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鈴白伊吹という人
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なんだか今日はどっと疲れてしまったような気がする。だが良く考えれば無理もない、転校初日なのだから。ホームルームが終わるや否や教室を出て、足早に寮へと向かう。
しかしどういう事だろうか、気づいたら全く知らない場所へと来てしまっていた。学園内であることは確かなのだが、校舎から随分離れてしまったため人影は全くない。
「……あっ」
一人制服を来た生徒が目の前を通ったのだが、部活動か何かに向かう最中だったのか、こちらに気づくこともなく足早に去ってしまった。この性格ゆえ他人に声をかけることが中々ままならない。ぽつんと一人見知らぬ場所に取り残された。
「そうだ、地図…」
制服の内ポケットにしまっているはずの生徒手帳を探る。しかし内ポケットに入っていたのは取り出し忘れた乾燥剤のみであった。冷や汗が背を伝う。
もうこんなところで立ち止まっていても仕方がない。既に校舎は見えないが、来た道を戻れば人通りの多い場所へ出るはずだ。舗装された広い道を確かめるように歩を進めていくと、なにやら見覚えのある建物が見えてきた。もしかしたらと期待して足取りが早くなる。
間違いない、今朝見た寮の屋根と同じだ。安堵してそのまま建物の方に向かっていく。
ようやく辿り着くと、その建物に僅かな違和感を覚えた。
「…青葉寮?」
建物の入口にある札にはそう書かれていた。それとと同時に、柳寮とは別にあるもうひとつの寮の存在を思い出した。
「唯くん、こんな所でなにしてるの?」
突然聞こえた人の声に驚いて振り返ると、そこにはイヴ様こと鈴白伊吹がいた。何をしているかと聞かれても道に迷っていたなどと素直に言えるはずはないし、そっちこそこんな所で何をしているのかと問いたい。
「ああ、道に迷っちゃったんだね。編入生には慣れない場所だし、広いから仕方ないよ。」
「別に迷ってたわけじゃ…」
「僕は丁度寮生委員会の資料を青葉寮に持ってきたところだったんだ。ポストに入れたら柳の方に戻る予定だったから、一緒に帰る?」
非の打ち所のないような微笑みを浮かべて鈴白はそう言った。何もかも見透かされた上で人間の模範解答のようなことを言われると、少々気味悪ささえ感じる。
「あの、すみません…わざわざ。」
「いいんだよ。僕は先輩だし、寮長だからね。」
「たったそれだけで他人に優しくできるなんて…。」
余程外面がいいんですねと言いかけて、焦って口を噤む。鈴白は全てを分かっているかのようにまた微笑んで黙った。けれどその目はどこか光を失っているようにも見えた。
「唯くんは他人なんかじゃないよ。この学園の、柳寮の大切な後輩なんだから。」
「けど、会ったのは今日が初めてですよね?」
「……関係ないよ、そんなことは。」
それから寮に辿り着くまで、鈴白はその奇妙な微笑みを浮かべたまま一言も喋ることはなかった。
「じゃあ、分からないことがあったらまた聞いてね。食堂は7時を過ぎたら夕食を出して貰えないから、気をつけて。」
「はい、色々ありがとうございました。それじゃあ…」
部屋のドアを閉め、口から息を漏らしながら勉強机に向かう。
スマートフォンの画面を確認すると、時間はまだ5時前だった。両親に無事一日が終わったことを報告し、除菌シートで綺麗にスマートフォンを拭きあげる。
食堂に入れるのは5時半からだ。7時までにいけばいいとしてもまだ時間がある。ジャケットを脱ぎ、ハンガーにかけると突然瞼が重くなってきた。
「…ダメだ、勉強しなきゃ。」
再び机に向かって参考書を手に取るが、重くなる瞼に耐えきれず、気づいた頃には机に突っ伏したまま意識が途切れていた。
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