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河原の猫
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「……」
辺りは薄暗かった。
乾いた空気を吸い込めば、枯れた喉にヒリヒリとしみた。
「朝……?」
手探りで、スマホを手に取る。
まだ四時……
「ん……みこと……」
「ん?」
あったかい手が素肌に巻き付き、おれの身体を背中から抱き締めた。
ふわりと湿った匂いがする。
昨日、いつの間に寝ちゃったんだろう?
「オト、起きたの?」
「んー……」
「寝ぼけてんのか?
……まだ大分早いから、寝てていいよ」
「ミコトも一緒に寝よ……?」
「うん、つうか、お前が抱き付いてちゃ起きたくても起きられないし」
苦笑しながら言うと、オトは微かに息を零して笑った。
「もうずっとこのままでいーよ。
どこにも行かないで」
「オト……」
……勝手にどこかに行こうとしてるのは、お前の方じゃん。
舌の上に転がったそんな言葉を、おれはかろうじて飲み込んだ。
おれだって、出来ることならこのまま……
「…………」
静かな寝息が、首の後ろをくすぐる。
猫は一日の大半を寝て過ごす生き物らしいけど
そういえば、おれがオトの寝てるところを見るようになったのって、結構最近のことなんだよな。
それだけ、オトにとって、おれは許容された存在になってるんだろう。
……おれも、
オトになら何をされてもいいと、そう本気で思えるほど、オトのことを大切に想ってる。
……いや。
依存、してる。
オトがいなくなった世界なんて、灯りのない道が延々と続いているようなものだ。
そんな場所に、たった一人きりで
いつ帰ってくるかも知れないお前を待ちながら、お前はおれにどう生きて行けって、言うんだ……
「……」
こんなことなら出会わなければよかった。
なんて、
そんな自分勝手なことは思わないけれど
オトがいなくなってしまった後に、もしも、もしも出会わなかったことに出来るのなら
全てをなかったことに出来るなら、
おれは、そうしたいと
オトのことを忘れてしまいたいと
思うだろうか……?
「…………おーじ!」
「……あ、ごめん。なに?」
ハッとして顔を上げれば、痕になりそうなくらい眉間に皺を寄せるこたの顔があった。
「おーじ、なーんか暗いぞ! 身体の周りに黒いどろどろが視えるっ!
昨日まではむしろふわふわぽかぽかしてたのに、どうしちゃったのさ?」
「あ、いや」
「ハッ!! まさか……彼女にフラれた!!?
そうなのか!!?? そうなんだな!!!」
「こた、声がでかい」
「ぬおー!! にゃんということだ!!!
こんなに優しくて誠意に溢れた男を捨てるなんて、絶対どうかしてる!!」
「もしもーし、こーたろーくーん」
「そうと決まれば、行くぞ、おーじ!」
「……は?」
「れっつらごーだ!」
「え!? ちょ、待てってば!」
あまりにも突然のことで、おれはこたに抵抗する余裕もなく
ぐいぐい引っ張られるまま辿り着いたのは、つい先日オトと訪れた河原だった。
「ほら、こっち」
「こた?
おれ、まだ講義残ってるんだけど……」
「ばーか、そんな調子じゃ講義もなにも身に入らないだろ?
いいから付いて来いって」
「……」
芝のゆるやかな斜面をくだり、橋下に入る。
すると、そこにはボロボロのダンボールのようなものがポツンと置いてあり、その中には、ほつれた毛布だけが敷かれていた。
「あれ? どこ行っちゃったのかなぁ」
こたが辺りをキョロキョロと見渡す。
あっ、と声を上げた先には、三匹の猫がいた。
『あのね、今日はね、ママに毛づくろいしてもらう日だから!』
『えー! ずるーい!
ぼくもしてもらうんだから!』
『じゃあじゃあ、ぼくとみーすけでママをはんぶんこだから!』
『わーい!
はんぶんこ! はんぶんこ!』
二匹はじゃれあっているのか、きゃっきゃとはしゃぐ声がここまで聞こえてくる。
二匹のチビの前に立ち、のそのそとこちらに歩いてくる斑模様の猫は、おれたちには見向きもせずにダンボールの中に飛び込んだ。
仔猫はというと、こちらに気付いた途端ぴたりとはしゃぐのをやめ、あーっ! と同時に叫んだ。
『カリカリのおにーちゃん!』
『カリカリだー! 』
「……カリカリ?」
「みーた、みーすけ、おいで! 怖くないよ〜!」
「……その名前って」
「ん? おれが付けた!」
『おにーちゃん、今日もカリカリくれる?
くれるの?』
『カリカリ! わくわく!』
「お前……もしかしてこいつらにエサあげてんのか?」
「えっ、なんで分かったの!?」
いや、カリカリって言ったらあれしかないしな……
なんて、こたには聞こえてないんだけど。
「たまに家からご飯持ってきてさ、分けてあげてるんだよ。
今日も一応持ってきてて……ほら!」
ごそごそと鞄を漁って、出てきたのはやっぱり、キャットフード。
その袋を見て、チビたちが歓喜の声を上げた。
『カリカリー! ちょーだい!』
『おにーちゃん大好き!』
「おいおい、落ち着けって〜
そんな鳴かなくても、今あげるからさ!」
こたは鞄から更にキャットフード用の器を取り出し、その中に袋の中身を出していく。
待ち切れないのか、一つの器を取り合うように二匹は飛びついた。
……猫屋敷のときとはまるで真逆だ。
「随分、ひとに慣れてるんだな」
「うん。なんか、捨て猫っぽいんだよね、この母猫。
それでなのか分からないけど、みーたとみーすけも、ひとが怖くないみたいなんだ」
「ふーん……」
ダンボールの中を覗き込む。
なんとなくふてぶてしい表情の、がっしりした猫だ。
ザ・オカンというか。
おれがジッと見ていると、オカンは据わった目をこちらに向けた。
『……お前さん、随分強力な霊力を持っているんだね』
「え……」
『やっぱり、あたしたちの声が聞こえるんだね。
お友達は知ってるのかい』
おれは微かに首を横に振る。
オカンは、そうかい、と呟いただけで、ゆっくりと目を閉じてしまった。
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