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10.人事
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保住が梅沢に帰ってくる。
2年間は、吉岡にとったら冬の嵐のような時間だった。
3月末。
吉岡は、中枢に異動するチャンスを得ていた。
配属先は総務部人事課職員研修係だ。
役職は係長。
その名の通り、この係の業務は職員の資質向上だ。
年度末は忙しい。
何せ、新入職員の研修が控えているからだ。
「係長、この書類の精査、お願いします」
部下の要望に応えるのも大変。
中間管理職とは、辛いものだと実感する。
こんな調子では、保住が戻ってきても、会うなんてこと出来そうにない。
あちらこちらの書類を見ていると、課長である澤井の怒声が聞こえる。
彼のその悪態は、日常茶飯なのだが。
今日は訳が違う。
「部長の電話を勝手に繋ぐな!用件次第と言っているだろうがっ」
怒られている職員は気の毒だ。
こんなにみんなの前で怒鳴らなくても。
相手に恥をかかせるだけで、何の改善にもならないと思うけど。
吉岡はそう思う。
彼は保住と同期だ。
全く対照的だと吉岡は思うが。
以前、保住が彼を褒めていたことを思い出す。
「どこが、いいやつなんだよ……」
ふと呟く。
「申し訳ありませんでした。ですが、緊急でありましたので」
「緊急かどうかはおれが決める。貴様が勝手に決めるな!馬鹿者!」
怒鳴られた職員は首を竦めた。
地の底から響く重低音は、腹の底まで痺れる。
「何故おれが、あいつの人事を急がねばならんのだ!」
「しかし、もうお戻りになられますし、市長からの指示のようで……」
「ちぃっ!あいつは昔からおれの手を煩わせる。本当に嫌なやつだ」
何やら紙を見つめて怒りまくっている澤井。
あいつ。
戻る?
「保住さんだ」
澤井が持っているのは、保住の人事のことが記載されているに違いない。
見たい。
吉岡は、ふらっと立ち上がり、そのまま澤井のところに足を運ぶ。
こんな怒りモードの時に近づく職員は皆無。
「か、係長?!」
部下たちは青ざめる。
竜の逆鱗に触れたら大変なのに。
しかし、吉岡は構わない。
「あの、課長。この書類のことをご相談したいのですが」
臆せず話しかける吉岡を見て、澤井は怒るのか?
周囲が固唾を飲んで見守る。
「貴様、今のおれの気持ちを無視か」
澤井は、吉岡のシャツを掴み上げて引き寄せる。
「あなたのお怒りの気持ちはわかりましたが、仕事をしたいのです」
冷静な吉岡に軍配が上がるのは当然のことだ。
澤井は、「ちっ」と悪態を吐いてから手を離す。
「後で見る。おいておけ!」
彼は面白くないと言わんばかりに廊下に出た。
人事係の蓮沼係長が吉岡のところにかけて来る。
「おいおい!勇気あり過ぎだぞ」
「申し訳ありません」
「いや、おれたちは構わないが」
蓮沼からの言葉に上手く返答をしながら、澤井が投げ出して行った書類を盗み見る。
そこには、保住の人事が記されてあった。
帰ってくる。
彼が。
吉岡は胸が高鳴るのを覚えた。
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