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見えない気持ち
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「……?」
けれど待ち構えたような衝撃も痛みも感じることはなく、代わりにくすぐるような感覚が指をなぞった。
そっと目を開く。
どうやらオトは、おれの指に出来た傷あとを撫でているらしい。
なにをしているのかと伺うように顔を見ても、オトはなんだか神妙な表情でおれの手を眺めていた。
「ミコトの手、傷だらけだね」
微かな声で呟く。
その声色には後ろめたさなんてものは少しもなく、ただ哀しみがにじんでいた。
だからおれは、おまえのせいだろ、と揶揄する言葉を言いかけて、飲み込んでしまった。
「……別に、すぐふさがるから」
「だけど、痛いでしょ?」
オトの口からそんな言葉が出るとは思わず、おれは少し面食らう。
けれどその口調は、やっぱり自分を責めてはいないのだ。
おれを心配するわけでも、それに対して申し訳なく思うわけでもないオトの意図することが読めず、おれは単純な質問にも、正直に答えることをためらってしまった。
「このくらい、痛くないし」
そんな見え透いた嘘をつくおれを、オトは珍しく苦い顔をして見つめた。
「おれに嘘つかないで。
見えちゃうんだよ、全部。
嘘つけばつくだけ、見えないとこが汚れてく。
せっかくきれいな色なのに……
おれのために汚さないで」
懇願するように言われると、へたに怒られるより増して罪悪感が募る。
オトのいう意味はよく理解出来なかったけれど、恥ずかしくて、思わず顔を下に向けた。
「ごめん……」
「ううん。
あーもー、はなしがそれちゃった。
とにかくおれがいいたいのはね、こんな効率の悪い方法をいつまでも続けていくのは無理だってこと。
おれだってさ、血を飲むことに抵抗がないわけじゃないんだからね。
ひとがひとの血を飲むのが異質なのと同じことだよ。
猫だってふつー血を飲んだりしない」
まあ……それは、そうだろうな。
分かってはいたものの、改めて認識させられる。
血を飲むという行為も飲ませるという行為も、違和感が満載すぎる。
だけど、それをしないとこうしてオトがひとになることも、会話することも出来ないわけで……
だから、まあ、そこは割り切るしかないんだろうなとおれは思うけれど。
ぼんやりと黙り込んでしまったおれのほおを両手ではさみ、オトはちょっと苛立ちを含んだ眸をおれに向けた。
そんな顔をされるわけが分からず、おれはきょとんとまばたきする。
「ねーなんでなの?
あんたって、どんだけウブなの?」
「は?」
「あのさ、いっかいしてみよ?
おれとあんたは相性も最高にいいしさ、相当気持ちいいはずなんだって」
「……なんのはなし?」
「キスのはなし」
「……」
それだけはやだって、いってんのに。
ほおをはさむ手から逃れようと頭を振ろうとすると、今度はむぎゅっと
つねられた。
いや、これは地味に、
「いひゃいっ」
「ねーえ、いい加減おれを受け入れてくれてもいいんじゃないの?
いまだに、べたべた触るとすぐやな顔するし避けようとするし、目は逸らすし、どんだけおれのこときらいなのさ?
ミコトくんはーっ?」
「ふおぉぉっいひゃいいひゃい!」
人間の皮膚はそこまで伸びるものなのかというくらい引っ張られ、おれはたまらず涙目で叫ぶ。
やっとオトが手を離してくれたときには、そこだけじんじんと熱くなって感覚がなかった。
いくらなんでもこれはひどい。
「ミコトが悪いんだもん」
「あのなあ……」
というかその台詞、前にも似たようなシチュエーションで聞いた気がするんだけど。
……あ。
そうか、なるほど。
おれたちって、あのときからまったく進歩してないのか。
そしてそれは、
「ミコトが悪いんだもん!」
そう、おれが悪い。
やり方はどうであれ、自ら歩み寄ろうとしてくれていたオトをかたくなに拒んでいたのはおれだ。
今思うと、オトがよくひとの姿をとるようになったのは、おれとの距離を縮めたかったからなんじゃないだろうか。
あのときほどおれはオトに対して警戒心を持つことはないけれど……
やけに触れてくることとかキスを求めてくることとか、そういうのがオトなりの信頼の示し方なんだとしたら……
応えてもらえない側にしたら、それは相当堪えることなんじゃないだろうか?
そう思うと途端に自分がデリカシーのない人間のような気がしてくる。
そもそも男同士でそういったスキンシップをとることはアブノーマルなわけであって、それを受け容れろというのは単純に無理なはなしだ。
普通ならおれが反省することなんて別にないはずなんだけど……
なんにせよ、おれがちゃんとオトと向き合ってこなかったことは認めなきゃならない。
オトに協力するという約束をして、家に置くことを許した以上、おれには責任がある。
おれは短く息をはいてから、オトにそっと頭を下げた。
「ごめん」
本日二度目のごめんは、ちょっときつい。
プライドもなにもあったもんじゃないけれど、誠意を示すにはまず謝ることだ。
それに気が立っている相手とまともにいい合うのはなかなか困難だ。
これでオトが少し落ち着いてくれれば、はなし合いの展開に持ち込めると思う。
……そう、思ったのだけど、おれはつくづく、オトを理解出来ていないらしかった。
「……ミコトのバカ」
そう呟く声が聞こえて、次の瞬間にはぐっとあごを掴まれ、顔を上げさせられていた。
おれを捉える碧眼にもう苛立っている様子はないけれど、じれったく揺れる色は、余程おれの身体をかたくした。
そして次の瞬間には、なにか訴える間もなく、おれは口をふさがれていた。
首のうしろを押さえ付けられているせいで身動きがとれない。
両手で胸を押して抗うと、もっと強く引き寄せられてその分だけ深く唇が重なる。
抵抗するのはむしろ逆効果らしい。
「っ……」
う……
やばいやばい
どうしよう
いっそ身を任せてしまえばいいのか?
そうだ、相手が男だと思わなきゃ……
いやいや、いくらなんでもこんながっつき方してくる女の子いないだろ。
完全におれもてあそばれてるもん。
女の子とキスするならおれがリードする側でありたい。
いや、待て待て……
そんなこと考えてる場合じゃないんだって。
つーか……
つーか、なんかもう……
や、違くて。
酸欠で頭ぼーっとしてきただけだって!
けっして、けっして……
「んっ……はぁ……」
気持ちいい……なんて……
「……っふ……」
ああもう、やばいって。
こんなのおかしい。
おかしいって……思うのに。
「っ……んぅ……」
力が入らない。
全身がまひしたみたいに熱くしびれて、指先なんてもう感覚がなかった。
ひざが震えて立ってるのがつらい。
たまらずオトにしがみつくと、キスの合間にミコト、と囁かれた。
甘い響きはとろけた身体に麻薬みたいに染み込んでいく。
こいつの声って、こんなにえろかったっけ。
「んん……っ」
角度をかえては、何度も舌を絡める。
離れた隙に呼吸出来るとはいえ、さすがに息苦しい。
このまま続けたら本気で呼吸困難になりそうだ。
再び唇が重なる前に、おれは慌てて頭を振った。
「もお無理、死ぬ……っ」
かすれた声で訴えると、オトはえー、としぶりながらも、やっと解放してくれた。
おれを支えていた手が離れると、壊れた人形みたいにその場にへたりこんだ。
手もひざも震えがとまらない。
そんな自分がおかしかったけれど、苦笑いする余裕すら今のおれにはなかった。
これにはオトもびっくりしたようで、慌ててしゃがむと、おれの顔を覗き込んできた。
「ちょっと、だいじょーぶ?」
「へ、へいき……」
「ミコトにはまだ早かったかなー。
おれはまだ、足んないくらいなんだけど」
「……」
ああ、そういえば……
オトにとってこの行為の意味は、精気の供給なんだったな。
それなら、おれの身体にもオトの霊力が流れ込んできている……はずだ。
多分。
「今ので……交換出来たの」
「ん。
もっと流し込めば混ざり合ってる感じ、分かるんだけどね。
相性が悪い相手と交わすと、ちょっと混じっただけでもひどい異物感があったりするんだよ。
もともと霊力と精気は別々に扱うもんだからさ、交換するって行為自体、実はちょっと危なかったりするんだけどね」
危ない?
ちょ、初耳なんですけど。
思わず顔色を変えたおれに対して、オトはからからと笑った。
「だいじょーぶだいじょーぶ、おれとあんたは怖いくらい相性ピッタリだもの」
「ふうん……」
「だって、キス気持ちよかったでしょ?」
すっとオトの目が細くなる。
こんな押し付けがましいことがあるだろうか。
まるでこいつの思うつぼだ。
見抜かれているのを承知で、おれは挑発的に上目遣いで睨み返した。
「別に?」
オトはもっと笑みを深めると、へーとわざとらしく意外そうな声を出した。
「相性がいいと、キスもセックスも気持ちいーらしーよ?」
「じゃあお前は、気持ちよかったの」
「気持ちよかったよ」
まさか、こんなにもまっすぐにいわれるとは思わなかった。
思わず目を逸らしてしまう。
けれどここでいい返せなかったら、完全におれの負けだ。
おれは必死に反論の言葉を探した。
「……そんなの、気持ちの問題だろ」
「好きな相手とだったら気持ちいーってこと?
そもそも誰かを好きになるのも相性でしょ」
「じゃあお前は、おれのこと好きなの」
いってから、しまったと思った。
これじゃあさっきの二の舞い……
「別に?」
「……」
……は?
え、そうなの?
おれはてっきり……
「あんたがもつ色とかにおいは好きだけどね。
正直、あんた自身はそんなに好きじゃないかな」
「……」
へえ……
それは、よかった。
「おれは、お前のこと嫌いだよ」
「知ってる」
はあ、そうですか。
そうなんですか。
へー
へえーーー
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