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オトと姫和
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朝早くから始めた大掃除は、姉ちゃんがテキパキと指示してくれたことも助けて、なんとか暗くなる前に終了した。
疲労で節々が痛いのが、むしろ心地いい。
やっぱりおれは働いている方が性に合うんだろうな。
風呂から上がり、タオルを肩にかけたままおれは部屋に入る。
壁もしっかり拭いたからか、なんとなく部屋全体が明るく見える。
おれはいい気分で、布団につっぷした。
干したての布団が気持ちいい。
今日は疲れたし、早めに寝ようかな。
「……オト、どこ行ったんだろ」
からだを起こし、隣の布団を見つめる。
先に寝てしまってもいいんだろうけど、ひとこと おやすみと言わないと落ち着かない。
おれは少し迷った後、立ち上がり部屋を出た。
「冷たい……」
裸足の足に、冷え切った床は氷を直に踏んでいるように冷たい。
ちゃんとスリッパを履いてくるべきだったと、おれは腕をさすりながら白い息を吐いた。
「……は、兄弟とかはいないの?」
「あ……」
はっとして足を止める。
廊下のかげからそっと伺うと、縁側に並んで腰掛けている姫和とオトの背中を見つけた。
……このまま出て行ったら姫和に睨まれそうで怖いな。
だからといって立ち聞きするのも、ひととしてどうかと思うし。
……おとなしく、部屋でオトを待つか。
おれはこっそりと踵を返した。
「……わたしね、姉ちゃんも、みーたんのことも、大好きなんだ。
だけど……」
自分の名前が挙がって、思わず足を止めていた。
言葉の続きが気になり、良くないと思いながらも耳を澄ます。
「だけどね、間っ子って、あんまり構ってもらえないんだ。
しかも二人目の女の子。
一人目の姉ちゃんは当然可愛がられて、初めての男の子だったみーたんもやっぱりちやほやされたけど、わたしは……
……母さんは、同じように接してくれてたつもりなんだろうけど
おじいちゃんとおばあちゃんとか、親戚のひととか見てると、やっぱりわたしだけ、見る目が違うんだ。
それに……姉ちゃんはみーたんのことすっごく可愛がってる。
小さい頃からそれは変わらない。
だからわたしは、仲間はずれになりたくなくて、ずっと姉ちゃんにくっついて、姉ちゃんの真似っ子をしてた。
……それでも、みーたんはわたしのこと、一度も姉ちゃんって呼んでくれなかったけど」
寂しそうに笑う声が、冷たい廊下に微かに響く。
おれはなんだかいたたまれず、目を泳がせてうつむいた。
その内に、穏やかなオトの声が聞こえた。
「ヒヨリは、ミコトに姉ちゃんって呼ばれたいの?」
「……うん。
だって、わたしも一応みーたんの姉ちゃんなんだよ。
わたしだって、みーたんの姉ちゃんになりたいよ……」
「呼び方がそんなに重要?
どう呼ばれようと、ヒヨリがミコトの姉であることに変わりはないじゃん。
ミキの真似をしたって、ヒヨリはミキにはなれない。
そもそも、ヒヨリはミキになる必要もないしね。
ヒヨリはヒヨリなんだから、別の人間みたいに振る舞うことなんてないよ。
なんならミコトに姉みたいに扱われなくたってさ、それはそれで、ヒヨリらしさなんじゃないの」
「わたしらしさ……」
「ま、おれはずっと一人で生きてきたから、あんたの悩みなんて分からないけどね」
「……オト君、ありがとう。
そうだね、わたしはわたしらしく、堂々としてればいいんだよね」
「うん」
「……なんか、オト君とはなしてると、落ち着くね。
こんなことはなせるひとなんて、誰もいなかったから……
オト君と出逢えて、本当によかった」
「はなしくらいならいつでも聞くよ。おれで良ければ」
「ううん、オト君がいい。
……オト君が好き」
「…………」
「ねぇ、やっぱり、わたし……!」
「ヒヨリ。
……そろそろ寝なよ。ここは冷えるから、中であったかくして」
「ううん……まだ、オト君と一緒にいたい」
「駄目だよ。
あんたが風邪でもひいたら、おれがミキやお母さんに怒られる」
「ふふ、母さんは怒らないよ。
……でも、分かった。オト君に迷惑かけたくないし、わたし寝るね。
オト君は?」
「おれはもう少し、ここにいるよ」
「そっか。
それじゃあ……」
繋いでいた手をはなし、姫和が立ち上がる。
「おやすみなさい、オト君」
「おやすみ」
廊下の向こうに、まだ名残惜しそうな足音が遠ざかっていく。
おれも立ち去らなければと思うのに、冷たい床から足が凍りついてしまったみたいに、なぜかその場から動けなかった。
「……ミコト、こっちへおいでよ」
「っ……」
多分、おれは分かってたんだと思う。
オトの声に導かれるように、おれの足はゆっくりと縁側に向かっていった。
「……なにを見てるの」
「星。
ここの空は澄んでいて、綺麗だよね」
腰を下ろして、同じように空を見上げる。
見慣れた空の美しさよりも、ここに姫和の体温が残っているのが、なんだかいたたまれなくて
おれはすぐに立ち上がり、オトを見下ろした。
「おれ、先に戻ってるな」
「じゃあ、おれも行くよ」
「……いいの?」
「だって、ミコトがいないなら、ここにいる意味ないもん。
まだ眺めていたいなっていうのも、本音だけどね」
「なら、まだいればいいじゃん。
おれに付き合うことないだろ」
……どうして、突き放すような態度を取るんだろう。
他人事みたいに思った。
なんで? 自分が分からない。
分からない……
「……ミコト、落ち着いて」
「は?
おれは落ち着いてるだろ」
「波長が乱れまくってる。
難しいこと考えない方がいーよ。 ほら、深呼吸」
「…………」
深く吸って、ゆっくり吐き出す。
心なしか、鼓動が安定する気がした。
オトはそっとおれの手を引いて、座るように促した。
からだを向き合わせてしゃがむ。
オトはおれと額を合わせ、優しい声で囁いた。
「……どーしたの?
おれとヒヨリが話してるの見て、不安になった?」
「別に、そんなんじゃない……」
「うん、いーけどね、なんでも。
おれがミコトのそばにいたいだけ。そう思ってくれればいーよ」
「……」
オトって、こんな優しいやつだったっけ。
会ったばかりの頃は、理屈っぽくて、自己中で、一方的で……
いや、今も一方的なのは変わらないかな。
その内容は、少し変わったかもしれないけど。
「ミコト、」
「……あっ」
オトの吐息が唇に触れる。
おれは、柔らかい感触を受ける寸前で慌てて首を振った。
「オト、駄目だ」
「……どーして?」
「だって、姫和が……」
「ヒヨリがなに?
今あの子は関係ないでしょ。
……それに、そろそろ効力が」
「姫和と付き合ってる内は、こういうことやめた方がいいと思う。
なんか、……浮気してるみたいっていうか」
「……ミコトとキス出来ないくらいなら、今からでも別れるけど?」
「駄目だよ、約束したんだろ。
年明けまで付き合うって」
「…………そーだね。
でも、キス出来ないのは困る。
このままだと保てない」
「…………」
オトが言いたいのは、おれの精気がないと猫の姿に戻ってしまうってことだろう。
それは、おれだって分かってる。
……分かってるけど、そんな仕方ないから、という理由で折れたくはなかった。
なんでこんな意地を張るのか、自分でもよくわからないけど。
「……なら、姫和とすればいいじゃん」
ぽつりと呟いた言葉に、オトが目を丸くするのが分かった。
「……ミコトは、それでもいーの?」
返ってきた声音が思いの外切なくて、おれはすぐに言葉が出てこなかった。
それでも、なんとか平静を装って続ける。
「だって、付き合ってるんだろ。
そもそも……男同士でするより、そっちのが自然だし」
「そうでもしないと諦めてくれないから付き合っただけで、これは本当の恋愛じゃない」
「そんなの、あいつに失礼だろ」
「ああ、そうだね。
だけどさ、おれは」
「とにかく!
……お前が姫和と付き合ってるって事実がなくなるまでは、こういうことしたくない。
わがまま言ってる自覚はあるよ、でも仕方ないだろ?
……ごめん、自分でもなにが言いたいのかよく分からない。
おれ先寝るわ。おやすみ」
「……おやすみ」
……どうしてこうなるんだろう?
あんな言い方をするつもりはなかった。
でも、どうしても嫌だったから、だから……
……嫌?
嫌ってなにが?
愛人みたいなことをするのが?
精気を与えるためにキスをするのが?
……おれは、おれをどうしたいんだろう。
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