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「雅琴君」
雅琴は名前を呼ばれてゆっくりと目を開ける。
至近距離にある彼の穏やかな笑みを見てふっと顔が和らいだ。
「楓さん…」
「おはよう、雅琴君。体調どう?」
「ん、平気」
まだ熱の残った身体は上手く動かせそうにないが、そこまで悪い感じもしなかった。
楓が雅琴の髪を撫でると、雅琴は気持ち良さそうにその手に擦り寄って目を細める。
「良かった。昨日はごめんね、発情期で体調崩してる時に仕事で家空けちゃって」
「大丈夫だよ。楓さんは心配しすぎ」
「心配するよ、雅琴君は大切な婚約者なんだし。それに…あの日彼から頼まれたからね。雅琴君を、幸せにしてくれって」
楓はそっと目を伏せてあの日を思い出すようにそう言った。
ーー絢介が成仏したあの日から二人の交際が始まり早一年が経った。
今は番契約も交わし、都内の高級マンションで二人で暮らしだ。
近い内に籍を入れる予定もあり二人での生活はまさに順風満帆で、多忙な日々を過ごしつつ楽しい毎日を送っている。
あの日のことは、今でも昨日のことのように鮮明に思い出せる。
絢介の言葉、声、表情。
絢介の姿が脳裏を過ぎる度に愛おしさと寂しさが溢れ出しそうになった。
あの後雅琴は長い時間を使って今までの経緯を楓に全て打ち明けた。
そこで楓は樋口 絢介という存在を初めて知り、あの声の主が絢介だったことに気付いてからは楓にとっても絢介は少し特別な存在になったらしい。
”恋人の大切な人”であることは確かだが、楓は姿の見えない霊体と会話を交わしたのだ、本人にとっても無論初めての経験で印象に残らない方がおかしい。
それでも絢介の言葉は、いつもどこか壁のある雅琴にアピールをしていいものなのかどうか悩んでいた楓の不安を取り除いてくれた。
雅琴に惚れていた楓は、それを切っ掛けに番契約から結婚まで持っていき今のこの幸せな時間を手に入れることが出来たのだ。
絢介には感謝しかない。
実際のところ、雅琴はまだ絢介のことを引き摺っている。
然しそれも有りきで今の雅琴がいるのだと、楓はそのことを特に咎めるということも話題に出すということもしなかった。
今のこの生活は絢介がいなければなかったかもしれない時間なのだ、無理に忘れる必要はないと思った。
それを依存と言ってしまえば簡単かもしれないが、二人の縁は他者が切ってしまえるほどヤワではない。
雅琴にとって絢介を想い続けることは優しすぎる彼へのせめてもの恩返しと、彼がこの世にいたという証拠を残す為の一種の存在証明なのだから。
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