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第14章ー7 交渉成立
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「よくある話だな」
「そうなのですか?」
感想を述べた圭一郎に問う。
答えは有田から帰ってきた。
「オーケストラとは、1つの集団です。その中でも、独特の自治がある場合も多いのです。海外ではしょっちゅうそう言った団員同士の諍いが起こります」
「団員同士だけじゃないよ。指揮者と団員もね」
「お互いプライド高き演奏家です。ぶつかり合い、潰し合い、対立、独裁など、綺麗事ばかりの集団ではないと言うことです」
あんな美しい音色を奏でるのに。
内情は昼ドラ的な感じなのか。
澤井と保住は顔を見合わせる。
「そのオーケストラには悪いが降りてもらって賢明でしたね」
有田の言葉に澤井は「そうでしょうか」と尋ねる。
「一度揉めた集団は、どちらかが去るまでは続きます。和解は難しいと言われます。どちらも残って和解するには、3月は間に合わないでしょう。また、どちらかが去ってもまた、人数も減り、元のレベルに戻るまでには時間がかかる。こちらもまた、3月には間に合いません」
「そうですか」
澤井は複雑な表情だ。
保住は黙って座っていた。
「で、先生。私たちは新たなオーケストラを選定しなければなりません。しかし、我々は素人だ。時間も予算もない中で、どうにも困っているところです。なんとか、ご相談に乗っていただけませんか」
圭一郎はじっと澤井と保住を見る。
「そんなこと言って。何か企んでいるようだけど?はっきり言われないと分からない質でね。そちらの美人さん、何かあるんじゃない?」
有田もメガネをずり上げる。
先ほどまでのふざけた空気は消えて、ピンと、張り詰めた空気が漂う。
これがプロか。
核心の話は外さない。
保住は軽く息を吐いてから、真っ直ぐに圭一郎を見据えた。
「正直これしかないと思っています。現在、先生が専任指揮者として所属していますドイツのゼスプリ管弦楽団を貸していただけませんか」
保住の言葉が切れると、室内は静寂。
無茶な願いは重々承知。
しかし、それしかない。
今から国内のプロに近い団体を抑えることは難しい。
圭一郎の所属しているオーケストラなら、彼が日本にいる間はオフに近いのではないか?
保住は、そう考えたのだ。
無茶なことは了解済みだ。
旅費などの予算の問題もある。
無茶すぎるが。
澤井は、それに乗ることにしたのだ。
これでダメなら別な手だ。
しばらくの沈黙の後、ふと圭一郎は笑い出す。
無理か。
呆れられたかも。
さすがの保住も力が抜けた。
「有田、あれ」
「こちらにございます」
彼は、タブレット端末を差し出す。
圭一郎はそれを受け取り、これこれと保住に差し出した。
画面はドイツ語のメール。
「これは……」
「ドイツ語分かる?」
「簡単なものでしたら」
「優秀だな」
そのメールは、ゼスプリ管弦楽団のマネージャーからのもの。
『マエストロの依頼なら受けないわけにいかない。どうせ日本公演中だ。1つくらいプログラムが増えても問題はないだろう』
保住が読み上げると、澤井は圭一郎を見る。
「先生」
「私もそれが一番の策だと思います。有田が昨晩からやり取りをして、オッケーもらいました」
「ありがとうございます」
澤井と保住は頭を深々と下げる。
「やだな。君たちのせいではないでしょう?むしろ、我がゼスプリを引き連れて凱旋帰還できるとは、なんたる幸せ!」
圭一郎は嬉しそうだ。
「わざわざ来ていただく前に話は決めてしまっていたのだが。どうしても梅沢と聞くと恋しくなるものでね。是非お会いしたかったのだ。騙したようで申し訳無かったね」
彼は優しい瞳で二人を見る。
厳しい世界で生きているのに、いつまでも純粋で素直。
真っ直ぐな生き様が、眩しくも感じられる。
これが、世界のマエストロなのか。
「せっかくだ。昼ごはんでも一緒に食べて梅沢の話を聞かせてくれ」
山は越えたようだ。
澤井と保住は胸をなでおろした。
結局、圭一郎の長い昼食に付き合わされて、出来上がった楽譜を置いて、練習日程の再確認をして。
全てを完了して、新幹線に乗ったのは19時を過ぎていた。
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