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三時間目
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「七種翠(さえぐさ みどり)、あの窓際の席の子だよ」
佐伯が指さす方に視線を向ければ友人と談笑するサエグサと呼ばれるクラスメイト
あー、なんかそういえばいた気がする。
ぼんやりとした記憶でははっきりと顔までは思い出せなかった。
そんなことを考えながらサエグサを見ていると
パチリ、
視線が絡まった。
途端、靡いたカーテンの隙間から差し込んだ太陽の光が
レンズの奥の瞳を透き通らせた。
あ、やばい
直感的に俺はそう思った。
なんだかこれ以上は見ていてはいけないような
それでもずっと見ていたいような
知らない感覚
すぐに逸らされた視線に寂しさを覚えた理由はわからない
俺はただ呆然と眺めるまま
佐伯に大丈夫?と声をかけられるまでそのままでいた。
首を振るって目を覚ます。
寝ていたわけじゃないのにぼんやりとした感覚
なにかおかしい
なにいまの
すっごい惚けてた。
まるでサエグサに惹かれ
見惚れていたみたいだった。
足は勝手に進んで窓際の席の前で止まる。
先程聞かされたばかりの名前を今度は自分の音に乗せた。
「サエグサ?」
「え、あ、はい」
驚いたように一瞬開かれた瞳
直ぐにまた視線は逸らされる。
目を合わせてはいけない
決められたルールのようだ。
サエグサの声は少し高め
俺も高い方とか言われるし勝手に親近感が湧いた。
しどろもどろ、びくびく、そんな表現が似合うような反応をみせるサエグサ
「どんな字、書くの?」
「え?」
唐突な俺の質問にサエグサが戸惑っていることが見て取れる。
視点は合わずとも何となくわかる
ほらあれ、よく漫画とかに描いてあるキャラクターの汗が飛んでるマークみたいなの
それがサエグサにはずっとついてる感じ
「名前の漢字」
「あ、えと……漢数字の七に、種でさえぐさ、です」
「下は?」
「えと、翡翠の翠、で……みどり、です」
「さえぐさ……七種……七種翠、な!」
何度も頭の中で文字を書きながら復唱する。
覚えた
もう忘れない
「俺、笹原珠希(ささはら たまき)」
「知って、ます。」
驚いた。
まさか知られているとは思わなかったから
いやでもそうか、出席番号も近くて夏休みも過ぎて入学してからもう随分と経ってるもんな
それが普通なのか
「そう?美術の授業よろしくね」
「は、はい……」
「それだけ」
そう言って俺は席を離れる。
あんまりにも分かりやすくびくつくものだから
何だか悪いことをしてしまった気分だ。
まあ今まで話したことないやつにいきなり話しかけられたらビックリする……のか?
でも、その姿は小動物のようで可愛いと思った。
やっぱり変な感覚
もうその時から俺の頭の中は七種のことでいっぱいだ。
それから一週間
七種は俺と目を合わせることは殆ど無かったけれど
話しかければ普通に話してくれるようになった。
そして、時々
本人はバレてないと思っているのだろう
七種はたまに遠慮がちに俺のことを盗み見している。
その時は俺は知らないふりをしてあげる。
それが正しい気がしたから
けれど俺は出来ることなら、何も遮るもののないあの瞳に映りたいんだ。
、
キーンコーンカーンコーンと少し音の外れたチャイムの音
授業終わりの合図
結局、俺の紙には線のひとつだって描かれていない
課題なのだからさすがに白紙で出すわけにもいかず
どうしようかなーなんて頭を傾げる。
七種は申し訳なさそうにさっきよりもより一層頭を沈ませている。
そんな気にしなくてもいいのにな
荷物の片付けを終えた友人たちが早く教室に戻ろうと急かしてくるので、俺は先に行ってと一言だけ返した。
次も授業はあるしあんまり長くここにはいられない
さっきまでの騒がしさが嘘のように美術室は静かで
教室には俺と七種と北さんの三人だけとなった。
言い訳も何も理由が理由だしなあ
虐めとか勘違いされても面倒だし
と考えると一ついい案が浮かんだ。
「北さん北さん」
「笹原、ちゃんと北沢先生と呼んでください」
「きったさっわせーんせ」
「はい、なんですか」
七種は変わらず視線は下に顔は俯きがち
でもひっそりとちゃんと聞いているようだ。
「俺たち、ちょーっと課題の時間足んなかったから後日提出でもいい?」
「特別扱いは出来ませんよ」
「今度の部活の紙面は俺が担当するんで!」
「君は部員なのだから当たり前でしょう……まあ、でもそういうことならこの課題は冬休み前の終業式まで待ちましょう。何だか入り用みたいですし」
俺と北さんはただの先生と生徒という関係だけでなく
他にも部活顧問と部員という顔もある。
俺がいつも嫌がってやらない誌面の記事を書くことを条件に出すのだからよっぽどだと判断してくれたのだろう
いやあ、持つべきは理解ある顧問だ!
「さっすが北さん!」
「北沢先生」
「きたさわせんせー!」
呆れた顔をしながら北さんは抑揚のない声でじゃあ次の授業遅れないように、と一言残して教室を出ていった。
そんなこんなで俺たちは無事に課題の提出期限を伸ばす事に成功したのだった。
「あの……部活の紙面って……なに?」
北さんが居なくなって、少し経った頃七種がポツリ、呟いた。
初めて七種から話しかけられたことに浮かれて
スキップでもしてしまいそうなほど嬉しくなる。
なんでだろう、こう胸の奥がぶわーって熱くなる感じ
俺、ほんとにどうかしちゃったのかな
「俺さ、新聞部なんだよね」
「えっ!?」
あ、瞳が見えた。
それだけでじんわりと身体に熱が広がる。
「その顔、意外って思ったっしょ?」
「そ、そんなことないっ」
「あははっ、七種は嘘つくの下手だな〜」
焦る姿も可愛い、なんて
同じ男におかしいよね
「あ、そうだ。今思いついた。」
「……?」
「俺たちさ、もっとお互いのこと知った方がいいと思うんだよ。そうすれば七種も俺の事見ても大丈夫になるんじゃない?」
あえて言葉を濁すように大丈夫という単語を選んだ。
予防線というか怖いって思われてたとしても知らなかったらノーダメージ
自分で言ってて傷ついてはいない
断じて
「だから、七種が嫌じゃなければでいいんだけど」
あれ、なんで俺ちょっと緊張してるんだろう
こんなの普通に友達を誘ってるだけなのに
友達?
そう、友達を
「放課後、ここで俺と過ごしてくれませんか」
敬語なのはちょっとだけ緊張したせい
本当にちょっとだけ
キーンコーンカーンコーン
二度目のチャイムが鳴る。
授業開始の合図を遠くに聴いた。
頷いて揺れた前髪
その隙間からちらりと覗いたヘーゼル
俺はもっとその瞳に映りたい
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