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使命と覚悟
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長いしっぽをくねらせながら、猫は語り始めた。
『おれの目的は……
猫と人間を繋ぐこと』
「猫と人間を、繋ぐ?」
『このところ、猫と人間の関係はあまり良くない方向に向かいつつあるの。
あんたたちは気付いてないかもしれないけど……
見えないところで、おれのような野良猫は苦しんでる。
棲む場所を追われ、ろくな食事にもありつけず、餓えで死んでしまう野良がほとんどだ。
家猫上がりの捨て猫や、むやみに食べ物を与える無責任なひとがいるせいで、毎年多くの野良が殖えすぎて処分されている。
こういう言い方はなんだけれど、ひとのせいで生まれ、ひとの都合で殺されるなんて、意味が分からないと思わない?
……そういうことがあって、敢えて人目につかないところへ逃げるように、ひっそりと暮らす野良が増えてる。
ひとに見つかれば殺されるという認識が広まってるんだ。
猫は人間を忌避し、人間は自分たちの都合の良いようにおれたちを生かしては、殺している。
猫と人間を繋ぐ絆は、断たれつつある。
……それで良いという者は多いと思う。
その方が、それぞれの世界で、それぞれの生き方で、穏やかに暮らしていけるのかもしれない。
だけどね……
おれは、人間が好きだよ。
ひとの手のぬくもりが好き。
それを知らないで、人間なんか嫌いだと、遠ざけるのは……
間違ってるって、おれは思うんだ。
だから、おれは今一度、猫と人間の絆を結び直したい。
猫と人間が互いを尊重しあって共存していける世界を見てみたいんだ。
そのために、おれになにが出来る?
おれは、こうしてひとに言葉を伝える力を持ってる。
見ることも出来るし、聞くことも出来る。
だけどそれだと非効率すぎるし、猫のおれに出来ることなんてあまりにちっぽけだ。
だから、おれは、おれのパートナーになってくれる人間を捜した。
そして見つけた。
それが、あんただよ』
「…………はあ……」
つまるところ、猫と人間を仲良くさせたいけど、おれ一人じゃなにも出来ないから、そこのお前ちょっと手ぇ貸せってことだろうか。
……それにしたって
「なんで、おれなの……?」
おずおずと尋ねると、黒猫は焦れったそうにしっぽを振った。
『だからー
長く一緒にいることになるんだったら、相性の良い相手の方がストレスフリーでしょ?』
「まあ、確かに」
『で、協力してくれるの?してくれないの?
……まあ、あんたに拒否権はないけどね。
せっかく苦労して見つけたのに、そうやすやすと手放したりしないよ』
「苦労して……?
たまたまじゃないのか?」
きょとんと首を傾げる。
うんざりしたように、黒猫は目を細めた。
『あのね……音色も色彩も波長も温度もにおいも、全てぴったり重なる相手なんてこの世界に何組もいると思うの?
あんたと出逢えたのは奇跡なんだよ。すごいことなんだ』
「はあ……」
『夢の中で、何度も鈴の音を聴いたでしょ』
おれは思いがけず目を見開いた。
おれの反応に気を良くしたのか、黒猫の声が少しだけ弾む。
『なんでだと思う?』
おれはかぶりを振る。
黒猫は焦らすようにしっぽをくねらせた。
『この鈴にはね、おれの霊力がたーっぷり染み込んでるんだ。
だからこんなに錆び付いていても、美しい音がなるでしょ?』
そう言いながらちゃぶ台を飛び降り、リン、と透き通った音色を奏でる。
『こうして、霊力の詰まった鈴を鳴らしながら、おれは毎晩町中を歩き回った。
そうすることで、おれの霊力と相性の良い精気をもつ魂を捜していたんだ。
ひとは深く眠りについている時、意識と肉体の接続が曖昧になる。
つまり、魂だけが僅かに切り離された状態になる。
そのむきだしの魂に鈴の音を響かせるとね……
それがおれの魂と相性が良いものであれば、その魂はすんなりと霊力を受け取り、呼応するように、全く同じ音色を奏でるんだ。
つまりあんたが夢の中で聴いていたのはおれの鈴の音ではなく、あんた自身の魂の音色なんだよ。
ちなみに付け加えると、正確にはあんたは夢を見ていたのではなくて、意識のみ覚醒した状態で眠っていた。
普段見るような夢とは違って、音だけはやけに鮮明に聴こえるのに、なんの映像もなく、眠っている心地もしない疲れる夢だったでしょ』
「あぁ……」
疲れるどころじゃなかった。
あのままあの夢が続いていたら、おれはノイローゼになっていたと思う……
げっそりするおれを見て、黒猫は軽快に笑った。
『あはは、ごめんね。
おれは霊力を飛ばすことは出来るけど、呼応する音色を聴くことは出来ないんだ。
ダメ元で当てずっぽうに鳴らしまくってた。
夢の中で音色を聴いたどこかの誰かが、現実で同じ音を偶然耳にして、おれを探してくれることに賭けた。
だから、あんたがおれを見つけてくれたのは奇跡としか言いようがないんだよ』
「うーん……」
『……昨日、あんたを見たとき……
おれは、自分の第六感を初めて疑ったよ。
こんなにも気持ち良く響き合うからだが、本当に存在するんだって。
正直、あんたの精気を口にするまで、信じられなかったんだから。
精気を受けてみて、やっと確信に変わったよ。
あぁ、これだ。って思った。
おれのパートナーに相応しい相手は、この子しかいない、って。
……ねぇ?
これは契約だ。
目的を達成するまで、あんたとおれは利害関係者だよ。
一方的って思うかもしれないけどね、おれは絶対に、あんたに損をさせない自信がある。
だから、ね?
協力してよ。
全て終わったら……この契約が切れたら、必ず出て行くって約束するから』
「…………」
正直、黒猫の話の半分以上はまだ理解出来てない。
あまりにも非現実味に溢れすぎていて、おれのキャパを余裕でオーバーしてる。
……関わるべきじゃないんだと、思う。
確実に問題事に巻き込まれるにおいがぷんぷんするし、そもそも言葉を話す上人間に化けられる猫に、どれだけかかるか分からない目的を達成するまで一生協力し続けなければならないのかと思うと、頭の中で、絶対やめた方が良いと警報が鳴る。
……それでも。
ここでおれがノーと言ったところで、逃げられるはずがないのだとしても。
「……うん。良いよ」
こんなおれにも出来ることがあるなら、やってみたい。
だから、自分の意思で決めた。
自分でも何故だか分からないけれど、いともすんなりと、協力しようと思えた。
……それが黒猫の言う魂の相性だかなんだかが関係してるのだとしたら、ちょっとだけむかつくけど。
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