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愛おしいもの
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「ミコト、……キスしてもいい?」
「……うん」
オトの長いまつげが、そっと伏せられる。
触れるだけのキスを何度か繰り返す。
吐息で唇が湿ってくると、オトは舌でゆっくりと歯列を割った。
持て余していたおれの舌を捕まえ、ぬるりと絡め取る。
「んっ……」
わざと音が出るように吸い上げられると、頭の奥がじんと痺れる。
混ざり合ったものが喉を下っていく。
心地のいい熱が胸の中で解け、じんわりと染み込んでいく。
ああ……オト、やっと分かったよ。
この感覚が、そうなんだな。
どうして今まで気付かなかったんだろう?
こんなにも、気持ちいいなんて……
「ふ、……っ、オト……」
「ん……ミコト、好き」
「……ッ」
ぞく、と指先まで甘い熱が広がる。
囁かれただけで反応してしまうなんて、我ながらあんまり単純だ。
「あ……」
触れていた唇が離れ、糸を引く。
ぬくもりが薄れて行くのが名残惜しくて、おれは自分からぐっと身を乗り出した。
オトの頬を両手で挟み、口付けを落とす。
オトが眸を揺らすのが一瞬見えたけれど、構わず舌を絡めた。
「んん……、」
その間にオトの手が服の裾の隙間から忍び込み、背中や脇腹を舐めるように撫でて行く。
やがて胸の突起を捉えると、両手でぐりぐりと嬲った。
「……っ、は……」
既に敏感になりかけていたからだは、小さな刺激にも敢え無く反応してしまう。
たまらず顔を俯けると
オトの額と、コツンとぶつかった。
目を開けば、熱っぽい眸が見つめ返す。
オトは額を離し、おれの頬や鼻先、首筋などにキスを降らして行った。
そして最後に唇に触れ、噛み締めるように微笑んだ。
「…………ッ」
ああ、どうしよう。
こんなに、こんなに愛しくて仕方ないなんて、どうかしてる。
なあ、オト……
「オト……オト、」
「ミコト……?
泣いてるの?」
「……っ、う……」
「ミコト……」
伸ばされた腕に縋り付くように、おれはオトの胸に抱き付いた。
優しく頭を撫でてくれる手が、響いてくる鼓動が、耳にかかる吐息が、そのなにもかもが、おれの感情を震わせた。
「……好き」
「……え?」
「……おれ……オトのことが、好き……」
溢れた言葉は、想像よりもかっこ悪くて……
それでも、これがおれのありのままの想いなんだ。
今更だと、お前は思うかもしれないけど。
「……ミコト……ミコト、ミコトっ」
「……っ」
息が出来ないほど、オトの腕がおれの背中を掻き抱く。
震える手からオトの熱が伝わってくる。
「冗談じゃ……ないよね?
多分でも、かもでもないんだよね?」
「……うん」
「ミコト……どうしよう、おれ……
こんなに嬉しいなんて思わなかった。
ね、もう一回……もう一回、好きって言って?」
「……好き……」
「おれも……ミコトが好き。
好き。好きだよ……」
「……っ、オト、苦し……」
骨が軋むんじゃないかと思う程抱き締められて、たまらずオトの腕を引っ張った。
オトはゆっくり腕の拘束を緩める。
けれど背中に添えた手は離さないまま、上へと滑り、おれの後頭部を引き寄せた。
「……ッ」
吐息すらも絡め取ろうとするように、唇を重ねる。
触れた舌が熱くて、ぬるりと擦れる度にそこから全身に痺れが走った。
「ん……っ、」
背中に軽い衝撃を感じて、目を開く。
気付けばおれはオトに覆い被さられるような体勢になっていた。
服の上から、床の冷たさが背中を伝う。
たまらず身じろいで背中を浮かすと、オトの手が直に背中に触り、腰の辺りをするりと撫でた。
「っ……」
「ね、ミコト……」
オトが身を乗り出し
おれの顔を覗き込む。
冷たい手が、そっと頬を撫でた。
「セックスしたい……駄目?」
「……はっ?」
「言っても、いーよなんて言ってくれないよね。
おれだって無理矢理したりしないから、そんな身構えないでよ。
……あんたが嫌って言うなら、もう二度とこんなこと言わないから」
「…………」
おれが内心動揺していることに、オトは気付いてるんだろう。
まっすぐ射抜いてくる眸の中に、少しだけ寂しそうな色が浮かんでいた。
さらっと言ってのけるから、軽々しく聞こえてしまうけど
オトなりの覚悟があって告げてくれたんだって、解ってる。
二度と言わないという言葉が嘘じゃないってことも。
だから、おれは……
「……会ったばっかの頃はさ」
「……ん?」
「一方的に言葉をぶつけてきたり、キスを強要してきたりしたけど……
いつの間にか、おれがやめろって言うと、お前はちゃんとおれの言葉も、聞き入れてくれるようになったよな」
おれがそう言うと、オトは首を傾げて、一度だけまばたきした。
「なに言ってんの?
おれはなにも変わってないよ。
変わったのは、ミコトの方だもん」
「そうかもしれないけど。
でも、おれは、オトも変わったと思う。
だって、出会ったばっかのオトは、もっと……
なんていうか、常に気を張ってたっていうか。
今は随分、柔らかくなった気がする」
「おれたちが一緒に生活するようになってそれなりに時が経った。
次第に警戒心が和らぐのは当然のことだよ。
……でも、確かにおれは変わったかもね。
最初はミコトの精気を気に入って、どう利用しようかとしか考えてなかった。
今は……正直、あんたの精気とかどうでもいいんだ。
もしミコトの精気とおれの霊力が綺麗に響かなかったとしても、おれはミコトとキスしたいって思うし、ミコトに触れたいって思う。
……からだを交わしたいって思うのも、もう単なる興味じゃない。
……愛しくてたまらないんだ。
声を聴くだけじゃ、触れるだけじゃ足りない……
もっと、もっと……痛いくらいにミコトを感じたい。繋がりたい……
……こんなに、ミコトのこと好きになるはずじゃなかったんだけど」
そう言って苦笑する。
話しながらゆっくり髪を梳く手が優しくて……
おれにはオトみたいに心の音色とか匂いを感じることは出来ないけれど、オトの言葉や仕草から、慈しみが伝わってくる瞬間があって
それがなによりも嬉しい。
……少し、照れくさいけれど。
「男とキスするなんてありえない。
……前は、そう思ってたのにな。
おれだってこんなはずじゃなかったんだ。
なのに、お前とキスしたいって思うようになるなんて……
お前のこと……こんなに、好きで……好きで、どうしようもなくなるなんて」
「……ミコト、後悔してる?」
「後悔?……なにを」
「おれと出会ったこと」
「……そうだな。
お前と出会わなきゃ、おれはここまで生活費を切り詰めることもなかったし、なにより猫と話せるようになるなんてファンタジーなこともないし……まぁ、挙げればキリないけどさ。
それでも、もう出会っちゃったんだ。
今更喪うなんて考えられないし、おれは、お前で良かったって思ってる。
……だからさ。
この後に及んで後悔なんて、しないよ。
どんな痛い目に遭ったとしても」
「……ほんとに?
もしもまた、あの時みたいなことがあっても……」
オトは服の上から、鎖骨の辺りに手を置いた。
そこには、カイリに精気を渡すためにナイフで付けた傷痕がある。
手を当てられると、傷口が疼くような気がした。
それでも、おれは首を横に振った。
「本当だよ。
……オトは、後悔してる?」
「……してるよ。
すごく後悔してる。
今、ミコトがおれのそばにいてくれることが嬉しいんだ……
ミコトがおれを好きになってくれて、幸せだと思う。
だからこそ、喪う時がくるのが怖い……
あのひとを失くしたあの時よりも……
いっそ、出会わなければ良かったのにとも思う。
自分からけしかけといて阿呆らしいけどね。
……おれ、最低でしょ?」
「……なら、今からでも出て行くか?
今なら取り消し効くだろ」
自嘲気味に言うオトに、おれは敢えて穏やかに尋ねる。
オトはおれの返答が意外だったのか、綺麗な色の目を丸くした。
「取り消しって……」
「なんだよ。
……するんだろ?
お前がしたいって言ったんだ。
でも、出て行くならそれもなかったことにした方が、おれもお前も傷は浅くて済む」
「……そんなわけないでしょ。
今出てったら、もっと後悔する。
ミコトに会いたくてたまらなくなる……」
「なら、ここにいればいいよ。
おれはお前が離れていかないなら、ずっとお前と一緒にいるよ」
「……ミコト……
ミコト、どうして?
そんなこと言われて、おれはどうしたらいーの……」
「どうしてって……
だって、おれだって、必死なんだ」
「……っ……
ミコト、ミコト……好きだ。好きだ……
やっぱり、ミコトを見つけられて良かった……」
「……オト」
「ひとりのときも、今までも、ずっと先のことを考えていた……
時間の流れがあんまり穏やかで、ひとつもおれを捉えるものはなかったから。
だから自然と、見えない先のことを想像して、なにもない今よりも途方もない未来へと、想いを馳せた。
だけど喪ったことしかないおれの中に、永遠の幸せが咲くはずもなかったんだ……」
オトは一旦言葉を区切り、震えるまぶたを閉じる。
自分を落ち着かせるように息をはいて、ゆっくりと眸を開けた。
「なのに、今……
おれは未来のことなんてどうでもいいって思った。
そんな茫漠で不毛なことより、今ミコトがおれに言葉を、優しさをくれるこの時間の方が、よっぽど価値があるって……
未来に喪ったあとの哀しみより、この瞬間にあんたを愛しいって思えることの方が、ずっと、ずっと……」
「……オト……」
長いまつげから、はらはらと雫が零れ落ちる。
それらはおれの肩や首を濡らした。
「……寂しかったんだ。
誰かと一緒にいても、ずっとひとりで……
たったひとりでいる今が怖くて……
だから未来に逃げても、そこでも、やっぱりおれはひとりで」
「……」
「おれを愛してくれて、おれが愛したひとはいなくなってしまった……
でもそれもすべて、偽りだった。
おれは……オトはほんとは存在しないんだと知ったときから、おれはずっと虚ろだった。
オトを愛してくれるひとなんていないんだと、おれはそう思って、今まで生きてきた……」
おれは手を伸ばして、オトのまつげに触れる。
そっと涙を拭ってやっても、後から溢れてやまなかった。
そんなおれの手に、自身の手を添えて、オトは顔を歪めて微笑った。
「……ミコトは、オトが好き?」
「……好きだよ。
おれは……オトのことが好き」
きっと、言葉にしなくても伝わる。
好きだって気持ちは、全身から溢れるものだと思うから。
「……ありがと……」
その短い言葉の奥には、到底言い表せないような、たくさんの感情が込められている気がした。
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