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ミハイル学園
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「でっか…。」
つい、そう口にしてしまった。今日から自分が編入することになったミハイル学園。テレビや広告でその外観を見たことはあったけれど、ここまで敷地面積が広いとは思っていなかった。
言われた通りの時間にやってきたが、学園の門付近に生徒の姿は見受けられない。まだ少し来るのが早かったのだろうか。
「きみ、編入生の子かい?」
突如声をかけてきたのは、門衛をしている中年の男性のようであった。慌てて財布から学生証を取り出し、門衛にそれを見せる。
「…うん、確認したよ。確かきみの寮は柳寮の方だったと思うから、ここを真っ直ぐ行ったら左に曲がってずっと行くといいよ。学校生活、楽しんでね。」
「あ、はい…ありがとうございます。」
親切な門衛に軽く会釈をし、言われた通りの道を進んでいく。
新生活に期待も何も無いが、見えてきた建物の壮大さに思わず感心してしまった。
現代日本とは思えないような洋風な造りの大きな建物。ここで生徒らが寝食を共にしているのだ。パンフレットの説明によると、自分が入る予定の柳寮とは別に、青葉寮と言う名の寮があるらしい。そちらはまた別の場所に建物があるのだろうか。
そんなことを考えながら建物に圧倒されていると、柳寮の扉が僅かな音を立てながら開いた。
「…編入生?」
こちらに向けて声をかけてきたのは、まるで絵本の中から飛び出してきた王子のようなルックスの男であった。色素の薄いグレーがかった髪と目から、明らかに日本人以外の血が混ざっていることが分かる。
その姿に若干の驚きを隠せなかったが、聞こえるか聞こえないかほどの小さな声でそうですと返事をする。
すると、王子さながらその男は微笑み、中へどうぞと言わんばかりに扉を更に大きく開いた。
「ありがとう、ございます…。」
軽く頭を下げ、キャリーバッグを持ち上げながら中に入ると、その男は丁寧に玄関口でキャリーバッグの足を拭いてくれた。
なんだか悪いことをさせているような気分になってしまったが、男はまた笑顔でこちらに話しかける。
「君が唯くんだね、僕は3年の鈴白伊吹。柳寮の寮長は僕だから、分からないことがあったら何でも聞いてね。よろしく。」
握手をしようと差し出された手を見て怯む。人と馴れ合うことはここでもしたくなかった。流石に失礼だと思ったから、おずおずと手を伸ばす。
「部屋に案内するね。基本相部屋なんだけど、君の同室者は留学中だから実質一人部屋だよ。ラッキーだね。」
「はあ…そうですか。」
寮生活においての不安要素は相部屋だった。仲良くなる気もさらさら無いし同じ部屋に人がいるのは勉強に支障を来す。確かにこの鈴白とかいう奴の言う通りラッキーなのかもしれない。
その留学とやらがいつまでなのかもよく分からないが、暫くは平穏な生活を送れるだろうとほっと胸を撫で下ろす。
鈴白の後に続いて階段を上り、自分の部屋へと向かう途中、ようやく他の生徒も目にすることができた。既に制服を着ている者もいれば、部屋着らしい姿のままの者もいる。お高く纏まった坊ちゃんしか居ないものかと思っていたが、案外普通の男子高校生らしい生徒も居るようだ。しかし、この学園に通っているということはボンボンの息子ということに違いはないだろう。
「イヴ様、おはようございます。」
「ああ、おはよう。」
鈴白が長い廊下を進んでいくと、すれ違った生徒は口々に皆挨拶をしているようだ。そしてその後ろにいる自分のこともジロジロ見られているように感じた。それもそのはずだろう、この学園の人間はほとんどが幼稚舎や小、中学校から内部進学している者ばかりなのだ。編入するには高難易度の試験をクリアするか、莫大な金を積むか。後者はつまり裏口入学だ。自分の父は医者をやっているが、裏口入学の資金を用意してもらうのは気が引けたし、自分の実力なら試験をクリア出来る自信があった。今まで勉強しかしてこなかったのだから、当たり前だ。
「着いた、ここが唯くんの部屋だよ。隣の部屋とは距離があるけど、あまり大きな音出すと聞こえるから気をつけてね。まあ、ここは角部屋だから大丈夫だと思うけど。」
角部屋に入れるとは、やはり運がいいのかもしれない。今日の始業式を終えたらすぐに落ち着いて勉強に励めるだろう。
鈴白から鍵を預かり部屋の中を覗くと、自分の想像以上に広々とした空間であった。相部屋とはいえ、それぞれのプライバシーはそれなりに守られているようである。
「じゃあ僕は部屋に戻るけど、なにか質問はある?」
「いや、特に…あ、そういえばさっきなんで“イヴ様”って…。」
「ああ、勝手に呼ばれてるだけだよ。ほら、僕の名前イブキだから。ニックネームみたいなものかな。」
気になっていたのはニックネームより様付けされていた方なのだが、それ以上聞くのも面倒くさかった。
既に届いている荷物の荷解きを手伝おうかと鈴白から提案されたが、流石にそこまでしてもらう訳にはいかないので断り、軽く礼を言った。
「じゃあ、僕の部屋は101号室だから。何かわからないことがあったらいつでも相談しに来てね。」
去っていく鈴白の後ろ姿は、最初に見た時と変わらず王子のようであった。
ああいうタイプの人間は正直苦手だ。自分が馴れ合わない性格の分、義務的にでも優しくされるのは何となく引け目を感じる。
分からないことは資料を読めば何とかなるだろうし、また鈴白と話す機会はきっとないだろう。
部屋の窓を開け、初めて袋から出した新品の制服に袖を通した。
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