…と思うだろうが、寮監に相談したらスッゴイ良い笑顔でOKしてもらったぞ。」
「うそぉ…」
「何でも俺の他にも同じ様な要望がいくつもあったらしくて逆に困っていたらしくて。むしろ生徒会長様がやりたいなら正式許可を出してくれって」
けどまぁ、一応規則は変えられないので、対象は全校生ではなく、三年生のみという事になったらしい。
「マジかぁ…」
「という事なので、今日から俺の部屋に来いよ、ヒナ?」
「……考えとく」
なら今日の夕飯は飛鳥の好きな鯖さばの味噌煮にしよう。
なんて思う辺り、俺も飛鳥と一緒にいられる事が嬉しいらしい。
「例えば…」
「まだあるの?」
面白くて笑いながら尋ねれば、飛鳥はにやりと笑いながら答える。
「生徒会長の引継ぎがもし明日やっても終わらなかったら、残りは引継ぎノートを自分で見て、分からない所だけ俺に聞きに来るので良いよな?って新山(にいやま)に言ってみたんだが…」
「え、もしかして良いって!?」
「そんなの駄目に決まってるでしょっ!!って怒られて、最後なんだからそれ位やらないでどうするんですかっ!!って説教されて来たよ」
「ですよねー。っていうか遅かったのって、説教それが原因だったりして?」
「………」
「…え、ほんと?」
「うるさい」
どうやら説教の場面を思い出したのか、先程の笑顔が嘘だったか、拗ねた様に飛鳥は口を尖らせた。
いや、あんまり可愛くないよ、ソレ。
って言ったらさらに拗ねた飛鳥さん。
うそうそ、可愛いよ(笑)
それより飛鳥に説教できるなんて、さすがは新山君。
彼が生徒会長を務めるのなら、来年はきっと安心だ。
「まぁ、また話がそれたから戻すけど。変化っていうのはただ変わって行くものじゃなくて、変えるもの。例えそれが良くても悪くても、な」
「なるほどねー」
「だから俺、ヒナに条件を言われた時に断らなくて本当に良かったと思ってる」
「それは…本当に?」
それは、俺がずっと気になっていた事。
俺にしてみれば例え期限付きだったとしても、飛鳥と過ごせて幸せだった。
けど飛鳥は俺といて良かったのか?
例えばあの時、飛鳥の告白を俺が断っていれば俺なんかじゃなくて、俺よりもっと可愛い子が飛鳥と恋人になれたんじゃないかって、ずっと思ってた。
恋人が俺じゃなければ、飛鳥は卒業しても、ずっとその人と、生涯幸せに過ごせたかも知れないのに…って。
そんな事を考えていると、飛鳥の顔が見れなくなって目線が下へと下がっていく。
「…確かに期限付きってのは、残り時間の事を考える度にとても辛かった。あぁ、あと何年、何ヶ月しかいられないって、月日が過ぎる度に考えてた。でも、ヒナの良い所も悪い所も、緊張すると左手の小指を触る癖とか、俺に甘えてきてくれる時の表情とか、俺だけが知るヒナを沢山知る事ができた」
飛鳥は微笑みながら、優しい手つきで俺の頬を手を添え、目線を合わせた。
「勿論、今まで泣かせた事もケンカもした事もあったし、全部が良い事って訳じゃなかったけど…俺は、ヒナが俺を選んでも選ばなかったとしても、こうしてヒナと過ごせた事に後悔なんてしない。俺はひなと過ごせてとても幸せだ」
俺は飛鳥の手に自分の手を重ね、飛鳥の手に甘える。
「…ねぇ、さっき言ってた残り半分の正解はなんなの?」
俺はからかう様に聞いてみれば、飛鳥は苦笑しながら答えた。
「残り半分の正解は、ちょっとでも良いからただ単純に、ヒナと一緒にいたかったって事だ」
「…そっか」
俺は飛鳥の手のひらから温もりを感じるかの様に目を閉じれば、飛鳥はくすりと小さく笑って、俺にキスをした。
(…別に飛鳥にキスして欲しくて目を閉じた訳ではないよ…飛鳥が勝手にしてきただけ。)
「……ひな」
「…ぅん?…なあに?」
「今まで俺と一緒にいてくれてありがとう。そして関係が変わったとしても、これからも宜しく」
「…俺も飛鳥と過ごせてすっごい幸せだよ。これからも…ずっとよろしくね」
そして俺達は、どちらともなく再びキスをした。
…うん。俺は本当に幸せ者だ。
「帰るか?」
「うん」
なんだかんだ言いあって、なんだかんだじゃれていたら、20時を過ぎていた。
明日も学校はあるので、俺は飛鳥の言葉に素直に頷くと椅子から立ち上がる。
そして俺は窓の鍵が閉まってるか、PCの電源がOFFになっているか等の図書室閉館時の最終チェックを行った。
ちなみに俺が最終チェックをやっている間に飛鳥が座っていた椅子を片付ける、という役割かんじでやっている。
「OK?」
「おっけー」
飛鳥と揃って図書室から出ようとした俺は、鍵を閉める前にと思い扉の前で図書室を見渡した。
飛鳥のおかげで鍵の管理はもう少し出来る様になったけれど、俺の図書委員長の役割は今日で終わり。
やっぱり、寂しいわ。
けれどずっとここにいて飛鳥が風邪でも引いてしまったら大変なので、俺は再度見渡し、軽く頭を下げてから鍵を閉めた。
今までありがとございました、そう心で呟いて。
「お疲れ様、雛菊図書委員長」
「ん、ありがと」
寂しさからかポーっとなっている俺を見て、飛鳥は苦笑しながらポンポンと頭を軽く叩いてくる。
さすがは俺の恋人。
俺のツボを良く分かっている。
そのまま頭をポンポンされている俺は横に並ぶ飛鳥を見上げる。
「…ねぇ、飛鳥」
「ん?」
「俺達はこれからも逢えるよね?」
飛鳥は俺の言葉を聞いて、軽く頭を叩いていた手を止めた。
「卒業して、俺達の関係が恋人じゃなくなっても、俺は飛鳥に逢いに行ってもいいんだよね?」
「当たり前だろ」
きっと俺は不安そうな表情でもしていたのだろう、俺の問いに即答した飛鳥はふっと俺を安心させる様に笑うと俺の肩を抱き寄せた。
「その為の条件だろ?」
…そうだ。
卒業して、俺の予定通りに離れ離れになったって、運良くこの関係のままだったとしたって、もしかしたらこの関係を最初から無かった事にするかも知れなくたって、俺と飛鳥は条件があるからいつでも逢えるんだ。
「まぁ、条件なんて無くたって俺はヒナに逢いにいくけどな」
それに俺はまだ恋人関係続行作戦を諦めてないぞ?なんて先程の悪代官並みの笑顔でニヤリと飛鳥は笑った。
「…悪代官め」
「はぁ?悪代官ってなんだよ…」
あ、聞こえちゃった。
「じゃあさ、もし俺が飛鳥に逢いたくないって言ったら、どうするの?」
俺は飛鳥の言葉を無視して思わず聞けば、飛鳥は一瞬だけ考えるそぶりを見せた後、自信満々に答えた。
「そうだな…。そうなったらヒナの会社の株買い占めて、会社乗っ取って逢いに行くさ」
「うわ、それは止めてもらいたいな」
飛鳥なら本気でやってしまいそうで怖い。
「なら俺がそうしない内に逢いに来る事だな」
にやりと笑う飛鳥。
けれど瞳は優しく俺を見つめていて、今回のは悪代官には似ていなかった。
「…しょうがないな」
俺は苦笑すると、肩にある飛鳥の手を取って、自分の手と繋ぐ。
「行くか?」
「うん、寒いしね」
そして俺は飛鳥を引っ張る様にして、歩き出した。
【 条件付きの恋 】
俺の恋は冒頭で言ったあの本の様に、ハッピーエンドで終わるのか、終わらないのか、全く分からないけれど。
此れを哀しい恋と言うのか、
此れを幸せな恋というのかは、
読者様次第、ということかな?………。
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