アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
星涙病3
-
※キヨ兄注意!
レトさんの家に集まってから2週間がたった。
…キヨは何をしてるんだろう。
最近忙しくて会えてないし、ボイチャでゲームもしてない。
もしかしてあの星はまだ…
俺は不安に駆り立てられ、キヨの家に向かった。
──────────────
キヨの住むマンションは分かりにくいところにある。
初めて来た時はレトさんと一緒に迷ってしまって、キヨに迎えに来てもらったっけ。
そんなことを考えながら、俺はエレベーターに乗り込んだ。
「…何階ですか?」
「あぁ、すみません。○階です。」
同じエレベーターに乗っていた男に階数を言うと、エレベーターが動き出す。
…あれ、この人も同じ階なんだ。
3、4、5…と動いていたエレベーターは、俺達が降りる階でとまる。
「先にどうぞ。」
「…ありがとうございます。」
男は俺にエレベーターを降りるように促した。
この人いい人だな。
俺はお礼を言って、キヨの部屋に向かった。
キヨの部屋は、隅の方だ。
角を曲がった先にある茶色のドアを見つけて、俺は小走りでインターホンの前まで行く。
「…あのぉ」
「うぇ!?」
インターホンを押そうとした時、誰かの手が俺の肩を叩いた。
…びっくりしたぁ…
俺あんまり驚かないで有名なんだけどな…
後ろを振り返ると、さっきの親切な男が立っていた。
「あの、なにか?」
「…ガッチさん、ですよね?」
男はちょっと笑って言う。
…ファンの人かな?
俺は慌てて笑顔をつくった。
「そうですよー。…失礼ですが、ファンの方ですか?」
「まぁファンっちゃファンですね。いつも実況見させてもらってますー。うるさい弟がお世話になってますw」
…ん?弟?
この人、もしかして…
「はじめまして、弟からお話聞かせてもらってます、キヨの兄です」
キヨのお兄さんか…
顔つきは確かにキヨに似てるし、身長高いしすらっとしてるし。
「道理で似てると思ったぁ…」
「あはは、よく言われますw」
…キヨがおとなしくなって、大人っぽくなった感じかな?
「…ガッチさんは弟に用事ですか?」
その男改めキヨのお兄さんが、俺に聞く。
…そういや星の事は知ってんのかな。
「多分知ってると思いますが、あいつなんか変な事になってて。」
「…星のことですか。」
キヨのお兄さんは、悔しそうに持っていた紙を握りしめた。
「あれ、多分俺といる時に発症したんですよ。」
「え」
俺と飲んでた時はまだ星は出てなかった。
俺が目を覚ましてから、星はではじめたんだ。
キヨの様子を見ても、多分それで当たってると思う。
「だから心配で…前あった時はなんともなかったと思うんですけど。」
「…もしかして、貴方が食べたんですか?」
「食べたって…星のことですか?食べちゃいましたけど…なんかまずかったですか!?」
唖然として俺を見つめる視線に、心臓の鼓動がはやくなる。
食べちゃまずかったのか…?
「…ありがとうございますっ…」
キヨのお兄さんは、すごい勢いで俺の手をとった。
「え?」
「ほんとにごめんなさいっ…なんと謝ればいいか」
そしてそのまましゃがみこんでしまった。
キヨによく似た細い身体が小刻みに震えている。
…泣いてる?
俺なんかしたのか…?
「…あの、話が見えないんですけど…」
「そうですよね…今説明します。重ね重ねすみません」
赤くなった目頭を擦って、キヨのお兄さんは俺に紙を手渡した。
さっき握られてしわしわになった紙。
俺はそれを破かないようにゆっくりと開く。
「…『診断書』」
「そうです」
無機質なゴシック体で紙に書かれていたのは、一際大きい「診断書」の文字と、キヨの本名。
病院から貰ったやつか…ちゃんと病院いってたんだな。
「…病名を見てくれませんか」
そう言われ、俺は病名の文字に目を走らせた。
「ほしなみだ?いや、せいるい…?」
「聞いた事ない名前でしょう?『奇病』に分類される病気だそうです」
病気…!?
「キヨは大丈夫なんですか!?」
「…星涙病。特定の相手に強い想いを抱いた時、稀に発症する奇病だそうです。簡単にいえば、恋心ですね」
「恋心…」
ちくりと胸が痛むが、それを見ないふりをする。
…俺の想いが届くわけないことぐらい、最初から分かってたから。
それより今はキヨの体調だ。
星涙病ってなんだよ…そんなに危険なのか…?
「命に関わる病気なんですか…?」
「いや、絶対に死ぬことはありません。」
きっぱりとした口調で、キヨのお兄さんはそう言った。
「…でも」
「でも?」
「目から溢れていた星、あるじゃないですか。あれって、あいつの記憶の断片なんですよ…」
え…っと、それはつまり…?
「星涙病を発症すると、だんだん記憶が抜け落ちていきます。発症して3週間もすれば、記憶は全て無くなるそうです。」
俺の手元で、紙がクシャッとする音が聞こえた。
…記憶が無くなる?
だから、あの時キヨは俺のことが分からなかったのか?
そんなまさか。
「星の色が変わっていったでしょう?オレンジ色の時はまだ発症し始めた時です。それから黄色、レモン色、透明…といった具合に、色が薄くなっていくそうで。星がとまった時、記憶は全てなくなった状態になります」
「そんな…治療方とかないんですか!?」
「ありますよ」
「…え、ある?」
思いもよらなかった答えに、喉からおかしな声が漏れる。
あるのか…良かった
…待てよ、じゃあなんでこの人はこんなに悔しそうに、悲しそうにしているんだ?
「…発症から24時間以内に他の人に星を食べてもらうことが、唯一の治療法です」
発症から…24時間以内?
俺、食べたよな?あの星。
「俺食べた気がするんですけど…」
「そうですよね…だから弟の記憶は回復しつつあります。お医者様によると、あと3日もすれば記憶は全部戻るそうです」
「ほんとですか…俺ファインプレーだなぁ」
キヨのお兄さんは、俺に大きく頭を下げた。
「ほんとにありがとうございました…なんとお礼を申し上げればいいか」
「いや、気にしないでください。たまたまなんで。でも良かったです」
…なんだろう、この嫌な感じ。
俺がすぐに星を食べたなら、キヨの記憶障害は軽いはずだ。
じゃあなんであの時、俺のことがわからなかったんだ…?
「そろそろ顔あげてくださいよ…万事解決、それでいいじゃないですか…」
キヨのお兄さんは頭を下げたまま、頭を振った。
「そういうわけにはいかないんです…まだ話してない事があって」
…ほら、来た。
「弟の記憶は確かに回復しています。…ただし貴方のことを除いて、ですが」
一瞬、音が何も聞こえなくなった。
「俺を除いて…?」
「星涙病を治すには、星を他人に食べてもらう必要があります。…でも、治る代わりにに食べてくれた人の記憶がなくなってしまうんです。」
あぁなるほどな、とどこか冷静にに考えてる自分がいた。
だからあの時俺だけキヨは分からなかったんだ。
「ほんとにすみませんでした…」
「…俺の記憶が全部消えたキヨに、俺が会ったらどうなるか分かりますか?」
男は悲しそうに首を振る。
「弟の脳は貴方の記憶を消していく、らしいです。…つまり、キヨが貴方のことを覚えていられるのはせいぜい24時間ぐらい。1日経ったら貴方の記憶は全て無くなってゼロに戻ります。」
「そうですか…」
なんの救済措置も残ってないわけだ。
…はは、と渇いた笑いが喉から漏れる。
キヨは星の涙がとまると、俺の事を全部忘れてしまうらしい。
…もうキヨは俺の名前を笑顔で呼んでくれないのか。
「…良かった」
「良かった…?」
驚いた顔をする男に、俺は笑顔を向けた。
「キヨは俺のおかげで記憶が全部なくならずにすんだんでしょう?…別に俺の名前を呼んでくれなくたっていい。覚えてくれなくたっていい。友達に、家族に、視聴者に、またあの楽しそうな笑顔を見せてくれるなら俺はそれでも構いませんよ。」
──ありがとうございます、とキヨのお兄さんは震え声で呟いた。
俺より背の高い男なのに、なんだか守りたくなってしまうところもキヨによく似ている。
その時、小さく木琴の音がした。
俺たちはハッとして顔をあげる。
「あーバレちゃったかー。やっぱりこの星邪魔だなぁ…。よ、兄貴。何やってんだ、俺の家の前でさ」
「…キヨ」
「あれ、友達?こんにちは」
キヨは俺に笑いかける。
からん、と零れる星にもう色はついていなかった。
「2人ともなんで黙りこんでるわけ?」
不思議そうにキヨが顔を覗き込んでくる。
「…ほんとに忘れちゃったのか」
「え?」
「いや、なんでもないよ。…すみません、俺はそろそろお暇しますね。後、これおかえしします。」
キヨのお兄さんに診断書の紙をわたし、俺は2人に背中を向けた。
「そんな…!あの、いつかお礼を」
「気にしないでください。最後にキヨの笑顔が見れただけで十分ですって」
…まだここから離れたくない。キヨのあの声を、あの笑顔をまだ感じていたい。
頭ではそう考えていても、足が傷つく事を恐れて勝手に前へすすもうとする。
そういや、俺気持ち伝えられて無いな…
好きだよ、世界で1番。
それも結構前から。
片想いの相手と結ばれるといいな。
俺はそのまま振り返らずにキヨの家を離れた。
──────────────
「…ん!ガッチさん!」
「…え?」
「ほら、やっぱりガッチさんやん!」
「レトさん、うっしー…」
キヨの家を出てふらふらしていると、レトさんとうっしーに会った。
「何してたの?」
「レトルトとばったり会って、ノリでご飯食べに行って、その帰り。ガッチさんは?」
「キヨ君家行ってくるって言ってたよね。どうやった?まだ星出てた?」
「キヨは…っ」
視界がぼやけてきて、俺は慌てて俯く。
…ダメだ、仕方ないって割り切って考えないと。
キヨが助かったんだ、それでいいじゃないか。
「…ガッチさんさぁ、何かあったの。顔色悪いよ」
「あは、うっしーは痛いとこ突いてくるなぁ」
「おれでもわかるよ!ガッチさん無理してるでしょ。話聞くからおれの家行こ、ね…?」
…レトさんの家で俺は2人に全部話した。
病気のこと、記憶が無くなってたかもしれないこと。
それに治療法や、俺の記憶がキヨからなくなってることも全部。
2人とも初めは信じられなかったようだけど、最近違和感は感じていたらしく、納得してくれた。
…うっしーは俺の気持ちを知っていたからか、とても辛そうな顔をしていた。
レトさんも似たような感じだ。
3人で色々話して、俺はあることを決めた。
────────────
「レトさん、うっしー。紹介したい人って」
「そうだよ。こちらが“ガッチさん”。俺たちの友達。キヨくんも会ったことあるはずなんやけどな」
「そうなの?」
ちょっと困ったように小首を傾げる姿は何も変わってないように見える。
でも確かにキヨは俺を覚えていなかった。
うっしーが不安そうに俺を見つめる。
俺はそれを見ないふりをして、キヨに手を差し出した。
「初めまして。“ガッチマン”って言います。ガッチさんでもなんでも好きに呼んでよ。」
俺は何回キヨにはじめましてを言ったんだろう。
ほんとに初めてのときを除いても5回は軽くいってる気がする。
「…俺はキヨ。キヨでいいよ、よろしくな“ガッチさん”!」
変わらない笑顔でキヨは俺の手を握った。
「あーごめん、ちょっとトイレ行ってくんね」
ひらひらと手を振ってキヨが俺たちから離れる。
レトさんは悲しげにその背中を見送った。
「…もう無理だよ。おれこんなの耐えられない」
「レトルト」
「もう8回目だよ、『はじめまして』…。ガッチさん」
…あの日俺たちが決めたのは、「俺をキヨに紹介し続けること。」
24時間で俺の記憶が消えるならその度に会いにいけばいい。
辛くないのって?
…辛いに決まってるよ。
でも、俺は会いに行きたい。
キヨに、また俺の名前を呼んで欲しい。
俺の名前を呼んでくれるなら。俺を少しでも見てくれたなら。
俺は何度だって「はじめまして」を言いに行くよ。
──end───
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
23 / 79