アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
第15章ー9 鬼の過去
-
「そうでしょうか。こんな気持ちを保住さんにぶつけることもできていません。臆病な卑怯者です」
「そうだろうか。それは当然の反応。そうは思わないか」
「……」
仕事中なのに。
そんなことも忘れる。
田口は、ただ目の前の澤井を見るだけ。
「おれは、保住の父親の時にお前みたいな立場にいた。近くにいるのに。うまくいかない。自分の気持ちをぶつける勇気もない。結局、あいつは別な奴と付き合っていた」
「以前、お話しされていた時も引っかかりました。付き合うって言う表現は、どう言う意味なのですか?」
「死んだ奴の恥をさらすつもりはない。息子も知らないことだが。保住には恋人がいた。しかも職員。妻以外の人間だ」
「そんな……。そんなことが」
「保住には、言うなよ。父親のことは、知らないはずだ」
「承知しました」
「その時に思った。おれがきちんとしなかったから。別な奴に取られた。妻がいるから。そういう遠慮もあった。家庭もあるあいつを、人の道を踏み外すようなものに連れ込めなかった」
澤井は、昔を思い出すように視線を伏せた。
彼が視線を伏せるなど、見たことがない。
「それに意気地がなかった。保住のためと言いつつ、結局は、自分を守るため。自分が傷つきたくなかったのだ。思いを打ち明けて、果たしてダメだった時に傷ついた自分を受け入れられないと思った。だから、じっと遠巻きに見ていた。思いだけを募らせて。そして、保住はいなくなった。おれの思いは途方に暮れたものだ。後悔しても取り戻せない時間だ」
澤井は、続ける。
「お前もそうだろう?おれと保住の関係にやきもきしながらも、自分の思いはしまっておこう。そう思っていたのではないか。我慢できない思いを、無理やり押し込めてしまおうと努力したのではないか。そんなことは無意味」
田口は、ただ澤井を見据えていた。
「自分がどう思うかも考えろ。付き合ってから一歩踏み込めないのは、あいつの気持ちを疑っている証拠である。お前が疑えば疑うほど、あいつも不安になると思うが。どうだ?」
『お前は、本当におれが好きなのか?』
大晦日のあの日。
尋ねられた。
あれだけではない。
時々、保住はそう問う。
「不安にさせていると思います」
「心当たりがあるようだな」
「はい」
「あんな調子の男だ。繊細で傷ついているのに、自分で理解できない。心が痛む理由が分からない。不安になっている理由が分からない男だ。察してやれ。それがお前のこれからだ。お前はおれたちの過去の時間がうらやましいというが、これからを作るのはお前だ。田口」
はっとする。
これからの時間。
「お前は、あいつの側であいつを支えるのだ。公私共にだ。保住は、出世していくだろう。いつかお前が足かせになる時が来るかも知れない。だが、離れるなよ。情けなくても、しがみついて側にいてやれ。きっと、あいつにはお前が必要だ」
「局長」
澤井は立ち上がって、田口を追い払うように手を振る。
「お前がきちんと見てないようだったら、すぐにでもおれがいただく。その準備はいつでもできているからな。気を抜くな。おれは見ているからな」
「……分かりました」
「圧迫骨折では、お前たちの関係も勇み足だな。お前の要求に応えられるようになるには、2か月以上はかかるだろう」
保住の骨折は重症だ。
1か月程度で骨が安定しても、痛みは残るだろう。
しばらくは、無理はさせられないということだ。
「もたもたしているからだぞ」
「すみません……」
「保住は、さっさと実家に帰せ。あいつのあけた穴は、お前が埋めろ」
「承知いたしました」
田口は頭を下げてから、局長室を出る。
澤井は。
心配してくれているのだ。
口は悪いが。
田口と保住のことをもどかしく思ってみているのだろうな。
きっと。
何か裏がある気はするが。
理解者でもあるのだ。
しかし、気を抜けばハイエナのように横から保住をかっさらっていく人だ。
やはり敵は敵。
そう思って、気を抜かないようにしなければ。
田口は、そう思いつつ事務所に戻る。
「係長。今日は帰れだそうです。で、二週間は自宅安静で……」
田口が顔を出すと、それどころではない。
渡辺や谷口、矢部が保住のところでおろおろしていた。
「田口、早く送って行ってやれ」
「痛みで辛そうだ」
結局、仕事があるから事務所に連れていけと息巻いていた保住だが。
この痛みには耐えかねるようだ。
無言で、じっと机に突っ伏しているが、無理。
これ以上は無理。
「車に乗れるでしょうか。歩けますか?実家にお連れしますね」
断る言葉もない。
保住は、うんうんと頷くばかりだ。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
174 / 344