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戸惑い
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「あーっ
おーじが遅刻だ!」
二限目の講義の始まる直前、こっそりと教室に駆け込むと、真っ先にこたがおれを指差した。
気にかけてくれるのは素直に嬉しいが、これではこっそりの意味がない。
注目を浴びるこっちの身にもなってほしい。
「おはよう……」
「はよ〜
なんで遅刻したの?」
隣の椅子に置いていたリュックをどけながら、怪訝そうに問いてくる。
こたが空けてくれた席に苦笑しながら座った。
「ちょっと、色々あって」
「ふ〜ん?」
じろじろと見てくるこたが「色々って?」と聞いてくるんじゃないかと、内心ドキドキしていたが、すぐに講義が始まってしまったこともあり、会話は続くことなく途切れた。
ほっと息をついて、おれは先生の声に耳を傾けた。
…………
……
「はあ〜……」
「おーじ、今日ため息ばっかついてるぞー?
バイト疲れかあ?」
結局、今朝の黒猫事件が衝撃的過ぎたせいで、おれはひとつも講義に集中することが出来なかった。
全部夢だったら良いのにと思う一方で、もう一度ちゃんと話しをしてみたいとも、ほんの少しだけ思う自分がいる。
今朝は逃げるように話を遮ってきてしまったし……
あいつが何でよりによっておれに接触してきたのか、その理由も分からないままだ。
ていうか、そうだよ。
何でおれなわけ?
確かにこたの影響でおれはひとより猫に詳しいかも分からないけど、別に猫にそこまで接点があるわけじゃないし、特別猫好きってわけでもない。
その点、こたの方が都合が良いんじゃねえの?
こたは猫好き……ていうか、猫マニアだし、それにこたなら、猫がしゃべった!
なんて言ったら、むしろ喜んで話したがるだろうし。
なんか相性がどうとか言ってたけど、突然家に押し入ってきて、朝起きたら素っ裸で男と添い寝してるようなやつと、おれの相性が良いわけないだろ?
「はあぁ……」
本日何度目が分からないため息をついたとき、ふいにこたがおれの顔を覗き込んだ。
「なー! おーじ聞いてる!?」
「ん……なに?」
「なに?じゃないだろお
だから、商店街の向こうの河原に、すっげー可愛い野良猫が棲みついてるんだって!知ってた?
って言ったの、聞いてた!?」
「へーそうなんだ……」
「…………」
悪いけど、今はそんなこと話してる場合じゃないんだよ、こた……
あーぁ、こたに全部打ち明けられたら、どんなに楽だろう。
ちらりと、隣を歩くこたを見下ろす。
こたは余程おれの態度が気に入らなかったのか、しかめっ面をして頬をぱんぱんに膨らませていた。
思わぬ不意打ちをくらったおれはつい、ぶはっと噴き出してしまう。
そんなおれをこたは一層不機嫌な顔をして睨んできた。
「なに笑ってんの〜!」
「いや、ごめんて……あっはっはっ」
「あっはっはじゃなあ〜い!!
おーじのばかあ」
「あはははっ」
なんだかなぁ。
こたと話していると、こんなに悩んでる自分がばかみたいに思えてくるよ。
考えたって仕方のないことは、そりゃあ仕方のないことでしかないんだから、悩むだけ時間の無駄だ。
それなら、今は取り敢えず流れに身を委ねてみよう。
時間が全てを解決してくれるとは思えないけど、ときには解決に繋がることもある。
うん。よし!
「それで良いや!」
「?
なにさ、急に」
「ううん、なんでもない」
「ふぅ〜ん。
変なおーじ」
「こたに言われたくないなー」
「おれが変だって言いたいの?
おーじひっどー!」
「あはは」
…………
……
「……すっかり遅くなっちゃったなあ」
バイトを終えて、薄暗い路地をひとり歩く。
あの黒猫はどうしているだろうか。
そううっすらと思った直後、聞き覚えのある音色が耳に……というよりも、頭の中に響いてきた。
リン……
視線を向けると、あの黒猫が塀から飛び降りて、光る目でおれを見ていた。
おれが近付くと、先導するように前を歩いていく。
もしかして、待っていてくれたのだろうか?
いや、そもそも一緒に住んでるわけでもないんだけどさ。
玄関のドアを開くと、黒猫は真っ先に家の中に入っていった。
おれが鍵をかけてリビングに向かうと、座布団にちょこんと座って見上げてくる。
にゃあ
急かすように鳴きながら、首を傾げるおれの手に鼻先をすり寄せた。
「……あぁ、そっか」
血を飲まないと話せないんだっけ。
「…………」
え? 血?
「えっちょっと待っ……いたッ!」
制する意味でかざした手のひらに、黒猫は見事に三本の引っかき傷をつけてくれた。
思わず引っ込めようとした手を前脚で押さえて、溢れた血をざらりとした舌で舐めとっていく。
「このやろ〜……」
涙目でうなるおれには目もくれず、黒猫はぺろりと鼻を舐めた。
『……ふふっ、ありがと』
「……あのさ、もうちょっとやり方ってもんがあるんじゃねえの……」
生々しい傷跡を見つめながらぽつりと呟く。
『その程度の傷で泣いちゃうなんて、あんた、幸せだね』
「……幸せで悪いか」
挑むように睨み付ける。
黒猫は面白いものを見るように笑った。
『別に、悪くないよ。
幸せなことを幸せだと思える内は、その甘い幻影を噛み締めていなよ』
「……」
『それで、おれのはなしを聞く気になった?』
おれはゆっくり息を吸って、黒猫の蒼い眸を見つめ返した。
『……うん、大分落ち着いたみたいだね。
今朝はもっと波長が乱れてたけど、今は穏やかだ』
満足そうに頷くと、黒猫はちゃぶ台の上に飛び乗り、おれと目線の高さを合わせた。
『それじゃあまずは、おれの目的から話そうか』
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